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はんばあぐ

 ヨハンナさんの食堂に着いて、裏口から入ると、そこにはジャン親方がいた。

「親方、どうしたの? ヨハンナさんの具合が悪いの?」

 子どもができたと分かってから、ジャン親方はすっごく過保護になって、仕事の合間に何度もヨハンナさんの様子を見に来る。

「お腹が空いたって言うから、何かあるかなと」

「それじゃ、クラッカーを持って行って。黒スグリのジャムも。紅茶は今、淹れるからね。食べたい物があるようだったら、訊いてきて。ピアさんが『つわりのときは、食べたい物を時間を気にせず食べるといい』って言っていたから」

 ピアさんというのは近所の農家のおかみさんで、六人の子持ち。ヨハンナさんとジャン親方の幼馴染でもある。収穫期の女衆のまとめ役だ。

「そうか。分かった」

 お湯を沸かしている間に私はお盆にクラッカーとジャムの用意をし、沸いたお湯で紅茶を淹れ、ジャン親方に別棟の二人の家へ持って行ってもらった。

 料理を煮炊きするコンロは以前、このへんの人たちが使う薪を燃料とするものだったけど、先代様がヨハンナさんたちの結婚祝いにと、お城で使っているのと同型の魔石を動力とするコンロに代えてくれ、新たにこれもまた魔石を動力とする冷蔵庫、肉の塊を冷凍しておく大きな冷凍庫を贈ってくれた。だから、お料理するのが快適。これで電子レンジがあったら、いいんだけど、文句は言うまい。

 これらの魔道具は最近の召喚者たちが魔術師たちに作ってもらったそうなので、私も電子レンジ、提案してみよっかな。

「さてと、始めるか」

 エプロンをしてお店を掃除し、テーブルと椅子を拭いてから石鹸で手を洗い、朝に切ってあった材料をお鍋に入れて、煮込み料理から作り始める。煮込んでいる内に野菜を切ってマリネを作っておく。天ぷらの用意をしようとして、冷蔵庫の中を覗いたとき、解凍したお肉が少しあるのを見て、気が変わった。

「お店に出すほどじゃないけど、ひき肉を作ってハンバーグの種を用意しておくかな」

 マオちゃんが来るかも、という考えが、ちらりと頭の片隅をよぎった。

 その作業をしているとき、カタン、と店先で音がする。厨房から覗いたら、ドアが半分開いていた。

「まだ準備中なの」

 と、手をタオルで拭いて出て行けば、そこにマオちゃんがいた。

「帰ったんじゃなかったの?」

「〝はんばあぐ〟をたべにきました」

 やっぱりなあ、と思った。お子様の食べ物にかける執念がすごい。

「保護者のベルゼは?」

「いそがしそうなので、おいてきた」

 プチ家出か? 黙って出てきたようなので、どう連絡を取ろうかと思っていたら、ベネットさんとベルゼは連絡できたことに気付いた。

(夕飯しに騎士の誰かが来るから、ベネットさんへ連絡をお願いして、マオちゃんがここにいることをベルゼに伝えてもらえばいいか)

 そう考えて、私はマオちゃんにハンバーグを作ってあげた。トマトソースで煮込んで、ニンジンのグラッセとフライドポテトを付け合わせにした。

 ハンバーグをきらきらした目で見たマオちゃんは、私が切り分けたひと口分をフォークに刺して口に運び、幸せそうな顔をして食べている。

 いいわねー。こういう風に食べてもらえるのって。

 ただし、ニンジンは避けている。……嫌いなのか。

 とそこで突然、ドアがバンと開いた。

 私がびっくりしてそちらを見ると、大男のモルスが仁王立ちしていた。

「何の用?」

 とんがった声で近寄っていくと、モルスは私の前で、がばりと平伏した。

「聖女マリーよ! オレを踏んでくれ!」

「はあああっ?」

「イブリースから聞いた。あなたの踏みつけは、強烈なのだと。オレはそんなのを待ち望んでいたのだ!」

「あんた、変態だったの!」

「ぜひぜひ」と迫って来るモルスに、私が後じさると、マオちゃんがとことこと前に出た。

「いね」

 右の人差し指をピンと弾けば、モルスはピシッと切れて数百のカケラとなる。それが一つ一つ小さなモルスになって、タンポポの綿毛のように空へ飛んでゆく。

 メルヘンだわあ――って、そんなことあるかい!

