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披露宴、その2

 馬車を降り、「習慣だから」とギルさんが私をお姫様だっこして、セバスさんが明けた玄関の扉から中へ入ると、そこには並んでいる助っ人の使用人たちの前に、ベルゼとイブリースとアンゲルスとモルスがいた。

「ドルゴン公爵様ご一家がお待ちでございます」

 セバスさんが告げた。

「え?」

 ぼう然とするギルさん。私はギルさんの腕から滑り降りて、エントランスホールに立った。

「どうしてここにいるの?」

「まお……ごほん、息子の社会勉強のために、村の披露宴を体験させたくてな」

 ベルゼが苦しい言い訳をする。多分、マオちゃんが「来たい」って言ったんだ。

「マオちゃんは?」

「村の子どもたちと一緒に遊んでおられます」

 セバスさんが答えた。

 村の披露宴のため、こちらにセバスさんたち昼食会のときのいつもの助っ人さんたちを頼んでおいたのだ。今みたいな思いがけない事態が起こったとき、セバスさんがいてくれて良かったと思う。

「そっか、他の子と仲良くしてるのね」

 魔王だけど、やっぱ子どもだわー、と思うと同時に、魔法で庭を温かくしてもらうために魔術師のベネットさんに来てもらっていたけれど、ばれないかしら、とも思った。

「たとえ優秀な魔術師がいようとも、私が居れば心配ない。気取られることもないぞ」

 私の心の中を読んだかのように、ベルゼの隣に立っていた背の高い女性が答えた。マリンブルーのドレスを着た金髪碧眼の出る所が出ているゴージャス美人だ。

「む、息子の教育係のゾフィー殿だ」

 ベルゼが紹介する。

「マオちゃんの先生?」

この人も魔族かな。

「私は神族だ」

 ふふ、と笑って、その人は小声で答えた。

「神族に生まれ変わらず、マリーがヒト族となっても後継なのは変わらない。しかし、完全に拒否された場合のときの候補として、あの子を育てようと思ってな」

「我々も、それは願ってもない話だと思っている」

 ベルゼが言うと、イブリース、アンゲルス、モルスが神妙な顔でうなずいた。

 何の話か、わからん。でも、マオちゃんにとっては、いいことなのか?

 ハテナがいっぱいで首を傾げた私の横で、我に返ったギルさんが、

「お客様は歓迎します。楽しんでいってください」

 と、ホストらしく答えた。

 そして私とギルさんは魔族のご一行様と共に、シャトーの一階にある広間へ向かった。

 村の集会所は、寄り合いをするためと若者たちのたまり場になっていて、宴会できる広さはない。村には結婚式を挙げる神殿がなく、正式な結婚式をするためには町まで行かなくてはならない。そこで先代様がシャトーと葡萄園を作るとき、神官を呼んでくれば、ここで式を挙げられるように広間を作ったのだった。

 広間に近づくにつれ、ヴァイオリンの音と老若男女の声が聞こえてくる。ギルさんが両開きの扉を開けたら、どっと歓声が上がった。

「おめでとう、ギルバード様」

「やっと来たね」

「結婚おめでとう。ギル様、マリーさん」

 その場にいた人たちが口々にお祝いの言葉を掛けてくれる。

 ああ、帰ってきたんだなあ、と思った。心の中があったかくなる。

 村の人たちはみんなそれぞれ一張羅の晴れ着を身に着け、大人たちは幾つかの輪になって、おしゃべりをしていたようだ。壁際のテーブルには湯気の立つご馳走とお酒とジュースの瓶が並んでいる。子どもたちは広間のフランス窓が開放された庭のほうで、この場を盛り上げるために呼んだ旅芸人たちのジャグリングやカードマジックを眺めて歓声を上げていた。

 その中に混じって、白いタキシード姿のマオちゃんも「ほえー」とした顔で手品を見ていたが、私たちが来たのに気づくと、「マリー」とぱっと顔を輝かせ、駆け寄ろうとした。しかし、いつの間にか側へ行ったゾフィー様にだっこされ、ぶーたれている。

