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おまけ・ある魔族の独白(前)

 我は、ベルゼという。他にも名があるが、今はそう呼ばれておる。

 父母はない。気がつくと、ここにいた。魔王様の傍らに。

 魔王様は最初から〝魔王〟と呼ばれていたわけではない。我が自我を持ったとき、姿かたちは朧気で、ただ思念と膨大な魔力のみを感じた。

《サミシイ》

 その思念が伝わっていた。この混沌とした場に、ただ一個の思念体として存在していたことで仲間が欲しくなり、我を生み出したようだ。

 時間の概念はなかった。しかし長く寄り添っていたと思う。この混沌の場に、光が現れ、そのとき初めて光と闇が分かたれた。

「なによこれ。わたくしが任された世界だというのに、もう不純物がある。消えなさい!」

 ぱん、と言葉が終わったと同時に、我を造った存在が霧散した。

 光と闇の次には天と地が分かち、海と大地が現れた。昼と夜、風が吹いて雨が降り、大地には植物が生え、様々な動物が姿を現した。

 その頃には霧散した我の創り主も元通りになって、この世界の変化を注視していた。そして、我の他に三つ、同じ存在を造った。

「まーあ。わたくしが世界を創っている間に、また復活したの。この魔の物たちは」

 バチバチッ、と電撃が走り、あるじと我らを消し去ろうとする。だが、今度はあるじが相手を弾き飛ばした。

「なんてこと。ありえないわ!」

 これがこの世界の創造神・ジェーチと我らとの戦いの始まりだった。

 女神は我らを魔族、あるじを魔王と呼んだ。その呼び名によって、我らの姿かたちが固まり、動物と植物の融合したような形となった。あるじも同様に、巨大で異様な姿となる。

 我ら四人は、それぞれ「ベルゼ」「アンゲルス」「モルス」「イブリース」とあるじから名を頂いた。この世界は魔素が多く、我らは魔法が使え、それぞれが仲間を増やしていき、魔族はこの世界の大地に満ち溢れた。植物を採取し、動物を狩り、穏やかな暮らしをしていたところ、女神が復活する。

「わたくしの世界に、どーして魔族がはびこっているのかなあ?」

 いきなりあるじの背後に現れた女神は、その首を剣で切り落とし、四肢を切って遠くへ放り投げた。

「きさまああっ」

 我ら四人は女神に向かっていったが、太刀打ちできない。配下の魔族や弱い者たちをまとめて逃げ出すことしかできなかった。

 女神は魔素を〝瘴気〟と呼んで、薄めていった。濃い魔素がなくては生きられない者たちを抱えた我らは、まだ魔素が多く残っている北へ移動した。そうしているうちにあるじが復活し、地下にある魔素溜りに一族を導き、そこに我々の国を建てた。けれども地下に光は届かず、ところどころ開けた穴の部分で育てる作物は少なく、食料をいかに調達するかが問題となった。

 我らが地上から撤退すると、女神は自らの愛し子のヒト族を地上にはびこらせた。飢えた魔物たちが地上へ出て暴走する。それに乗じて魔族たちも略奪に出る。

 魔族とヒト族の争いの歴史が続く。しかし魔素が少なくなった地上に住むヒト族に魔力はほとんどなく、我らに対抗できない。かといって、この世界をひと通り創ったのちの女神は地上にやたら介入はできないらしい。そこで女神は他の世界から呼び出したヒト族に加護を与え、〝魔王〟と呼んだ我らのあるじを討つように導いた。あるじは異世界から呼ばれた勇者と聖女を含む討伐隊のために何度も命を散らされ、現在は第五十六代の御方である。



