結婚式前のあれこれ
こんな状態でも二時間後にはパーティーが始まった。帝国のメンツのためか、体調不良者にはポーションを飲ませて、何事もなかったかのように。皇帝を始めとしてみんな、顔色が悪かったけど、王侯貴族らしい社交をしている。ただ、この中に魔族はいなかった。
私とギルさんは、ライアル公国の特産品の宣伝と社交を先代様夫妻と公爵夫妻にまかせて、お料理とお酒を堪能中。私は当然のことながら、ギルさんは結婚すれば貴族でなくなるため、こんなパーティーに出るのは最後となる。帝国のパーティーに出される各地方の一級品のワインを飲める最後の機会でもあるので、研究のために私たちはダンスを踊るより、飲み食いすることを優先した。
「これは、渋みが強いね。うーん、うちのワインはもっとフルーティーに仕上げたいな」
ギルさんは利き酒中。私はワインを飲みながら、お皿に取り分けた料理を味わい、食堂で出す新メニューを考えていた。
「ねえ、ちょっといいかな」
そんなとき、ルドが声をかけて来て、私たちを別室へ連れ出す。私の鑑定をもう一度やりたいというのだ。
「変わんないと思うよ」
大勢の魔術師が見守る中、この世界に来たときの最初のように水晶玉へ手をかざす。
やっぱり、何も起こらなかった。
魔術師たちから、落胆の溜め息が漏れる。
「マリー殿は魔力がほとんどないのに、どうして魔族に対して強いのか」
魔術師の一人が言った。
「ほんと、それを知りたいね」
声がして転移門が開き、ベルゼとアンゲルスが姿を現した。
ざざっと、魔術師が壁際へ移動する。しかし彼らを無視し、ベルゼが黒い水晶玉を差し出した。
「マリー殿、これに触ってもらえまいか」
「マリーさん、危ないかも」
ギルさんが心配してくれたけど、私は警戒することなく、それに触った。だって、私に何かあったらマオちゃんが絶対許さないことを、魔族たちと私は知っているから。
水晶玉は何も変わらなかった。でも、それを見つめていたベルゼは、「ふむ」とうなずいて姿を消した。あとに残ったアンゲルスは、相変わらず空気を読まないルドと、マニアックな話で盛り上がっている。
引き留める人もいないので、私とギルさんはパーティー会場に戻り、ワインの利き酒を終えてから、二人で先に帰ったのだった。
夜半に帰って来た先代様たちは、翌日の朝食の席で知り合いとの旧交を温めるため、しばらく帝都に滞在すると告げた。だから、食堂と畑が心配な私とギルさんは荷物をまとめて、一足先にライアル公国へ戻った。
「マリー、あんた、結婚式の準備は?」
帰って来て食堂を手伝おうとしたら、ヨハンナさんに訊かれた。
「ドレスはギルさんのお母様が用意してくれるって。お城へ仮縫いにだけ行けばいいみたいだし、新居ったって今まで通り住むだけだし? 準備なんて必要あるの?」
「これだから、のんびり者は」
と、ヨハンナさんとピアさんに溜め息をつかれてしまった。
こっちの結婚式は、誰が持ち込んだかしれないけれど、日本のとちょっと違う。式までに神殿の発行する結婚許可証を取り、当日必要なのは、ウエディングドレスとベール、指輪、結婚誓約書へのサイン。花婿は花嫁の家族へ結婚式前、結納金を渡し、花嫁は持参金を持っていく。そして、花嫁が結婚式当日ドレスとベール以外に身に着けなくちゃならないのは、新しい物と古い物と青い物。これは縁起物なんだって。加えて、お式のとき、親戚の十歳までの子にフラワーガールとリングボーイを頼むのだとか。いれば、友人に花嫁の付き添い人になってもらう。
「なんじゃそりゃーっ」
思わず、叫んじゃったね。
最初の王命での強制結婚式に、そんなものはなかった。あったのは、ドレスと契約書へのサインだけよ。
「収穫祭のときの結婚式にも、そんなのなかったよね」