 わいわい騒ぐ村人たちを静かにさせるため、ブラシ髭の村長・ザックさんがスプーンでグラスをチーンと鳴らした。

 ウォホン、とみんなが口を閉じると空咳をしたザックさんが挨拶をする。

「このワイナリーの主・ギルバード殿と婚約者のマリー殿が、今日めでたく結婚と相成った。おめでとう。心からお祝い申し上げる」

「もったいぶるなよ、村長」

「さっさとパーティーをはじめようぜ」

「早く飲みてえ」

 後ろの方の若いやつらから声が飛んだ。

「それでは、乾杯の儀式を」

 ザックさんが言うと、メイド長のイザベルさんがザックさんの横にいた私とギルさん各々にミードが注がれたグラスを渡した。

「マリーさん、どうぞ」

 ギルさんが自分の持ったグラスを私の口元へ持ってき、飲ませてくれる。

 嗚呼、やっと。ミードが飲める。

 涙が出そう。苦行? を耐えたかいはあったわ。

 口に含み、喉を流れるミードはまさに甘露だった。

 私はグラスのミードを飲み干すと、ギルさんに同じことをした。

 私たちが蜂蜜酒を飲み干したとたん、ヴァイオリンとタンバリンが鳴らされる。

「踊るよ」

 ピアさんに腕を引かれ、私とギルさんは踊りの輪に導かれた。お城のダンスと違う庶民のダンス。手を鳴らし、またつなぎ、足を踏み鳴らして、その場でくるりと回る。介添人をしてくれた三人の女の子たちも一緒に踊っている。村人に誘われて、戸惑いながらもベルゼとイブリースとアンゲルスも輪の中に入った。

 大柄なモルスはマオちゃんを肩車して、他の子守役の人たちと一緒に見物だ。モルスの肩の上でマオちゃんも身体を揺らして喜んでいる。

 曲がひと通り終わると、拍手が沸き起こり、旅芸人の女性ダンサーが中央に出て踊り出した。

 手拍子する人、眺める人、料理を取りに行って食べ始める人、お酒を飲む人、さまざまだ。子どもたちは庭に出た芸人たちの大道芸やパントマイムに興味津々。マオちゃんもそれに混ざっている。

 私は料理をお皿に取り分け、ひと通り食べてから、瓶に残っていたミードをグラスに注いで飲んでいた。手羽先、焼き鳥、おいしーい。モツ煮には、ワインよりビールか日本酒が似合うな。

「マリーったら、花嫁さんが一人で何してるのよ」

 ヨハンナさんがピアさんとやってきた。

「ギルさんは男性陣に囲まれてるから、今のうちに食べておこうと思って」

 視線を向けた先をヨハンナさんとピアさんが見やった。

「どうせ、妻の躾け方みたいなことを教えているんだろ」

「やだやだ」

 二人は頭を振った。

「じゃ、あたしらも亭主の操縦の仕方を教えようじゃないか」

 ピアさんが言い、私は二人におかみさんたちの輪の中に放り込まれ、旦那さんの愚痴やら惚気やらを聞かされた。

 その間も、私はミードを飲んでいる。

「マリーさん、一人で一本飲んじゃったんですか?」

 突然、横でギルさんの声がした。手には、空のボトルを持っている。

「そうかも。でも、全然酔ってないよ」

 私の頭はクリアである。

「いやいや。ミードは甘くて口当たりがいいけど、ビールよりアルコール度が高いんですよ。これくらいにしておきましょう」

 と、ギルさんはテーブルにあったミードの瓶を持っていくよう、メイド長のイザベルさんに指示した。

「ええ~~」

「あきらめな、マリー。ほら、水」

 ピアさんがグラスに水を持ってきてくれた。

 それをちびちび飲んでいると、マオちゃんがとことことやってくる。

「マリー、あれ、マオちゃんもできるよ」

 と、色とりどりのボールでお手玉をしている芸人を指さした。次の瞬間、ぼぼぼぼと無数のボールが出現し、縦横に飛び回る。

「きゃあ」「わあああ」と、悲鳴が飛び交った。

「この、常識知らずのチビ魔王がっ」

 ゾフィーさんが飛んできて、マオちゃんのこめかみを両手でぐりぐりすると、それは一瞬で消えた。

「な、何だったのですか。今のは」

 魔術師のコート姿のベネットさんがやってくる。

「何でもありませんのよ」

 マオちゃんをだっこしたゾフィーさんが、「ほほほ」と誤魔化し笑いをし、右手をパチンと鳴らせば、ベネットさんは夢から覚めたような顔をして、「そう……そうですね」と答え、ふらりと向こうへ行ってしまった。