 あるじは女神やその手先の勇者に何度も討たれたが、死したわけではない。いっとき霧散するのみで、再び姿かたちを取り戻す。だから、最初からただお一人の方なのだ。ゆえに、魔王城が出来た頃より勇者に討たれたのちには、魔王城の玉座に赤子の姿となって再誕される。そのとき、以前の記憶は失われ、子どもからやり直すのだ。魔力の使い方も上手くなく、導く者が必要だった。変化へんげもできず、姿を変えることが出来るのは過去の幼い姿のみ。成長すれば、力の解放もでき、再生して二百年もすると記憶を取り戻して、力も以前のように振るえるようになるのだ。

 第五十六代様は、再誕して五十年ほどになる。その姿はヒト族の十歳くらいの男児である。美麗な容貌と長い黒髪をしていた。その第五十六代様は今、魔王城の華麗な居間でクッションを幾つも重ねた上に座り、大人の背丈ほどもある大きな魔鏡を覗き込んでいた。

「ベルゼ、マリーがつくる〝はんばあぐ〟がたべたい」

 と、こちらを振り向く。

 魔鏡には、ヒト族の国・ライアル公国にある村の鄙びた食堂の風景が映っていた。

「マリー……あのヒト族の狂暴なメスですか」

 あるじのかわいがっていたペットのコカトリスが逃げ出し、ライアル公国の森で暴れた際、コカトリスをただのニワトリとなし、尻尾を引っこ抜いたヒト族のメスである。コカトリスを捜しに訪れたあるじに恐れ知らずも説教をかましているとき、我が発見し、塵と為そうとしたが、不思議なことにその非力であろうメスに魔法を無力化されて殴られ、あるじと共に説教を喰らった。

 屈辱である。

 これほどの力のある者、聖女なのか?

 仲間のヒト族がそのメスを探し当てたその隙にあるじを連れて逃げたのだが、その直前に我らを捜しに来たイブリースが危うく狩りの標的になったとのことで、ヒト族の中にも危険な者がいると我ら側近一同、認識したのであった。

 あるじのコカトリスは世話係や庭師を幾人もおやつとする凶悪なペットだったが、これ以後、腑抜けてしまい、禿げた尻をしたただの雄鶏おんどりに成り下がって、今では城の庭で雌鶏めんどりたちを追いかけ回している。

 このようになってはならない。

「恐れながら、マリーに会いに行くというは、死地に赴くと同じでありますぞ」

「やだ。たべたい~~」

 我の忠告にも、あるじはうなずかず、駄々をこねる。

 こうなったら、何とも仕様がない。

「致し方ありません。準備をいたしますので、しばしお待ちを」

 と、我は答えて御前を下がった。

 子ども時代のあるじはいつもならおとなしく魔鏡を眺めて、そこに映るこの世界の様々な場所や魔族・ヒト族の様子を見、それに飽きると、城の庭でペットと遊ぶ。そして成長されれば、記憶を取り戻し、我らの上に君臨されるのだ。

 だが今回だけは違った。あのマリーというメスによほど興味を引かれたご様子で、食物を摂る必要のないあるじが、あのメスの作る料理に惹かれている。不思議なことだ。

 ともあれ、臣下としては、その要望に応えねばならない。我はマリーなるヒト族について知るため、ライアル公国に眷属を派遣して密かに探らせた。

 その結果、ライアル公国の隣のラーデン王国の『豊穣の聖女』の召喚に巻き込まれた魔力のほとんどない女だと知れた。

「平凡な女が、我を殴りつけただと?」

 信じられなかった。

〝サミシイ〟と、ときおりつぶやくあるじのために、我ら側近の四人は主に倣って自分たちも眷属を造り、それらは互いにつがって、一族は増えていった。そしてヒト族のように国を造った。

 戦ううちに我らはヒトに似た姿をとるようになり、知的好奇心が強いアンゲルスとその眷属はヒト族の能力や身体に興味を持ち、その果てに血から情報を得るようになった。モルスは武を尊んだので、その眷属は武人として戦いでは先陣を切る。ヒト族の暮らしに興味を持ったイブリースとその眷属は精神に関わる魔法を得意とし、隠密行動の果てにヒト族と交わる者も出て来た。我が眷属はあるじを護るために官僚として国を支え、我はヒト族の国でいえば宰相、あるじが幼いときは王の代理として一族をまとめていた。

