披露宴、その1
涙でぐっしょりと濡れたハンカチを握りしめ、お化粧が崩れまくった私がお城の車寄せでギルさんのエスコートによって馬車を降りると、ヨハンナさんが出迎えて私を抱きしめてくれた。
「マリー、花嫁の涙もいいけれど、笑顔のほうがもっといいよ。あたしたちは先に村へ帰って、そっちの披露宴の準備をしておくから、あと少し頑張りな」
村の披露宴と聞いて、はっとした。ミードを飲まなくちゃ!
「わかった。ありがとう、ヨハンナさん」
きりりと顔を引き締めて、ヨハンナさんとはいっときお別れし、私は花嫁の控室へお城の侍女さんに連れられて行き、着替えとお化粧直し。ウエディングドレスから、光の加減で白の生地が七色に見えるという変わった布のドレスに着替え、髪を直してティアラを被り直した。
このドレスの布地は東の国からの輸入品で貴重な物らしく、今度、公国の商会から貴族とお金持ち向けに売り出すため、私をモデルにしたそうな。
お義父様、公爵なのに抜け目がないね。
さて、身支度が出来た頃合いで、ドアがノックされ、グレーのタキシードへ着替えたギルさんが私を迎えに来た。手には宝石箱を持っている。
「おばあさまが海の魔獣から採った魔石をお祝いにくださったんだ。マリーさん、この中から石を選んでくれる? 装身具に加工するから」
ギルさんが蓋を開けて中を見せてくれた。赤・黄・青・白・黒の大きさも様々な丸い石が詰め込まれていた。
私はギルさんの奥さんになるけど、お貴族様の奥方じゃなく、炊事洗濯をする庶民の暮らしをするし、ヨハンナさんの食堂でいろんなゴハンも作りたい。だから指輪やネックレスじゃなくて、働くとき邪魔にならないピアスかな。
「うーん、それなら」
と、ギルさんの瞳の色と同じ青色の石を二つ選んだ。この意味、分かるよね?
「うん。僕もマリーさんの瞳の色と同じ石をピアスにして、防御の魔法を掛けて作ってもらおう。あとは、魔道具の動力源にするね」
にっこり、としたギルさんは後ろにいた侍従の人に説明して、宝石箱を渡してから、私に右手を差し出した。わかってらっしゃる。
私は察しのいいギルさんに赤面し、その手を取って一緒に歩き出した。
披露宴が行われる大広間に行く途中、マオちゃんたちはお式が終わるとすぐに帰っていったとギルさんから知らされた。
お礼も十分に言えなかったな。今度、食堂に来たとき、ご馳走してあげよう。そのときは、アイスクリームを作るかな。
そんなことを考えているうちに、大広間へ到着した。
キラキラのシャンデリアの下、キラキラの人たちが大勢いる。
私は気を引き締めた。そうよ、これを済ませば、ミードが飲める。頑張るのよ、マリコ。すべては、ミードのために!
玉座の前に立つ公爵様の横に私たち二人が並び、紹介を受けてギルさんは胸に手を当てて礼をし、私はカーテシーをした。
わあっと歓声が上がり、給仕係が配ったシャンパンで乾杯だ。そのあと、私とギルさんがファーストダンスを踊り、次に付添人の男女三組、それが終わると、それぞれダンスと立食式の食事が始まる。
教育係のネッテさんに感謝。なんとか私と村の三人娘はダンスを踊り切ったよ。ハンドサインで女の子たちとは健闘を称え合った。
さて、他の人たちが会話と食事とダンスを楽しんでいる間、私とギルさんは祝福と挨拶を受ける。ギルさんの祖父母、ご両親、お兄様夫妻、おじさんたち、おばさんたち、いとこ多数、その子どもたち、もっと大勢。多すぎて、覚えられん。おじ・おば・いとこその他はルド以外、分からない。それでも、ラーデン国関係者は来ていなかったようだ。
あとでギルさんが親族の関係図をかいてくれるって、ささやいてくれた。親戚が終わると、ワイナリー関係の商会長夫妻が何組か。結婚を機に、ギルさんが正式にワイナリーの代表になる。農園の経営者夫妻として、私たちの顔見世も兼ねているのよ、この披露宴。
半分お仕事だから、お腹が空いてもお城の料理が食べられず、ワインどころかミネラルウォーターも飲めなかった。くすん。
お客様へのご挨拶が済んだあと、侍従さんたちが引き出物を配った。ここは日本式に。引き出物は、銀の小箱に入った金平糖と絹のナプキン十枚を紫の風呂敷に包んで。この世界に金平糖はなくて、珍しがられた。あとで出席した商会長たちからの引き合いがあったけど、製造・販売はお義父様の公爵様に丸投げだ。金平糖作りはベネットさんの魔法の力を借りたんで、二人で話し合ってってことで。
披露宴が終わってお客様たちをお見送りしたあと、控室へ戻ったときには、もうぐったり。でもそこで、サンドイッチをつまんで果実水を飲み、一息ついてから、またお着替え。
今度はプリンセスラインのウエディングドレスで、真珠がいっぱい縫い付けられているもの。アラサーの私には、「可愛すぎない?」とデザイン決めのとき、お義母さまに抗議したけど、通らず。いいんだ、私が見るわけじゃないし。ということで着てからは無我の境地だ。ティアラはお城に置いていき、白い花のコサージュがついたベールを被った。その姿で黒のタキシードに着替えたギルさんと公爵家の馬車に乗り込む。花嫁付添人の女の子たちは別の馬車で一緒に村へ帰る。
結婚式で来たドレス二着とティアラはどうするかというと、公爵家三男の結婚式に使ったドレスということで、公国の中央神殿でしばらく展示するそうだ。観光客向けなんだって。
恥ずか死ぬー、と思って、それを聞いたとき、遠い目をしたんだけど、「冬の観光の目玉がなくてねえ。いいアイデアはないかな」と年末年始のお休みのときお義父様から尋ねられ、寒いときにする遊びの雪合戦やカマクラを思い起こしたけど、この地方はあまり雪が降らない。さて、どうしたものかと考えたとき、外国で奥さんを担いで夫さんが走るお祭りを思い出し、そのことを話した。
ふんふん、と聞いていたお義父様。まさか、私たちの結婚式の半月後に、お城の広場でそれを催すなんて。聞いてないよ。
出場者を募集し、パートナー担ぎ競争を開催したら、大いに受けたそうだ。見に行ってないから、よくわかんないけど、来年も開催するって。私はどうなっても知らないよ?
というわけで、やっとミードが飲めるぞと、シャトーへ戻って来て、ギルさんに手を取られて馬車を降りたら、玄関先になんで魔族ご一行様がいるのさ。一人増えてるし。