「魔法ですか?」

「そう。あー、やっぱりマリーには効かなかったか。内緒にしてね」

 パチン、とウインクして、ゾフィーさんはマオちゃんを連れて離れて行った。

 陽が落ちて辺りが暗くなってきた。部屋の魔道具の明かりがさらに輝き、庭のランタンには明かりが灯された。今夜は、村の子どもたちも少し夜更かしすることが許されているようで、みんなはしゃいでいる。

 飲んで食べて、踊って歌って騒いでおしゃべりして。楽しい時間を過ごし、お開きのときになった。

 私とギルさんは、村のみんなを玄関でお見送りした。魔族のご一行様もだ。

「まあ楽しかった。まさかヒト族とこんな時間を過ごせるとは、思わなかった」

 帰り際にベルゼが言った。

「悔しいけど、そのとおりね」

 とは、女装のイブリース。

「ルードヴィヒがいないのが残念だったな」

 帝都へ行け、アンゲルス。

「俺は理想の女性に出会った。ヘルミーネ殿と申されたな」

「既婚者です。あきらめなさい」

「いや、略奪愛というものもある」

 当たって砕けてこい、モルス。相手は〝青海の魔女〟、手ごわいぞ。

 私は変態から目をそらしてマオちゃんに声をかけた。

「今日はありがとう。今度、食堂に来た時にはアイスクリームを用意しておくね」

「あいす?」

「冷たくて甘いデザートだよ」

「うん!」

 いい笑顔のマオちゃんとお互い手を振りながら、お別れした。

「そのときは、私もお邪魔して良いだろうか」

「ええ、どうぞ」

 ゾフィーさんの申し出に、私は答えた。ずっーと後に彼女の正体を知ったときには、びっくりしたんだけどね。

 旅芸人の一座は、ヨハンナさんの宿に泊まる。セバスさんたち助っ人たちも帰って行き、広間の後片づけはシャトーのメイドさんたちに任せて、私とギルさんはそれぞれの部屋へ引き取った。

 私の部屋にはイザベルさんがついてきて、ドレスを脱ぐのを手伝ってくれる。

 お風呂の世話その他は、「できるから」と断って、薔薇の花びらが浮いたお風呂に入り、用意されていた新婚用の下着とネグリジェを着た。

 さあ、わくわくの初夜よ。頑張れ、マリコ。

 と、自分にエールを送りながら、新妻としてベッドに腰かけて、ギルさんの訪れを待った。

 コンコン、とギルさんの部屋に通じるドアがノックされ、そこが開いた。青いパジャマの上にガウンを羽織ったギルさんが姿を現した。手には、ワインボトルとグラスを二つ持っている。

「マリーさん、ミードが飲み足りなさそうだったので、持ってきました。寝室でなら、寝てしまっても大丈夫でしょう?」

 ああ、なんて気が利く旦那様。

 私は立ち上がって、いそいそとギルさんを出迎えた。だが、私の姿を見て、ギルさんがうろたえる。

「えっと、そのう。そのネグリジェ、似合ってるとは思うんですけど、刺激的というか、寒くないですか?」

「まったく問題ないです。イザベラさんが『新婚にはこれくらい当たり前』ってことで選んでくれたものなので」

 私は栓を抜いて、蜂蜜のお酒をグラスに注いで小テーブルの上に置き、ギルさんに勧めた。

 私たちは二人並んでベッドに腰かけ、ミードを飲みながら今日の結婚式と披露宴について互いの感想を述べ合った。そして、「たいへんだったけど、いいお式だったね」と意見が一致した。

 グラスが空になったとき、沈黙が訪れる。なんか照れくさくて気まずいやつ。

 もしかして、戸惑ってる? ギルさんは女性経験ないのか?