「ふんでくだちゃい」「ふんでくだちゃい」「ふんでくだちゃい」「ふんでくだちゃい」「ふんでくだちゃい」「ふんでくだちゃい」「ふんでくだちゃい」

「ふんで……」

 綿毛のモルス全部が口々に言って、むちゃくちゃウザい。

 私は、すべてが外に飛んで行ったのを見届けて、バタンとドアを閉めた。

「マリー、おかわり」

 いい笑顔のマオちゃん。テーブルの上のお皿を見れば、完食だ。避けていたニンジンまでもない。モルスと一緒に吹っ飛ばしたようだ。

「いいけど、今度はニンジンも食べようねー」

 私がにっこりと言うと、「うん」と笑顔で答えた。

 次はニンジン少なめできゅうりのピクルスを添えた。

 マオちゃんにおかわりを食べさせている間に、下ごしらえを済ませ、みんなが来るのを待つ。職人さんたちは食事込みなので無料。騎士団の連中はお金を払ってもらっている。連中、警備を兼ねてだから、経費で落としてんだろうな。

 マオちゃんが二食めを食べ終えようとしていたとき、職人さんたちがどかどかと店に入ってきた。ギルさんも加わり、そこへ騎士団の面々と団長のギデオンさん、そして奥さんのアリサさん。彼女、三人の子持ちだけど、八頭身美人。

「注文取りくらい、やったげるわよ」

 と、性格男前なアリサさんは、さっそくウエイトレスをしてくれる。

 私が厨房で大忙しをしている間、お客たちは勝手知ったるナントヤラで、棚からワインを始めとするお酒の瓶を取り出し、飲み出した。

 そのくらいになると、ジャン親方がやってきたので、二人分の夕食をトレイに載せて渡した。

 私はひたすら料理を作って出す。これを毎日三食やっていたヨハンナさんは、偉いなあ、と思うよ、ホント。

 みんなはお酒を飲んでわいわいやっている。アリサさんが出来上がった料理をテーブルに次々運ぶ。そして全員に行き渡ったとき、私のスカートを後ろでツンツンする者がいた。

「マオちゃん、なにかな」

「あれ、のみたい」

「ああ、お酒。マオちゃんは子どもだから、まだだめよ」

「こどもじゃないもん」

 ぷうと頬を膨らませたマオちゃんが青年の姿になった。

「ま、マリーさん。その人は誰ですか!」

 いきなり現れた青年姿のマオちゃんを見てギルさんが叫ぶと、みんなの目がこちらに向く。そういやギルさん、マオちゃんが大人の姿になったとき気絶していたっけ。

「マオちゃんだよ。あ、ギデオンさん。ベネットさんに連絡つくかな。マオちゃんがここに来ているから迎えに来てって、ベルゼに報せて欲しいの」

「ベネットさんに連絡は出来ますが、ベルゼとは誰ですか。それに、その青年は」

「ああ、ベルゼはマオちゃんの世話係の魔族で、マオちゃんは魔王だよ」

 そう答えれば、「「「わあああああっ」」」と全員がパニックに陥った。

「マリーさん、説明が大雑把過ぎますーっ!」

 絶叫したギルさんが、みんなに説明すると、なんとか落ち着き、ギデオンさんが魔道具でお城にいたベネットさんへ連絡を取る。

 この間、マオちゃんは青年の姿のまま、私の出した葡萄ジュースを席に座り、黙って飲んでいた。

 このあと、ベネットさんから知らされたベルゼが爺や姿でお迎えにやってくると、みんな無言で見送り、そのあと、「魔王って、ほんとか?」「魔物はあるけど、魔族、初めて見たー」「友達に自慢しちゃる」「アレと闘えるか?」などと、大騒ぎだった。








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