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それから

 この世界には、新婚旅行というものがない。結婚式の翌日、半日だけゆっくりできたものの、お昼から通常通りとなった。ギルさんは畑へ、私はヨハンナさんの食堂へ。

「もっと二人でのんびりしたら良かったのに」

 と、ヨハンナさんとお手伝いに来ているピアさんに言われたけど、ギルさんがワーカホリックの日本人かと思うほど勤勉なんだもの。そんなとこも好き♡

 結婚式の翌日の午後、お城から先代様のお使いが来て、「村の披露宴で出した料理を城でも再現してほしい」という手紙をもらった。

 ほぼ居酒屋料理と私の好きな物なんだけど、いいのかなー、と思ったが、後日、お城で料理人たちの協力の元、焼き鳥やモツ煮なんかをお出ししたら、以外にも先代様以外の生粋の貴族である公爵様や後継様、ご夫人たちに好評だった。公爵様はこれを商売に種にできないか、考えているもよう。多分、そのうちに居酒屋かパブみたいな飲食店が城下にできる予感がする。ケーキとあんまん・肉まん、カレーパンとアンドーナツは公爵家直営のカフェのメニューに加わった。ヘルミーネ様の商会からお米が入荷したときだけ、私は食堂でカレーライスを出すことにした。

 協定締結以来、魔族たちはおとなしく、魔獣も騎士団が小さなものを狩る程度だ。兎や鹿に似た魔獣は捕まえるとジビエ料理になる。有益だ。人を害するほどの大型のものは以前のようには出てこない。

 食堂にやってくるマオちゃんのお迎えに来たベルゼに訊くと、食料が行き渡るようになって魔族たちにも余裕ができ、魔獣がペットとして飼われるようになったとか。また、北の荒地が魔族の領土として帝国に認められ、地下の魔界から出て来て国造りが始まったという。嘘だったハイドゥ国が実在する国になったのだった。

「強力な結界を張って、魔族・魔獣は出て行かないようにしている」

 とのことだった。ただ、小さい魔獣は結界をすり抜けてしまうらしい。

 で、ショックだったのは、魔族たちがヒト族のこちらに姿を決して現さない理由。それは、私がいるから。

「『聖女マリーは魔族を食らう』という噂が定着してな。親たちは躾のとき、聖女マリーの名を出すのだ」

 私はナマハゲか、とふてくされると、ベルゼが言う。

「『恐怖の大聖女』『魔族喰らいの聖女マリー』という二つ名もあるぞ」

 いらんわ。

 ともあれ、魔族とヒト族はぎくしゃくしながらも、この世界で戦うのではなく、共存する道を模索していくようだ。

 魔族がヒト族の前に姿を現さないといっても、側近四人組だけは相変わらずやって来る。ベルゼはマオちゃんのお迎えに、アンゲルスは魔法ヲタ友のルドに会いに、モルスはヘルミーネ様への求愛のために。

 モルスの求愛行動は、ヘルミーネ様の側近たちに阻止され続けていたけれど、あまりにもしつこいので、ヘルミーネ様直々に手合わせをし、モルスは完膚なきまでに叩きのめされたので、以後は下僕となっている。モルスには、これもご褒美なのかもしれない。

 イブリースは私に迷惑をかけ過ぎたとのことで、マオちゃんの命令で私の下僕となることになった。赤い呼び鈴を鳴らすと、イブリースがやってきて用事を言いつけるという形だ。今のところ使ったことないけれど。

 マオちゃんの家庭教師・ゾフィーさんは披露宴のときの言葉通り、ときどき食堂にふらりとやってきて食事をしていく。やはりまだやってくる騎士団長のギデオンさんとアリサさん夫婦と仲良くなり、三人で楽しく飲んでいる。ギデオンさんとアリサさんは、ゾフィーさんが魔族関係者とは知らない。いいのか。

 この前マオちゃんが食堂に来たとき、アイスクリームを作って出したら、それを聞いた先代様が「ジェラートを作ってほしい」とオーダーしてきた。

「素人ですから、本式なものはできませんよ」と答えると、「それでもいい」とのことで、またもやお城の料理人たちの手を借りて、バニラアイス他、様々な味のシャーベットを作ったら、たいへん満足されたようだ。これも後日、城下でお店が開店し、帝国の皇居の厨房にもレシピが売られて、いろんな階層の人達が味わい、楽しむようになる。ゾフィーさんも、アイスが好きなようだ。

