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第39話 さすらいの医師

 ある日の夕食後。

 居間に集まって、とりとめもない雑談をしていたら、ふと気になる言葉が聞こえてきた。


「さすらいの医師? なにそれ?」


「秋斗くん、知らないの? さすらいの医師、ロバート・ハーマン。色んな町や村を渡り歩いて、怪我人や病人を無償で治療してる凄い人」


「へえ、そりゃ立派な人だね。とても真似できそうにないや」


 立派な人、というのは本心だ。

 あちこち渡り歩いて治療して回るというだけでも凄いのに、無償だなんて、ボランティア精神の化身みたいな医者だ。

 そして、真似できないし、したくもない。報酬もなしにそんな大変なことをするなんて、なにが楽しくてやっているのやら。


「そうそう、立派なの。で、その立派なドクター・ロバートが、隣町に滞在してるらしいのよ」


「へえ。でも隣町にだって医者はいるでしょ?」


「いるけど……ほら、腕のいいお医者さんって高いじゃん。庶民はなかなか、ちゃんとした治療を受けられないの。だからドクター・ロバートがいるあいだに診てもらおうって、この村からも結構な人数が押しかけてるみたいよ」


「なるほど……」


 隣町まで行けるくらい元気なら医者はいらないのでは、とか。

 まともな医療にかかっても前世の俺たちみたいに死ぬときは死ぬ、とか。

 言いたいことはあるけど、言葉を飲み込んでおく。

 そのドクター・ロバートとやらを批判したいわけではないし、無償で治してもらえる機会を逃したくないという人の気持ちも分かる。


 なにせ、この世界の医療は確かに高い。

 魔法を使った治療も高い。俺の実家は論外として、基本的に人の治療には金がかかる。

 咳が止まらないとか、頭痛がするとか、そんな些細なことで医者に診てもらうのは貴族や資産家だけなのだ。


「ロバート・ハーマンという名の医者が人々を救ったという逸話は、この国だけでなく、あちこちに残っておる。ワシが知る限り、百年以上前から活動しているはずじゃ」


「百年以上? 一人の人間が、そんなに長く活動できるわけがない」


「まともな方法ではな。ワシのように魔法で老化を止めるか……」


「世襲ってのも考えられますよね? ロバート・ハーマンという名を受け継いだ医者が、ずっと同じことを続けているのかもしれません」


 ミスティの説も考えられる一つだ。

 あるいは――。


「あるいは、人間ではないのかもしれませんわ」


 ヴィクトリアがそう呟いた。

 なにせヴィクトリア自身が吸血鬼だ。ミスティが自働人形(オートマタ)で、水羽は聖女という名の改造人間である。


「もし吸血鬼だとすれば……ロバート・ハーマンさんには是非とも夜戒機関に入って欲しいですわ。夜戒機関の理念は、吸血鬼と他種族の共存。医者として大勢を救うというのは、その理念に合致していますわ」


