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ウエディングライセンス

 先代様と公爵ご夫妻が公国に戻って来た翌日、私とギルさんは婚礼衣装の仮縫いと話し合いのために荷馬車でお城へ参上した。荷馬車ってのは、ギルさんにとって、いつものことらしい。公爵の子息っていっても、気取らないこういうとこも好き。きゃっ。

 荷馬車に乗って来た農家の男女を丁重に迎え入れるお城の使用人たちも、すごいな。これもいつものことらしいけど。結婚したら、ギルさんは平民身分になるので、こういうことも出来なくなるみたい。

 お城の中に通されて、それぞれの婚礼衣装の仮縫いの部屋に連れていかされ、最終仮縫い。公爵夫人のギルママに、「お式まで、太ってはだめよ」と、にこやかに注意された。むむむっ。

 仮縫いが終わったら、居間に集合。ギルさんと私が計画の変更点を申し出、ギルママと喧々囂々と話し合った末、落としどころとして、結婚式は城下の大聖堂ではなく城内の礼拝所、パレードはお城から出て、大聖堂に一旦立ち寄り、そこを礼拝してから戻ってくるという、簡易版に落ち着いた。

 でも、パレードはあるのね。しくしく。恥ずかしいよお。

「公国民となった顔見世の意味もあるから、はずせないわ」

 と、ギルママ。隣に座っている公爵様もうなずいていた。

 花嫁の私が身に着ける古い物は、ヘルミーネおばあさまが母君からいただいた指輪をサイズ直しして。嫁と孫嫁は、みんなもらっているそうだ。新しい物は、ギルさんから贈られる真珠のイヤリング。青い物は左手首に青いリボンを巻くことになった。

 花嫁付添人は、ブドウの摘み取りのとき、手伝いに来てくれた村の三人娘に頼むことにした。ギルママはもっと多くの女の子を付けたかったようだけど、知らない人に頼んでもね。女の子たちの当日着るドレスとコートはこっち持ち。

 後日、ギルさんと一緒に女の子たちの家を一軒一軒訪ねてご両親と本人にお願いしたら、みんな快諾してくれた。でも、それを知った村の若い男どもがうざいこと。

「俺のキャンディス。しくしくしく。美人だから、結婚式でお貴族様に一目ぼれされるんだあ」

「カトリン~~。かわいいから、きっと街の偉い奴に見初められるんだなあ」

「告白しとけばよかったあああ。くそおおお」

「メイベルーっ。好きだあああっ」

 などと、村の集会所でジンをかっくらって、くだを巻いていたので、

「あんたら、当たって砕けてこいっ」

 と、尻を蹴飛ばしてやったら、見事三組のカップルが誕生。他の奴らは失恋して、ご愁傷様。でも、うちのワインを格安で売りつけて、慰めてあげた。飲んだら、次の恋を見つけなよ。

「フラワーガールは、アンリのところのエリスちゃんに頼んだわ」

 と、ギルママ。次男様の一人娘で四歳の子だ。孫はかわいいよな。

「リングボーイは、ジュールの息子のルイにしてもらおうかとおもっているの」

 長男様の次男のルイ君、五歳ね。お兄ちゃんのモーリス君は十一歳なので、年齢的に無理か。

「それについては、私から希望を宣べてもよいでしょうか」

 と、私はおずおずと右手を挙げた。

「マリーさん、やってほしい子がいるの?」

「はい、リングボーイをマオちゃんにしてほしいかなーっと」

 私が答えると、その場にいた公爵夫妻、壁際に控えていた侍従に侍女、護衛騎士が、ぴしりと固まった。ギルさんだけは驚かなかったみたいだけど。

「そ、それは……魔王に、ということかな?」

 お義父さまになる公爵様が顔を引きつらせつつ訊いた。

「魔王っていっても、協定締結のときは怖そうな姿に化けていただけで、ほんとは五歳くらいのかわいい子なんです。よく食堂にゴハンを食べにきていますよ。懐いてくれているので、結婚式にも来てほしいかなーと思ったんです。断られたら仕方ないですけど」

「子ども?」

 公爵様が、ぎぎぎと顔をギルさんの方へ向けた。

「ええ、幼い子どもです。ブドウ畑の方にも遊びに来ていますよ。最初のとき、ペットのコカトリスと一緒でしたけど、マリーさんにお説教されてからは一人で散歩しています。協定が結ばれた今、魔族たちはもうヒトを害することもないかと。魔王こと、マオちゃんさんはなぜかマリーさんに懐いていますから、配下が暴れるのを許さないでしょう。僕としては、マリーさんの希望を聞いてもいいと思っています」

 と答えて、私へ微笑みかけた。

 強力な援護。嬉しい! 愛よね♡

「ギルバードがそう言うのなら、打診だけでもしていいか。聖女……ごほん、マリー殿の希望は聞かねばならんからな。それに当日は、帝国の魔術師長・ルードヴィヒ様もおいでになるので、まあ良いか」