 そんなことをしている間にも季節はあっという間に春となり、私は果実酒作りにいそしんだ。飲めるようになるのを心待ちにしている。

 そして初夏。ヨハンナさんが自宅で女の赤ちゃんを出産した。マリアちゃんと名付けられた女の子は、やがて大きくなると私とギルさんの子どもたちの姉貴分として頼もしい存在となるのだった。強いんだよ、この子。うちのやんちゃどもを圧倒して。

 そう、ヨハンナさんが出産したのち、床上げのお祝いの席で、私は気分が悪くなり、二日酔いかと思ったら、つわりだったという騒ぎを起こした。つまり、妊娠していたんですね。それからは禁酒の日々です。ぐむむ。仕方ないけど。

 妊娠・授乳期にアルコールはだめよね、と分かっていても、秋になって昨年摘んだカビ葡萄がちゃんとワインになっているか、自分でも確かめたかったなー。

 ええ、そう。アレ、貴腐ワインになってたのよ。

 ワイナリーのギルさんとジャン親方と職人たち、そして私とメイド長のイザベルさんがいる場で、ギルさんと職人たちが試飲をした。

「……甘いな」

 グラスに注がれた金色の液体を、香りを嗅いでから口に含んだギルさんが言う。

「ええ、極甘のワインですね」

 ジャン親方も答え、職人たちそれぞれが感想を述べる。みんながひと通り意見を言ったあと、ギルさんが今年もこの葡萄を摘んでワインにすることを告げた。

 いいなー、飲みたいなー、のみたいなー、でもダメよね。

 羨ましいと、みんなが飲んでいるのを見てたら、ギルさんがにこっとした。

 くいとグラスのワインを飲み干す。

「マリーさん」

 呼びかけられて、「はい?」と顔を向けたら、いきなりキスされた。貴腐ワインの味がした。

「今はこれでがまんしてね」

 と、ギルさんが身体を離す。

 ベロチューか? こんな、みんなが見ている前で? シャイでヘタレなギルさんが? なんて大胆!!!

「ま、若様。結婚されたら、しっかりなされて」

 ギルさんが子どもの頃、世話係だったイザベラさんがエプロンで涙を拭いている。

「ギルバード様、いちゃつくのは二人だけのときにしてくださいね」

 職人さんの一人が言うと、なごやかな笑い声が沸き起こった。

「ああ、すまない。みんな、仕事に戻ろう」

 職人さんたちに告げたギルさんは私に近寄ると、ささやいた。

「また、あとでね」

 いきなりの公開ベロチューにぼう然としていた私は、そのイケボにくらくら。

 うちの旦那様がステキ過ぎるーっ。

 変わりない暮らし。その中にあって、私は結婚してからもギルさんに何度も恋してる。ヘタレイケメンからキラキライケメンに変貌した夫に、振り回されっぱなしよ。

 さて夏が過ぎ、秋となってこの時期はワイナリーが一番忙しいときだ。去年お手伝いでやってきた私。しかし今年は、ブドウの摘み取りのこの繁忙期にお腹の大きな私は畑に出ることを止められているため、シャトーの一室に設けられた託児所で近所の年かさのおかみさんたちと共に子守をしている。ここにいるのは、摘み取り作業に来ているお母さんたちが預けて行った子どもたちだ。その中に、マオちゃんらしき子どもが見えるのは、私の幻覚かな。

「えーと、マオちゃん?」

 呼びかけたら長い黒髪を青いリボンで結んだ男の子が振り返って、笑顔になった。

「マリー」と、こちらへ駆け寄って来ようとしたとき、空中からゾフィーさんが現れて、はしっをマオちゃんを抱きとめる。

「お勉強中に逃げ出したの。ごめんねえ」

 と、そのまま二人の姿は消えた。

「い、いまの」

 周囲を見回しても、誰も動揺していない。

「マリーさん、どうしたの?」

 近くにいて、お尻が臭くなったヨチヨチ歩きの子を捕まえ、おむつ替えをしようとしていたおかみさんが不思議そうに訊く。

 そっか、みんなは気づかなかったんだ。と察した私は、笑ってごまかした。

 魔族の連中も通常通りのようだ。

 摘み取りの時期も終わり、冬がやって来て年が明けると、私は双子の男の子を生んだ。この世界、お産は産婆さんの手による。でも、お腹が大きくなったくらいに国の方から魔法医という、医学にも通じている魔術師が派遣されて妊婦の様子を診察し、難しいお産になりそうな場合、定期的に診てくれ、出産にも立ち会ってくれる。

