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おまけ・隣国からの迷惑な手紙

 下の子を産んでしばらくして、隣国のラーデンから手紙を持った使者が馬車でやってきた。ギルさんと職人たちが畑仕事に出て行ったあとのことで、シャトーには私と子どもたちの他、上の子たちのナニーのカティさん、メイド長のイザベラさんと三人のおばあちゃんメイド、料理人のサムエルさん御年八十歳しかいなかった。

 対して向こうは、十八世紀風のひらひら衣装を着た侍従と思われる中年男性と護衛騎士二人に御者。

追っ払うにしても女子供と老人ばかりでは、こちらの分が悪い。

「我が国の王太子ご夫妻からのお手紙である。すみやかに返事をしたためるように。我々はそれを持って帰らねばならぬので、待たせていただく」

 まくし立てた使者のおじさんは、イザベラさんの知らせで慌てて玄関に出迎えた私に告げ、メイドさんを急き立てて客間へ去って行った。

 私の手には、渡された立派な封筒が二通。

 イザベラさんとあっけに取られていると、ライアル公国の騎士団長ギデオンさんが部下を二人連れて、慌てた様子でやってきた。

「すまん、マリーさん。城で迎えようとしたんだが、石頭の使者が『直接、お渡しする』と強硬に突破して、こっちへ来てしまったんだ。何もなかったか?」

「とりあえずは。返事がもらえるまで帰らないって。あれ、本物なの?」

 自称、ラーデンの使者ってありうるし。居直り強盗や詐欺には気をつけろっていうのが、むこうの世界では常識よ。

「無礼だが、本物だ。公国に先触れもあり、国王のサインがある身分証も持っていた」

「ふーん。じゃ、あの態度はこっちが平民だからってことね」

 私の言葉に、ギデオンさんが苦虫を嚙み潰したような顔でうなずく。

「俺が相手をしながら、見張っておこう」

「では、私はお茶を」

「その間に私は返事を書いて、とっととお帰り願おう」

 三人でそれぞれすることを確認して、その場から離れた。

 私が自分の部屋に戻ると、クローディアはゆりかごの中で眠っていた。隣の子ども部屋からは、きゃっきゃと双子の声がする。カティさんがうまく遊ばせてくれているようだ。

 私は書き物机に座り、パーパーナイフで二通の手紙を開け、まず一通目を読んだ。


《はじめまして。

会ったのは召喚のときだけよね。でも、話すこともなかったし、名前も知らない誰かさん。改めて自己紹介するわ。ワタシは、カイエダミユ。召喚されたときは高校生で、進路に迷ってたのよね。とくにやりたいことはなかったし、勉強はキライだし。ワタシ、ちょっとカワイイから、美容系かモデル? そっち方面がイイカモって思ってたけど、異世界召喚されて、ウッソーとびっくり。でも、目の前にすっごいイケメンがいて、王子様って言うし、ワタシのこと、好きだって。夢みたい。ぽーっとなって、これが恋ね♡ って思ったら、情熱のまま突っ走ってデキ婚よ。それはいいんだけど、ベル様は最初、とっても甘やかしてくれたのよ? 膝にのっけて食べさせてくれたり、ドレスや宝石やお菓子をいっぱい贈ってくれたりして。でもね、子どもを産んでから、ちょっーーと冷たくなって。

『君は重い。食べるのを少し控えたらどうだ』とか、『王太子妃としての勉強をしてほしい』とか、『君は聖女なんだろう? それなのにラーデンが豊かにならないのはどうしてだ?』なんて、言うのよ。今では夫婦の間にすきま風が吹いているわ。でね、ベル様が言い出したの。『聖女は二人で一人だったのかもしれない。もう一人の方を側妃にすればいいんだ』って。だから、お手紙でお願いするの。ラーデン王国に戻って、ベル様の側妃になって。そして、ワタシのために働いてね。だってアナタ、平民になっちゃったんでしょ? 平民の奥さんでいるより、王太子の側妃になるほうが、ずっといいじゃない。使者を送ってあげたから、一緒に帰ってきてね♡》


 うわあ、お花畑。と、呆れた。しかし、産後太りか。私も気をつけよう。

 さて、二通目。


《ラーデン王国王太子・ベルファンである。

ライアル公国に聖女が現れたというので調べたら、どうやら我が国が召喚した者らしいと分かった。聖女と共に召喚された女は、家臣に下賜したのち、死したと聞いたが生きておったのだな。マリーとやら、くラーデンへ戻れ。ライアル公国は祖母の生国であり、友好国である。正式に抗議するなどしたら、国家間の外交問題となる。そなたが自発的に戻れば、何の問題もない。もともと我が国は、召喚術を発明した魔術師の生国である。そのため、魔王討伐の勇者や聖女と違って、国を富ませる力を持つ聖女を召喚することを目的とし、慣例となり、帝国の皇帝が召喚術の使用を帝国と中央神殿に限るとしたとき、我が国のみは特例として目こぼしされたのだ。そして、私も聖女を召喚し、国を富ませた王太子、また王として知られるはずだった。ところがどうであろう。聖女を召喚して娶っても何も変わらず、それどころか帝国の軍に屈して属国となり、召喚術は封印され、王家は名ばかりの飾りとなり、実権は帝国から派遣された代官が握っている。屈辱だ。これも、そなたを手放したからだ。今回の召喚では、聖女は二人いて力を発揮するのだと気づき、そなたに帰国を促すのだ。ギルバードと結婚したようだが、あれよりも私の方が見目も良く、何よりも王族である。どちらを選べばよいか、分かるであろう。私もそなたが母と歳が近いことは目をつぶろう。妻の役目は果たさなくてよい。仕事を手伝ってくれれば、良いのだ。理解がある夫であろう? 我らで帝国から実権を取り戻すのだ。王宮でまみえる日を楽しみにしておる》


