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お邪魔虫

「マリー様、時間です。起きてください」

 イザベルさんの声で、目が覚めた。

「朝……って、違う!」

 がばりとベッドの上で起きた私は慌てた。

「仕込みしなきゃ! イザベルさん、起こしてくれて、ありがとう」

 お礼を言ってから大急ぎで普段着に着替え、薄化粧をして髪をとかして部屋を飛び出した。

「うへえ、二時間も寝ていたのお?」

 一階ホールにある柱時計を見て、我が身の不甲斐なさにほぞを嚙む。

 お酒飲んだあとは、爽快な目覚めなのよ。けどね。仕事に影響するのはいただけない。これは、私のプライドの問題。

 私が働いている食堂兼宿屋の主・ヨハンナさんが今、つわりの真っ最中なので、私が食堂を任されている。だから私が仮とはいえ、女主人なの。

 葡萄の収穫期、九月から十一月はとても忙しい。摘み取りを手伝ってくれる人や職人さんたちの食事を出すし、宿にも人が泊っているからだ。でも今は葡萄の樹が眠っている時期。宿に泊まる人は誰もいないし、食堂によそからお客さんは来ない。そのため、剪定作業をする職人さんたちの朝食とお昼と夕飯を作るだけだった。それでもよ!

 先代様が葡萄園とシャトーを作ったとき、シャトーに泊まる貴族や裕福な平民のお客様と、平民の職人さんたちの食事を作る料理人を別にした。身分差ってのもあるけれど、ワインに合った料理と、労働者が食べる物ってのは、やっぱり違うよね。

  先代様は、シャトーから少し離れたところに食堂兼宿屋を作り、シャトーと食堂の中間に職人さんたちの宿舎を作った。宿舎でもキッチンがあって、自分たちで料理ができるようになっている。でも、作ってもらったほうが楽なので、職人さんたちは、朝は食堂兼宿屋でヨハンナさんの作った朝食を摂って葡萄畑に出て、お昼に戻ってきてランチをし、夕方、仕事が終わって宿舎へ帰り、着替えてからここへ来て、夕食を摂って戻っていくのだ。

  私がヨハンナさんのとこで働くようになってからは、監視と護衛を兼ねて騎士たちも夕食時に来るようになったけどね。

  さて、食堂兼宿屋が出来た当初、お城の料理を作っていて引退したコックさんに任せたのだけど、職人さんたちの口に合う庶民的な料理というのが今一つできなかったので、城下で評判の食堂の娘だったヨハンナさんに先代様は頼んだのだった。一方、コックさんはシャトーの使用人とギルさんの食事係となった。今、ギルさんはヨハンナさんとこで夕飯を食べるようになったけど。

 ヨハンナさんとジャン親方とヨハンナさんの夫だった人は幼馴染で、騎士になった幼馴染と結婚したヨハンナさんは、結婚一年目に魔獣の討伐に行った夫と死に別れた。そんなとき、先代様は生きがいを与える意味もあって、葡萄園の食堂をヨハンナさんに任せたのだ。この一方で、ワイン作りの職人となったジャンさんは、農園で働きながらヨハンナさんを見守り続け、職人たちのリーダーにまでなった。そんなジャン親方がヨハンナさんに自分の気持ちを打ち明け、二人が結婚したのが、収穫祭のとき。

純愛だわー。

で、めでたくお子さんができたわけ。

ヨハンナさんがつわりの間、ここを任された私は責任重大!

今回みたいなシャトーの催し物があるときは、朝食のときにお昼のお弁当としてサンドイッチを包んで職人さんたちに渡し、朝のうちにヨハンナさん特製の料理の仕込みをやっておいた。やってないのは、自分のほう。

ある程度自由にしていい、ってヨハンナさんに言われたので、任された最初、定番の料理の他に、ハンバーグやピザを出してみたら、大好評だったのよ。

この世界、歴代の召喚者のおかげで、帝国とその周辺限定だけど上下水道の設備は整っているし、国によって前の世界に似た食べ物もある。お酒類、お米、ケチャップ、マヨネーズ、トマトソース、チーズなどなど。

ハンバーグはひき肉から作った。ピザも最初は、ピザトーストだったのが、噂を聞いた先代様が「故郷の味が懐かしいので、レシピが欲しい」とおっしゃり、提出したら、宿の外に窯を作ってくれた。それで、ピザ生地から作ってみたの。

なんでも先代様は、イタリア生まれのフランス人だって。ピザは大好物だそう。お城にもピザ窯を作って、料理人に作らせている。

ピザとハンバーグはいつも出しているわけではない。材料と時間の余裕があるときだ。

「今日は天ぷらにしよう」

 そう決めて、私はヨハンナさんの食堂へ急いだ。

 ところが途中、葡萄畑を貫く道で、男女が揉めているのを目にした。その男性は、なんとギルさんだ。

「ギルさん、どうしたんですか?」

 近寄って行って、声をかけた。

「ああ、マリーさん」

 ギルさんが、ほっとした顔をする。仕事着だから、畑へ行く途中だったのだろう。

 同時に振り返った女性は――真っ赤なドレスを着て、同じ色のバッグを持ち、クリーム色の帽子を被ったすごい美人だった。スタイルも胸が大きくて、抜群。

 でも何だか違和感が。作り物っぽかった。

「彼女が、僕の婚約者です」

「ま、へーいぼーん。こんなのより、わたくしの方がいい女でしょう? ねえ、わたくしの愛を受け入れて」

「僕はマリーさんを愛しています。もうじき結婚するんです。初対面の貴女にそんなこと言われても、何が何だか分かりません。離してください」

「ひっどーい。わたくしに恥をかかせるなんて!」

「ちょっと、あなた。どこの御方? 迫る相手を間違えているんじゃなくて?」

 なんでギルさんを誘惑してんのよ! それもこんな道端で。

 貴族だったらまずいことになるので、言葉遣いは丁寧だけど、私は彼女の腕を掴んで引き離そうとした。

 それをするりとかわした彼女は左足を引きずっている。おやあ?

「ふん? 女の格好をしてるけど、女を感じさせないアンタは――イブリース!」

 私が叫ぶと、ポンと黄色の羽根男がその場に立っていた。

「なんで分かるのよ! マリーのばかあ。あたしみたいな美人より、アンタみたいなへちゃむくれが好きなんて、変態ね! 覚えてらっしゃい。バーカバーカ」

 と、捨て台詞を残し、黄色い鳥になって飛び去って行った。

「小学生か……。魔族の四天王っていっても、化けるの下手過ぎない」

「僕には分かりませんでした」

「でも、騙されなかったね。えらい」

「あの女より、マリーさんの方がずっとかわいくて、きれいですから」

 褒めておいて、ギルさんが赤くなる。

  私もつられて赤くなった。

「柵が壊れてないか見回ったら、ヨハンナさんの食堂に行きますね」

「うん、待ってる」

 私が答えると、頬にちゅっとキスをして逃げるように去っていった。

 喪女の私には、これだけでクラクラよ。もうホント、好き♡

「それにしても」

 と、私は冷静になってから考える。

  酔っぱらうほどお酒を飲むと、記憶がないときもあるけど、今回はばっちり覚えていた。

 くそう、あの魔族ども。帰り際の様子から、何か仕掛けてくると思ったけど、やっぱりやってくれたね。

 イブリース以外のやつも、私とギルさんの邪魔をしに来るかしら。

 これ以後、記憶をなくすほど酔っぱらわない。お酒は適量を守ろうと私は固く決心した。







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