 ライアル公国は小さい国なので魔法医はおらず、帝国から派遣してもらっていた。私を担当したのは、ポーリーンさんという熟年女性の魔術師だった。

「双子みたいだから最後まで面倒みるわ。ライアルは食べ物がおいしいから、いいのよねえ」

 と、診察にやってくるとヨハンナさんの宿に泊まり、城下で食べ歩きをしていった。私のお産が終わったとき、体重が増えたとこぼしていた。

 子どもたちは二人ともギルさん似の金髪碧眼。将来、イケメンになるのが確実な容貌をしていた。長男は先代様の名をいただいて、フィリップ。次男は先代様と一緒に召喚された勇者様の名をいただいて、ジョルジュとなった。

 このとき聞いた話では、召喚者のうち、勇者などの役目を持った人たちは魔力は大きいけれど、短命で四十歳になるまでに、ほとんどが亡くなっているのだという。それも子孫を残さずに。

 私たちが勇者様の名を子どもにつけたことを知った先代様は、とても喜んだ。

「魔王を討伐して、褒賞として金銀財宝を与えられ、皇女と結婚。貴族となって何不自由なく優雅に暮らしていたが、ピッツァもパスタもないこの世界で心の中では故郷を思い続け、後継も残さずに男盛りのときに亡くなったあやつが不憫でならなかった」

 そっか。オマケで召喚された先代様、この世界で生きていくのに苦労されたけど、勇者の方も大変だったのね。私、聖女じゃなくて良かった。ギルさんの隣で長生きできるもの。

 そしてイザベラさんの手を借りて、私は双子の育児で大わらわ。でも、あっという間に離乳の時期となり、晴れて貴腐ワインが飲めたのだった。おいしかった。ギルさんに言わせると、初めての試みだったから、荒っぽい味なんだって。だから今年は試行錯誤したらしい。

 来年が楽しみだなあ、と思っていたら、妊娠が分かり、再び禁酒である。

 出産予定が三月だったので、またもや摘み取りの時期にお手伝いできず。そして春先に生まれたのは、私に似た黒髪黒目の女の子だった。名はクローディアとギルさんがつけた。

 二人目の女の子の孫の誕生にお義母様こと公爵夫人が喜び、親族・知人の贈り物の他にプレゼントの山が築かれた。

 そして私が妊娠・育児中は近寄って来なかったマオちゃんが赤ちゃんを見にやってき、ひと目見たとたん、叫んだ。

「クロちゃんをマオちゃんのおよめさんにする!」

 双子のときも見に来たけど、興味なさそうだったのにな。

「いやあ。この子、生まれたばっかだよ」

 と、呆れる私。

「結婚の話は、早すぎると思うな―」

 うちの娘はやらん、と言いたいところだけど、相手が魔王なのでヘタるギルさん。

「すーるーのー」

 イヤイヤするマオちゃん。かわいいけど、だめさ。本人の気持ちもあるし?

「うむ、良い案だ」

 けれども、一緒に来たゾフィーさんがうなずいている。

「マリーに断られたら、夫婦神めおとがみというのも、いいかもしれん」

 なんのことですかーっ。

 この騒ぎでも動じず、ゆりかごの中の娘が眠りながら、えっへらと笑った。

 この数年、季節は滞りなく巡り、大きな災害も流行り病もなく、葡萄をはじめ作物の実りも良い。今年も葡萄の当たり年になりそう。ライアル公国では、カップルが次々と誕生し、結婚と出産のブームが続いている。

 ……ああ、幸せだなあ。

 私はしみじみ思った。

 聖女のオマケでこの世界にやってきて、どうなることかと思ったけど、逃げ出した先でいい人たちに出会え、ギルさんというパートナーも得た。子どもにも恵まれて。これでおいしいお酒と肴があれば、もっといい。



 異世界人の私を受け入れてくれた人たちに、感謝を。そして、このラ・ヴィ・アン・ローズ――に乾杯!!









「ラ・ヴィ・アン・ローズ」はフランス語、「薔薇色の人生」と訳されます。同じ名前のカクテルもあるそうです。

本編はこれで終わりますが、おまけが二つあります。今しばらくのお付き合いのほどを。

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