みんな貸衣装の正装とウエディングドレス姿で、神殿の神官さんは流れ作業のように祝福を与えていたし、お役人は傍らで書類を作成していた。
「当然じゃない。そんな面倒なのをすっ飛ばして、早く結婚したい連中のための特例なんだから」
と、収穫祭で結婚したヨハンナさんが言う。
横から、ピアさんも口を出した。
「収穫祭での簡素な結婚式は、先代公爵様と奥方様が、先代様の故郷の風習だからって、神殿に認めさせたの。ライアル公国だけの特別な慣習よ。でも正式なものだから、駆け落ち者たちが他国からやってきて結婚式を挙げている。それを阻止しようと、家族と使用人たちもやってきて、神殿の周囲をうろうろしているよ。面倒ごとを防ごうと、警らするのは公国の騎士たちで、毎年、収穫祭のときは、その小競り合いが見られるってわけさ」
あはは、とピアさんが笑った。
うへえと途方に暮れる私へ、ヨハンナさんが知恵を貸してくれた。
「マリーはウエディングドレスを公爵夫人に頼んだんだろう? ドレスは娘の母親が用意するものだから、息子ばっか三人の夫人は、それができて喜んでらっしゃると思うよ。古い物と新しい物は、若様と相談するといい。指輪かネックレスあたり、あるんじゃないか? 青い物は、リボンを手首に巻くか、髪にリボンを編み込むかするかい? 花嫁付添人はいてもいなくてもいいよ。必要なら、葡萄の収穫のとき手伝いに来ていた村の娘たちに頼もうか。フラワーガールとリングボーイは、こっちに親戚のいないマリーには頼む相手がいないから、若様のご親戚に訊いてもらう他ないねえ。結婚式は年明け十日後、相手の都合もあるから、急ぎなよ」
私は、ありがたくその忠告に従った。
さっそくその夜、ギルさんに相談。
「ごめん、気が回らなくて。そうだよね、母上に全部おまかせってわけには、いかないんだ」
そこでお城にいるセバスさんに電話で聞いてみた。結婚式の計画って、どうなっているのって。
セバスさんは電話で答えず、詳しい計画表を持ってシャトーへやってきた。
セバスさんの説明によると、結婚式は城下の大聖堂、いっぱいの花で飾られたそこで式を挙げ、馬車でパレード。その後、お城で大宴会。お客様は皇族・王族、大商会の商会長などなど大物ぞろい。最新の魔道具で全国中継もされるそうだ。
どこの王様の結婚式? テレビで見たアレかな、と一瞬、意識が飛んだ。
なして、こうなった?
ギルさんと私は、衝撃と羞恥で、がっくりと肩を落として膝から床に崩れ落ちた。
ギルさんは貴族の生まれでも根は庶民。私は生粋の由緒正しき庶民でモブ。パレードとか、注目されたり持ち上げたりされるのは、無理無理無理。主役ってガラじゃない。二人とも目立つのは、キライ。
「兄上たちの結婚式でも、こんなに派手じゃなかった……。僕は三男で、平民になるんだよ? 母上は何を考えていらっしゃるんだ」
怒るのも上品だねえ、ギルさん。
「聖女様とご自分のご子息の結婚とあって、浮かれていらっしゃるのではないかと」
「私、聖女じゃありませんよ。帝国での検査でもそういう結果だったし」
セバスさんの言葉を私はすぐさま全否定した。思い込みは駄目だよ、お義母さま。
「そうおっしゃるなら、そのように。けれども、魔族との協定にまで至ったのは、マリー様の存在あってのことでございます。その方と我が公国の公子様の結婚の儀、これくらいは普通ではないかと僭越ながら思うのであります」
セバスさんも、あっち側だった。
ふう、とギルさんが溜め息をつく。
「母上が戻られるのは明後日だった?」
「さようでございます。その翌日は、新郎新婦のお衣装の仮縫いの最終日でもあります」
「ではそのときに、母上と話し合う時間を作ってほしい」
「かしこまりました」
セバスさんは、一礼して去っていった。