お話し合い(拳による)
「これは魔族の方々、先日は話し合いをしようとしたら逃げられてしまいましたが、今度こそきっちり語り合いましょう」
厨二病男の後から、ライアル公国の魔術師・ベネットさんが入って来て、魔法で壊れたフランス窓を直した。
ベネットさんは五十代のイケオジだ。帝国の魔法師団にいたけれど、余生をのんびり過ごしたいとライアル公国の専属魔術師になった。温厚な人だけど、今は眼光が鋭い。
「我らには何も話すことはない」
角男が椅子から立ち上がり、ベネットさんを睨みつけた。
「我ら一人にさえ立ち向かえない魔力で、笑止千万!」
と、片眼鏡男が笑う。
「そうでもないよ~~」
厨二病男が言うと、魔法で出した金色の縄で四人の魔族を縛った。
「マリー、ごはん」
青年から五歳児の姿に戻ったマオちゃんが、この騒ぎに関わらず私のドレスの布地を引っ張る。
「そうだねー。お話し合いは、おじさんたちにまかせて、ごはんの続きをしよっか」
と、私は部屋を横切り、廊下側のドアを開けて、そこから中を覗いていた給仕係へ言った。
「デザート、持ってきてくれる?」
「は、はいい」
給仕係は急いで厨房へ行き、ワゴンに生クリームを添えた葡萄ジュースのジュレとワインジュレを載せて戻ってきた。
葡萄ジュレが子ども用ね。
私はワゴンごと受け取って、食堂の中へ押して行き、マオちゃんを抱き上げて椅子に座らせ、前にデザートのお皿を置いた。
「マリー様は、度胸がいいですねえ」
ベネットさんが呆れている。
「お腹すかした子どもがいたら、食べさせないと」
「子どもじゃない。魔王だ。今すぐ、この赤き竜の鉄拳がっ」
がん、と厨二病男の顔に、私がワゴンにあったトレイをヒットさせたので、奴はぶっ倒れた。
「ルードヴィヒさまあああっ」
叫んだベネットさんが私を振り向く。
「何なさるんですか! この方は、魔法師団長にして帝国の第五王子・ルードヴィヒ様ですぞ!」
「だからなに? 私は違う世界から来たから、よく分かってないとこがあるけど、お腹すかせた子どもには、ごはん。無作法者には、お仕置き。それだけよ」
冷ややかに告げて、私はワイングラスを手にし、ボトルからグラスに自分で注いだ。
魔族四人組がどれほど恐ろしいか、なんて知らない。魔術師たちがずっと魔物たちと闘ってきて、魔族たちをどれだけ憎んでいるか、ってのも、まだ他人事だった。でも、少なくとも私の勘は、マオちゃんを危険な存在だとは告げていなかった。
「お話し合いってのは、大人同士でしたら?」
ぐいーと私はワインを飲んだ。いや、おいしいね♡
ベネットさんが、スプーンでジュレを食べているマオちゃんを睨んだ。
「マリーさんの言う通りにしましょう」
壁のひっつき虫から回復したギルさんがやってきて、険悪になった私たちを仲裁してくれた。
「我らには、話すことなどないぞ!」
筋肉男が、金の縄を力任せに引きちぎった。他の三人の縄も、はらりと解けて消える。
「ニンゲン風情が!」
片眼鏡男がベネットさんに魔法で戦いを挑み、気絶から回復した厨二病男へ角男が蹴りを繰り出し、筋肉男が側にいたギルさんの喉元を締め上げて持ち上げる。
「ギルさん!」
私はとっさにテーブルの上にあったナイフを手にし、筋肉男の胸を切りつけた。
「わははっ、そんなもので魔族の将軍たるわしを倒せるなど……」
笑っていた筋肉男がギルさんを取り落とす。
「ぐあああっ。胸がっ」
私が傷つけた部分が黒くなり、見る見るうちに腐っていく。
「モルスッ」
片眼鏡男が駆け寄り、魔法で傷を塞ごうとするが出来ない。
「だから、やめようって言ったのよ。相手は聖女なのよぉ!」
羽根男が喚いている。
「ふふふ。勝機あり。目にもの見せてくれるぞ、魔族のものどもよ」
厨二病男が勢いづいた。
「聖女って誰のことよ!」
床に伸びていたギルさんの首筋で脈を診れば、目を回しているだけだった。
「話し合う気がないなら、帰んなさい!」
私が叫ぶのにかぶせるように、角男が声を張り上げる。
「こやつら全員、皆殺しだ!」
次の瞬間、辺りが闇に包まれた。けれども闇の中なのに、その場にいた者たちは分かるし、見える。
魔族四人組と魔術師二人は、うつ伏せになり、重力に押しつぶされそうになっていた。ただ、うめき声を上げるだけだ。
私は気絶したギルさんの頭を膝に載せて、座り込んでいた。
その私たち全員の視線が集まる先に、椅子に座って足を組んでいる青年姿のマオちゃんがいた。
「ベルゼ、マリーに手を出したら、許さぬと言ったはずだな。おまえたち四人なぞ、すり潰したからといって、私には何の痛痒もない。また新しく作るだけだ」
青年のマオちゃんは、物憂げに告げた。
「ヒト族の魔術師よ。今ここにいる魔族を消しても、また生まれるだけだ。無駄だな。それとも、ヒト族すべてを滅ぼされたいか。私には、どうでもいいことだが」
馬鹿にしたように言われても、ベネットさんと厨二病男は、うめき声も上げられず、息も絶え絶えだった。
「私は、マリーの作った〝はんばあぐ〟が食べたい。ベルゼ、この希望が叶うよう、はからえ」
「は、は……い。委細承知」
角男が返事をしたら、闇が消え、私たちは食堂にいた。
床に押し付けられていた魔族四匹と魔術師二人が、よろよろと立ち上がる。
「あー。あるじ様のご意向により、魔族とヒト族の今後の関係を話し合うことにする」
気が乗らなさそうに角男が宣言し、座り込んでいる私を見た。
「マリーさん? 僕……どうしたんでしょう」
そのとき気が付いたギルさんが半身を起こす。
「ねえ、ギルさん。私の作るハンバーグが世界平和の鍵になるみたい」
「は?」
ギルさんの目がテンになった。