「じゃが、長命の種は吸血鬼だけではなかろう。それにミスティの言うように、世襲しているだけかもしれん」


「ええ。ですから直接会って確かめてきますわ。これはあくまで夜戒機関の勧誘。吸血鬼の問題ですので、みなさんには関係ありません。わたくし一人で行って参ります」




 次の日の早朝。

 ヴィクトリアは城を出発した。その背中にミスティが声をかける。


「あの! そのままいなくなったりしませんよね? ちゃんと帰ってきますよね……? ボク、ヴィクトリアさんともっと一緒にいたいです!」


「っ! ミスティはズルいですわ。そういう風に言われたら、帰ってくるしかありませんわ。ええ、約束します」


「ありがとうございます!」


 ミスティは太陽の如き笑顔でヴィクトリアを見送った。

 この調子だと、ヴィクトリアがこの城を去るのは、まだまだ先のことになりそうだ。


「そう言えば……五十年くらい前、エミリエ村にもドクター・ロバートが滞在してたって聞いたことあるわ」


「この村に?」


「うん。その頃の私は聖女としてバリバリ働いてたから、ここにはいなかったけど。えっと……確か冒険者ギルドの近くにある喫茶店で聞いたんだったかな?」


 俺たちは水羽の案内でその喫茶店に行き、パンとコーヒーを注文してから話を聞く。


「ああ、確かに五十年くらい前だ。あの頃の俺は小さな子供だった。君らよりも幼かったよ」


 六十歳くらいに見える男性店主は、俺とミスティに視線を向けながら、そう語り出した。

 ちなみにロゼットは喫茶店に来ていない。あいつは余程のことがないと昼近くまで寝ているのだ。


「あのときエミリエ村では、謎の奇病が流行っていた。俺もそれにかかってね。熱が何日も続いた。それをドクター・ロバートが治してくれた。ハッキリと覚えているよ」


 店主いわく。

 ドクター・ロバートは村のすぐ外にテントを張って、仮設病院を開いた。

 テントといってもキャンプで使うものではなく、モンゴルの遊牧民が拠点として使うような、大がかりなのを建てていたらしい。


 店主に、その仮設病院があった場所を聞いてから、城に戻ってロゼットを叩き起こす。


「なんじゃい……ドクター・ロバートになにか怪しいところでもあったのか?」


「いや。ただの予感だ。謎の奇病が流行っているところに来たってのがひっかかって……仮設病院があった場所を調べるから一緒に来て欲しい。ロゼットの助言が必要になるかもしれない」


「そう素直に頼まれると、嫌とは言えぬのぅ。ほれ、着替えるから出て行け。それともアキトはワシの着替えに興味津々か?」


「いや。全く。微塵も興味がないけど」


「そう真顔で言われると、女として少々悔しいものがあるのぅ……」


「ロゼットさん。それなら私が見ててあげるから! むしろ見せて! ロゼットさんの肌ってスベスベで眼福だもん!」


「あ、分かります。自働人形(オートマタ)のボクよりきめ細かいくらいですよね。どうなってるんですか?」


「ちょ、お主ら、無理に脱がすな! アキトがまだそこにいるんじゃぞい……ミズハとミスティのえっち!」


 そんな一悶着を乗り越えて、俺たちは喫茶店で教わった場所にたどり着いた。

 そこは畑に通じる道の傍ら。

 店主は「村の外」と言っていたけど、城壁がないので、内と外の境界が曖昧だ。感覚的には村の一部。


「ただの草むらですね」


「まあ、五十年も経てば、テントの痕跡なんて残ってるわけないもんねぇ」


「うむ。ワシから見ても、異常はないぞ。アキトの考えすぎではないか?」


「……俺の勘違いなら、それが一番いいんだけど」


 俺の両親は、呪いを祓うことで金を稼いでいた。もっと私腹を肥やしたい一心で、自ら王都に呪いをばらまいてそれを浄化するという、非道なマッチポンプを行っていた。

 それを思いだし、気になって調べようと思った。ただそれだけの話だ。


「……いや。なにか聞こえる……地中から?」


 俺は魔力でスコップを作って、地面に突き刺した。


「え。秋斗くん、急にどうしたの?」 


「この下から、かすかに声が聞こえた。まるで呪いのような……弱り切った呪いって印象の気配だ。それが『助けて』って俺の頭に囁いたんだ」


「ちょ、ちょっと秋斗くん、やめてよ、そういうの。怖いんだけど……」


「悪いけど、冗談とかじゃないんだ」


 やがて地中から木箱が……いや、棺桶が出てきた。

 その中には、少女の死体が入っていた。

 防腐処理され、まるで今日まで生きていたかのような保存状態だった。


 しかし綺麗なのは肌の色だけで、形はメチャクチャだった。人間の形を保っていない。

 人形を叩き壊してからデタラメに繋ぎ合わせて作ったような印象。

 ただバラバラにして棺桶に入れたのではない。

 おかしな形に縫い合わせ、それに合わせた服を着せ、そしてドライフラワーも添え、歪んだ美しさを演出しようとしている。

 そう。この死体を作った者は、きっとこれを美しいと思っている。芸術作品だと思っている。


「なんて、形相だ……」


 死体の顔を見て、思わず呟いてしまった。

 俺は盗賊を殺すとき、一撃では殺さず苦痛を与えてから殺している。

 だから苦痛に染まった顔には慣れている。

 そんな俺でも顔を背けたくなる表情が、少女の死体には刻まれていた。

 まるで、意識を保ったままこの形にされたかのような表情だった。

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カクヨムで先行連載しています。
https://kakuyomu.jp/works/16818093082699485944
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