第43話 ヴィクトリアの戦い 4/4
「人質は、もう助けましたよ? 怠惰の範囲外に出たのに、まだ気づいてないんですね」
「な、に!?」
三人の親子を押さえつけていたオオカミはロゼットが蹴飛ばした。そして怯える三人を魔法で眠らせ、防御障壁で包んでいる。
防御に徹したロゼットを崩すのは、刀を持ったヴィクトリアでさえほぼ不可能。ゆえに、もはや誰も彼らに手を出せない。
その上、ヴィクトリアにとって都合のいいことに、援軍は更に来るのだ。
「おいおい、ヴィクトリア。俺と水羽を圧倒していたくせに、あんな小物相手に苦戦しないで欲しいな」
「本当よ。まあ、人質がいたなら仕方ないけど。ヴィクトリアさん、一人で頑張ったんだね。さあ、一緒に戦いましょう! それとも……休む?」
みんなが来てくれた。
なんて頼もしいんだろうか。
やっぱり、みんなと一緒というのはいい。
長いこと忘れていた。どうして自分が『吸血鬼を狩る吸血鬼』なんて道を歩んでいるのかを。
一人になりたくなかったから。大好きな人たちに消えて欲しくなかったから――。
あまりにも昔の決意なので、記憶から抜け落ちていた。
吸血鬼の問題は吸血鬼で解決するという建前を、本心だと勘違いしていた。
「ふふ……ご冗談をミズハさん。わたくしを誰だと心得ていますの? 銀閃のヴィクトリアですわよ。みなさんが戦っている横でただ休んでいるなど、あり得ませんわ!」
ヴィクトリアは己の腹に腕を入れ、オオカミを引きずり出した。そいつは内臓に噛みついていたので、いくつか一緒にこぼれ落ちたが、知ったことではない。
「さすがだ。そうでなくっちゃヴィクトリアじゃない。いつか俺一人で、剣士としてヴィクトリアに勝ってみたいな。けれど、今は共闘と洒落込もう」
そう言ってアキトは指先をヴィクトリアの口元に差し出してきた。その先端には小さな傷があり、血が滴っていた。
「吸って。どうせなら、万全の一撃をかまさなきゃ」
血。
ヴィクトリアは吸血鬼でありながら、血を吸うという行為が、あまり好きではなかった。
もちろん飲まねば動けなくなるので、夜戒機関を通じて血を調達している。
だが、そういうときでさえ、コップなどの容器に血を入れる。直接吸うのは、いかにも捕食しているように思えて嫌だった。
なのに、差し出されたアキトの血は、ヴィクトリアの吸血衝動を激しく刺激した。
先日、試合中に舐めてしまったアキトの血。
あれは間違いなく、ヴィクトリアが飲んできた血の中で、最も美味しかった。
信じがたいほど濃厚な、闇の魔力を含んだ血。
二度と忘れることはできない。
あんなものを差し出されたら、理性は崩れてしまう。
アキトの指先に、唇で触れる。口の中に入れる。舌で舐め取る。血を自分の唾液と混ぜる。
それら行為の一つ一つで、ヴィクトリアの全身に電流が走った。
そして、かつてないほどの力が湧き上がってくる。体の奥底が熱い。この熱を早く吐き出さないと爆発してしまいそうだ。
「秋斗くん、ヴィクトリアさん。私を使って。思いっきりやろうよ。あいつが生まれ変われたとしても、二度と悪さをしようなんて思わないくらい、格の違いを見せてやりましょ!」
ミズハは聖女の能力を発動し、体を剣へと変化させた。その柄はアキトの手に握られる。しっかりと力強く、それでいて優しい握り方。
アキトとミズハの友人にはなれる。家族にだってなれるかもしれない。しかし、二人のあいだに割って入ることは誰にもできない。そう確信させられるような光景だった。
「ええ、分かりましたわ。力を合わせますわよ」
ヴィクトリアは、剣を握るアキトの手に自分の手を重ねた。
「ヴィクトリアさん。秋斗くんの手に触れるのは仕方ないけど、なーんかえっちぃ触り方じゃない?」
剣になったくせにミズハの声が聞こえた。口がないのに、どうやって喋っているのだろうか。
「あら。そういう風に見えるのは、ミズハさんがいつもそういうことを考えているからではありませんの?」
「べ、べ、別にそんなことないもん!」
明らかに動揺している。
そのおかげでヴィクトリアの動揺は隠せた。
アキトの血を吸ったことによる、体の火照り。
あまりにも相性がよすぎる。
血の相性がいい異性とは、体の相性もいいなんて話を、ほかの吸血鬼から聞いたことがある。
意識しないようにしても、お腹の奥が熱くて、どうしても意識してしまう。
アキトとミズハがこの上なく両思いなのは知っている。割って入るつもりなんて微塵もない。
このモヤモヤは気の迷い。表に出しても誰も得をしない。だから隠す。
「お、お前ら、なんだ、その魔力は……! 二人がかり、いや三人がかり!? そんな膨大な魔力を制御するなんて……可能なのか!? やめろ、やめてくれ! そんなものを喰らったら、再生どころじゃない! 灰も残さず消えてしまう……!」
「だからいいんじゃないか。お前は今まで、自分が無敵の捕食者だと思って生きてきたんだろう? 上には上がいるって身をもって味わってから死んでいけ」
「うふふ。前から思っていましたが、アキトは顔に似合わず攻撃的ですわね。そういうの、嫌いではありませんわ!」
剣を振り下ろす。
三人分の魔力が圧縮され、黒と白と赤の波動になってロバートに襲い掛かった。
無論、跡形も残さない。
彼の分身たるオオカミも消滅し、あとには血晶石だけが落ちていた。
のちにロゼットの調査で、いくつかのことが判明する。
呪いによるものと思わしき奇病の発生と、ロバート・ハーマンの足取りが、重なっていた。
だが、常にそうとも限らない。
呪いなど発生させず、純粋にその土地で怪我や病気を治療する。そういうケースも多かった。
ロバートの活動はいくつもの国に跨がり、年月も経っているので、完全に追跡するのは難しい。
しかし「一人殺したら千人救う」という誓いは、律儀に守っていたらしい。