 と、公爵様がしぶしぶオッケーしてくれて、ベネットさんが呼ばれた。

 ベネットさんがまだ持っていたベルゼとの通信道具で魔界との回路が開いた。

『何用か。ヒト族の魔術師よ』

 と、偉そうな角男の姿がタブレット型通信装置に現れた。

「ベルゼ、私。久しぶりね」

『おぬしか!』

 相手が私だと知って、向こうでうろたえている。なんでだ。

 ともあれ私は慌てているベルゼを無視して、マオちゃんを結婚式に呼んで、リングボーイをしてほしいことを伝えた。

『むう。何という無神経で無礼な申し出か。だが、あるじ様に奏上いたそう。返事は後日とする』

 ベルゼはもったいぶって答え、通信を切った。

 けれども、五分も経たないうちに部屋のドア近くにブラックホールが現れ、そこから角男姿のベルゼが出て来た。

 侍女と侍従は悲鳴を上げて壁際で身を縮める。

 室内にいた護衛騎士たちが剣を抜いて公爵夫妻の前に立ち、ベネットさんもすぐに魔法を使えるよう身構える。公爵と夫人は顔を青ざめさせたが、落ち着いており、そのまま椅子に座っていた。

 ベルゼを見慣れている私とギルさんは驚かなかったけど、周囲が殺気立っていた。

「あるじ様は、召喚者マリーの婚儀に出席するとのことだ。『りんぐぼーい』とやらも、面白そうだから、なさるそうだ」

「わあ、ありがとう!」

 私は椅子から立ち上がってお礼を言った。

「打ち合わせなんかは」

 と、私が訊こうとしたとき、周囲の人たちの動きが止まった。

「な、なんですか」

 びっくりしたギルさんが立ち上がり、私の前へかばうように立った。ギルさんと私以外は彫像のように動きを止めたままだ。

「害意はない。召喚者マリーよ、おまえは阿呆か」

「いきなり何よ」

 馬鹿にされて、私は膨れた。

「異世界人であるから、この世界でヒト族と我らの確執の深さが分からぬようだな。いかに和解したとはいえ、ヒト族の前に魔族が出れば、どんな騒ぎが起きると思うか?」

「あ……」

 マオちゃんは私には、かわいい男の子でしかないけれど、他の人は違うんだ。恐怖の対象。

 私がギルさんの服の裾をちょんと引っ張ると、振り返ったギルさんが眉を下げた。

「うん、マリーさんの気持ちは分かるよ。僕もマオちゃんさんを見慣れているから、小さな男の子としか思えないけど、初対面の僕の両親や兄たちは、魔族って紹介されただけで怖がるだろう。幼い我が子をフラワーガールに出すこともしないだろうね。結婚式自体に来ないかもしれない」

 ギルさんは、ベルゼの言葉を肯定した。

「そっか……」

 悲しいけど、これが現実なんだ。

「まあ、さほど悲観することはない。召喚者とそのつがいをのぞいて、この場にいる者の記憶を一部改ざんしておこう。あるじ様は、外国の公爵令息。ワイナリーに来た時に懐いたとでも言っておけ」

 そう告げてから、ベルゼは黒いスマホ型通信機を私に投げて寄越した。

「用があれば、これを使え」

 それだけ言って姿を消した。

 私は急いで通信機をスカートのポケットに入れて隠した。

 金縛りが解けた人たちが、不思議そうな顔をして周囲を見回している。

「えーと、私はどうしてここにいるのでしょう」

 ベネットさんが言う。

「あ、あの当日の魔術師がする警備とか、教えてほしくて」

 ギルさんがごまかしてくれた。ナイスジョブ。

 殺気立っていた護衛騎士たちも所定の立ち位置に戻り、私たちは結婚式の打ち合わせを再開した。

 やがて、一月一日を挟んでの十日間のお休みに入る。この世界に当然クリスマスはなく、年末年始が一年のうちの一番長いお休みで、家族や親族、親しい友人などが集まって過ごす。ヨハンナさんと親方は二人水入らずで過ごし、宿舎の職人さんたちも親族や親しい友人の許へ泊りに行った。

 家族のいない私は、ギルさんの家というか、お城にお邪魔して過ごした。公爵様ご一家全員に会って緊張したけれど、歓迎された。そのとき初めて会った義理の甥っこ二人と姪っこは、かわいくてねえ。眼鏡男子の次男様と商会のお嬢様だったお義姉様は気さくな方たちだった。

 ギルさんは農園の見回りのため、お休み期間中も実家のお城からワイナリーに通った。私はその間、ギルさんの家族たちとの交流会だ。

 きっかけとなるように、私はギルさんの協力の元、『福笑い』と『ことわざカルタ』を作って持っていき、それが大いに受けた。特にカルタ。こっちの世界の人には珍しかったようで、夕食のあと、居間の絨毯の上に敷物広げ、靴を脱いで私が座って、おしゃべりしている大人たちの前で子供たちときゃいきゃい遊んでいたら、公爵様の目がキラリと光り、後日、こっち仕様にして知育玩具として売り出されることになった。商売人だねえ。

 結婚式の準備はほとんど済み、あとは当日を待つばかりというお休み最終日に、中央神殿からの使者が公国のお城にやってきた。

「神託が下され、あなた方の結婚証明書は発行されません」

「どうして?」

 私はエントランスホールで会った使者の神官に詰め寄った。

「女神様がお許しにならないのです」

 しらっとした顔で、神官が答えるから、頭に来た私は胸ぐらをつかんだ。

「勝手にこの世界に呼んでおいて、結婚はだめって、意味わかんないわよ!」

「マリーさん、落ち着いて」

 ギルさんが私と使者の神官の間に入った。

「早急に中央神殿へ真意を問い合わせよう」

 と、公爵様が難しい顔をしている。

「理由は分からないけど、神託が下されたなら、だめなんだろうなあ」

 ギルさんの顔も、けしょんとなっている。

 私になんの恨みがあるのよ。女神様の、ばかーーっ。







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