 私は唐突に気づいた。公爵家の三男とはいえ、シャイな農業青年のギルさん。閨教育を受けていても、実体験はない? お貴族様の息子なら、女性をあてがわれてもいいはずなんだけどなー。ヘタレでも、イケメンだし、お相手だって嫌な気はしなかっただろうし。うーん。

 とはいえ、私も喪女。どうしましょ。初めての相手が私ってのは、嬉しいけれど。

 と、混乱した私は立ち上がって小テーブルまで行き、グラスに半分ミードを注いで飲み干した。これも勢い。女は度胸だ。私がリードしよう。

 そう覚悟を決めて振り返ったら、ギルさんが立ち上がった。

「マリーさんも疲れたでしょう。もう、寝ましょうか」

 私の覚悟は空振りに終わった。初夜ですね♡

 ギルさん、緊張しているのか、ぎくしゃくした動きで壁際へ行き、魔道灯のスイッチを切ろうとした。そのとき、ドアのところで声がする。

「マオちゃんも、ねるの!」

 見れば、そこに白い寝間着姿で、大きな枕を抱えたマオちゃんがいた。かわいい!

「帰ったんじゃ……」

 ぼう然とするギルさん。

「世話係のベルゼはどうしたの」

「ねるの~~」

 私の問いかけにマオちゃんは答えず、走って来てベッドへダイブした。

 私とギルさんは顔を見合わせてから、ふっと笑む。緊張感なんて、どこかへ吹っ飛んでしまった。

「仕方ないですね」

「しょうがないなあ」

 私たちは、マオちゃんを間にはさんで三人で寝ることにした。

 くふふ、と大満足で寝っ転がったマオちゃんはすぐに寝息を立てて熟睡だ。

「僕たちにも、こんなかわいい子ができるといいですね」

 マオちゃんの寝顔を見てつぶやいたギルさんと目が合い、互いに真っ赤になったあと、上掛けを被って私たちも寝たのだった。

 その後、初夜であるにもかかわらず、快眠した私。ギルさんの「わあああ!」という悲鳴で叩き起こされた。

「なにごと?」

 薄暗い中、横を見れば、マオちゃんは麗しい青年の姿になっている。

「マオちゃん!」

 私が声を掛けると、ぽんと五歳児の姿に戻り、空中に飛び上がると一回転して、「きゃははっ」と笑い声を残して消えてしまった。

「びっくりした。マリーさんが男性になったかと思った……」

 半身を起こしたギルさんが胸元を手で押さえている。

「そんなことないっしょ」

 新婚さんをからかいに来たのか、マオちゃんは。悪戯坊主め。

「もし! 旦那様、奥様。何かありましたか」

 ギルさんの悲鳴が聞こえたのか、廊下でイザベラさんがドアを叩いている。

 私はベッドを降りてドアの所へ行き、少し開けると答えた。

「なんでもないのよ。でも、ちょっと疲れているので、もう少し寝させてね」

 私の言葉に、イザベラさんは少し頬を赤くして、「かしこまりました」とドアを閉めた。

 私は鍵を掛けてから、ベッドへ戻る。

 そして、ベッドへ腰かけていたギルさんの肩をとんと押して、あおむけに倒した。

「まだ夜は明けきってないわ。あなたに酔わせてくれる?」

 ヘタレイケメンを誘惑するために、決めたつもりだった。でも、慣れないことをするもんじゃない。恥ずかしくて、ぼっと顔が赤くなった。

 そんな私を見て、ぼんとギルさんも赤くなる。

「僕は、初めて会ったときから、マリーさんに酔ってますよ」

 と、ギルさんは態勢をひっくり返し、私を押し倒して、にっこり笑う。

 その笑顔、周囲に金粉が舞っているよう。キラキラ。

 くそう。色気だだ洩れのイケメンにはかなわねえぜ。

 そうして私たちは、夫婦になったのだった。






 


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