第46話 みんなとの昼。二人きりの夜
夜。
昼間の喧噪が嘘のように消え、城は静寂に包まれていた。
俺と水羽は、いつものように同じベッドに横になり、就寝前の雑談に興じていた。
「昼は恥ずかしかったね。楽しかったからいいけど!」
「水羽が楽しかったなら俺はそれでいいけど……キスくらい、そう大騒ぎすることでもないしね……」
「えへへ。アキトくん、ちょっと赤くなってる」
「んなことないよ」
「誤魔化したって無駄でーす。私はいつも秋斗くんを見てるんだから。見ることができなかった百年間だって、ずっと秋斗くんを想ってたんだから」
「……そりゃ確かに誤魔化せそうにないね」
「そうそう。あと秋斗くん、自覚ないと思うけど、割と顔に出てるのよ?」
「……マジ?」
「マジマジ。例えば、初めてキスしてくれたとき。実は秋斗くんが心臓バクバクしてたの、お見通しだから」
「バレてたかぁ……」
上手く誤魔化したつもりだったのに。
隠しているつもりでバレバレなことは、ほかにもあるのかもしれない。
「ロゼットさんにミスティちゃんにヴィクトリアさん。こんなに可愛い女の子が周りにいるのに、秋斗くんが好きなのは私だけってのもお見通しだからね。浮気の心配とか、本当は少しもしてないから」
「それは、隠してるつもりもないし」
「そうね。私と秋斗くんは……お互いがいればそれでいいってさえ思ってたから……」
前世を思い出す。
病気によって本来あるはずだった未来を奪われ、この世の全てに意味を見いだせなくなった。
そんなとき、そばにいてくれたのが水羽だった。水羽と一緒なら、寿命があと一分しかなくても意味がある。そういう風に思えた。
二度と外に出ることができない病院で、身を寄せ合い、生命の息吹が消えていくのを待つ。それでいいと思っていた。だって、俺たちにはそれしかなかったから。
だけど今は違う。
俺たちには無限の可能性がある。
「こっちの世界で秋斗くんと再会できて、本当に嬉しかった。もうあとはなにもいらないって思った。あの病院の続きの日々を永遠にやるんだって、そう思った。だけどね、それだけじゃもったいないなぁって、少しずつ考えが変わってきたの。だって私たち、なんでもできるもん」
「うん。前世の俺たちは弱かった。でも今は、普通の人よりずっと強い。どこにだっていける」
「うんうん。でね、ロゼットさんたちと一緒に住むようになったでしょ? 賑やかで楽しいなぁって思ったの。この人たちと色んなことをして、色んなところに行ってみたいなぁって。そう思えるようになったの」
「俺もだよ。みんなと一緒の日々は悪くない。水羽だけがいればよかったはずなのに、今は誰かがいなくなるのを想像したら……寂しいよ」
弱くなったのだろうか。決意がブレているのだろうか。
きっと違う。
「私たち、世界に興味を持てるようになったんだよね? 成長できたってことよね?」
「きっとそうだよ。俺たちはもう、命が尽きるのを震えて待っていた子供じゃない。ちょっとだけ大人になれたんだ」
「そっかぁ……えへへ。成長なんてできないと思ってた。心も体も、大きくなる前に消えちゃうはずだったから」
「まあ俺は、心はともかく体が逆に縮んじゃったけどね」
「あはは。可愛いからいいじゃん」
水羽はそう呑気に笑って、俺に顔を近づけてきた。
「それでさ……前は秋斗くんからキス、してくれたでしょ? つまり秋斗くんが一歩リードってことでしょ……そのままはなんか悔しいから、次は私からしたいなぁって……」
そう呟いて、水羽は色っぽい吐息を出す。
俺は息をのんだ。
そんなことをされると、水羽が可愛いだけでなく、麗しいのだと思い出してしまう。この豊満な体を意識してしまう。
「いい、けど。恥ずかしがって途中でやめるってのは、なしだよ」
「頑張る……今まで勇気が出なかったけど、百年も想ってきたんだもん。ちゃんとできるよ……」
まだ触れていないのに、水羽の体温が伝わってくる。そのくらい熱を帯びていた。
そして、唇と唇が触れた。瞬間、溶け合って混ざるかと思った。
唇だけでそうだというのに。
なにか、もっと柔らかくて熱いものが。
もしかして。これは。舌!?
「へ、えへへ……してやった……大人のキス……私からしてやった! これで私が一歩リード……!」
水羽は全身を真っ赤にし、目がぐるぐると回って焦点が合っていない。
それでも、呂律の怪しい声で「大人のキス」と言った。
自分がなにをしたのか、誤魔化さずに、誇らしげに宣言した。
「た、確かに、水羽のリードだね……」
びっくりした。
まさかここまでしてくるとは思わなかった。
「秋斗くん、照れてる……可愛い……うひひ……ここまでやったんだから、もう最後までやっても許されるよね……大人の階段を更にもう一段……!」
と、そこまで言ってから、水羽は急に固まる。
そして再び動き出したと思ったら、頭から布団をかぶって隠れてしまった。
「水羽?」
「だ、駄目……これ以上は……無理……はずかちぃ……!」
頑張りきれなかったらしい。
「ごめんね……年上なのに最後までリードしてあげられなくてごめんね……」
「いや……水羽は頑張ったよ。うん、本当に。俺だって心の準備、できてないし。今日はこれでよかったんだよ」
「うぅ……秋斗くん優しい……しゅきぃ……」
水羽は布団から上半身を出し、俺にしがみついてきた。
俺はそれを抱きしめ返し、頭を撫でてやる。
そして耳元で呟く。
「次の階段を上るときは、俺がリードするよ」
すると水羽の体温が更に上がった。「ぴゃぁっ」と変な悲鳴を漏らしながらジタバタともがく。けれど俺の腕からは逃げられない。
やがて観念したように動かなくなり、
「……うん」
と、消え入りそうな声で頷いた。
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ここでいったん完結とさせていただきます。
また再開したらよろしくお願いします。