 一時期、この世界の女神はあるじと我らを消し去ろうと自らの神力を与えた勇者と聖女を各国で召喚するようそそのかせ、討伐のための勇者パーティーが数年おきにやってきて、再誕した幼いあるじが何度も殺された。滅されたのは側近の我らもである。

 討伐に異世界の者を使ったのは、自らの神力はあるじと拮抗しているため、他の世界の神の力をまとった異世界の者たちなら、あるじと我らの力を凌いで確実に勝てるという策略なのだった。実際、あれほど絶対的な力を持つあるじが召喚された勇者と聖女には、いつも負けてしまう。

 しかしあるじは完全に消し去られることなく、あるじを命の源とする我らもあるじの蘇りと共に死に戻った。けれども、我らより魔力の少ない者たちは蘇ることなく、死んでいった。勇者たちは我ら一族の村々を焼き払い、街を打ちこわし、女子供までも虐殺して略奪の限りを尽くしていった。相手はヒトではない、魔物であるから何をしてもよい、と言って。

 長き戦いの間、我らも手をこまねいていたわけではない。ヒト族の暮らし・国の成り立ち・習慣を調べ尽くし、ヒト族と交わって子を残して反逆の芽を育て、密やかに反神をささやいた。その結果、帝国を打ち立てた初代皇帝が召喚術を使う国々を滅ぼし、または属国と為して、勇者を召喚するのは帝国、そして聖女を召喚するのは中央神殿のみと定めた。神力を与えられた勇者と聖女がその力に器である身体が耐えられず、召喚されて二十年前後で死ぬと分かってきたことも理由らしい。初代皇帝は、聖女を妻としたので、女神のやり口を覚ったのだろう。

 ただ、ラーデン王国の聖女は戦う力を持たない者であったので、例外として目こぼしされた。

「皇帝がヒト族の中で一番魔力が高いってェ? バッカよねえ。当然じゃない。魔族の先祖返りだもの」

 と、鼻で嗤うのは、イブリースである。

 かの者の進言により、我らは長い時間をかけて、ヒト族の中に我らの血を入れた。短い者でも二百年の寿命を持つ我らにとっては、なんということもない策であった。

 しかし、マリーとやらはその血筋でもなく、聖女でもない。女神と互角に戦える力を持つあるじ。そのあるじに次ぐ力を持つ我を無効化するマリーとは、いったい何者か。



 マリーの住む葡萄園では、食事会なるものが催されると知って、ヒトに化けて参加することにした。我は父で、女に化けたイブリースが母の役だ。マリーと会うのをイブリースは嫌がったが、あるじのためだと言って強いて我の妻役をさせた。何事かあったときのため、アンゲルスとモルスにすぐに来るよう言いつけ、貴族の一家としてライアル公国のワイナリーへ向かうことにした。

 ところがなんと、あるじが小さくなっている。子どもから幼児だ。

「ヒト族のメスは、そのくらいの年ごろの子どもに弱いのよ」

 そう進言して受け入れられたと、イブリースが笑った。

 あざとい。

 一抹の不安があったが、それは的中し、姿に引っ張られてさらに精神が幼くなったあるじの言動で、早々に魔族であることがマリーたちヒト族にばれた。その上、魔術師が二人も乱入し、〝はんばあぐ〟を召しあがっていただくという当初の目的が果たせなかったものの、あるじが力を解放できたのは僥倖ぎょうこうであった。

 けれども一方で、ヒト族と和平協定を結ぶことになったのは、思いもよらぬことである。まあ、ヒトの寿命は短い。協定を結んでも、長くはもつまいと思うが。




年寄りの話は長い。続きます。

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