 絶句。呆れた。頭ン中に、何の花が咲いているの!

 こいつを殴ってもいいですか~~。私のことはともかく、ギルさんを貶めて馬鹿にするのは許せないーっ。王族がなにさ。国を支えているのが何者なのか、わかってんのか、きさま! 万死に値する!

 腹ン中が煮えくり返った。が、深呼吸をしばらくして、頭を冷やした。

 いやいや。あれでも権力者。冷静に、冷静に。腹黒くいきましょう。

 私は、『人違いです。私は聖女ではありません。ただの平民です』と断りの手紙を二通書いた。そして、抽斗からこれまで一度も使ったことのない赤い呼び鈴を出して、チリンと鳴らした。

「お呼びでしょうか、ご主人様」

 しゅっと煙が立ち上り、そこに羽飾りのついた服を着た男姿のイブリースが片膝をついていた。

「あんたって、淫魔でもあったわね。ラーデン王国の王太子夫妻が倦怠期なの。家内安全、夫婦和合。よろしくね。それから、二人とも頭がお花畑だから、まっとうに物事が考えられるようにしてくれる?」

「倦怠期のほうはともかく、お花畑につける薬はないわヨ」

 立ち上がったイブリースは、嫌そうに答えた。

「そこを魔族四天王の一人であるあんたに頼むのよ。それとも、イブリースは私の頼みを聞いてくれないって、マオちゃんが今度来たとき、愚痴ろうっかなー」

「それは、ヤメテ」

 イブリースが真っ青になった。

「ラーデン王国から来た使者の一行も連れて帰ってね」

「イエス、マム!」

 シュタッ、と敬礼したイブリースは姿を消した。

 そのあとすぐに、ドアが激しくノックされる。

「奥様っ、大変です!」

 ドアを開けると、慌てたイザベラさんと後ろに変顔をしたギデオンさんがいた。

「どうしたの?」

「ラーデンからの使者の方たちが突然、目の前で消えてしまったんです」

「そーなんだよなあ。馬車までなくなったんだぜ?」

 イザベラさんとギデオンさんの報告に、私はにっこりとして答えた。

「ちょっと魔法の使える人に頼んで、送ってもらったの。心配しないで。でも、手紙を渡しそびれてしまったから、これをラーデンの王太子夫妻に渡してくださる?」

 と、ギデオンさんに手紙を託した。

 二人を送り出してドアを閉め、ゆりかごを見ると、娘はすやすやと眠っている。

「この騒ぎの中で度胸いいなあ。誰に似たんだか」

 ヘルミーネ様かなあ、と思っていたら、当たらずしも遠からず。長男のフィリップ、次男のジョルジュ、そして長女のクローディアは皇族並みの魔力の大きさを持っており、大きくなると三人とも帝国へ留学して長男は魔術師団長となり、葡萄園を継いだ次男は魔術医を兼任し、長女は帝国や他の王国からの縁談が降るようにあって。まあマオちゃんがそれを黙って見ているわけはなかったんだけど、子どもたちが成長しても私の周囲は何かと賑やかだった。

 さて、このラーデンの使者強制送還の一件から五日ほどして、ラーデン王国の王太后であり、先代様とヘルミーネ様の娘でもある方がライアル公国にやってきた。そのときは私とギルさんもお城へ呼ばれ、正装してご挨拶をした。

 ラーデンの王太后様は先代様に似ておられ、孫のベルファン王子のしでかしたことを、謝罪してくださった。

「あの子もねえ、息子夫婦がたった一人の跡継ぎだからって、甘やかしてしまったのが悪かったのよ。帝国の属国になったのも、仕方ないと思うわ。民にとっても。でもなぜかしら。四日前から人が変わったようになって、良い夫婦、良い両親、良い王太子夫妻となっているわ。マリーさん、あなたからのお手紙のお陰かしら。ありがとう」

 お礼を言われ、私は深く頭を下げた。

 たぶん中身、変わったんだろうね、物理的に。

 イブリースのやつ、矯正不可ってことで、外側そのままに中の人間を変えたんだろう。どうやったか知らないけれど。でもま、結果良ければ、すべて良しってことで。

 そんなことを考えていたら、遠くで「マリーへの態度に怒ったゾフィー様がやったのよーう」とイブリースの小さな声がした。








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