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第38話 二対一

 ヴィクトリアは強い吸血鬼だ。

 だから俺を吸血鬼に変えて、永遠の命を与えることはできるのか。

 そういう質問をしたら、答えはノーだった。


「わたくしは確かに強いですわ。しかしその強さを支えているのは剣術で、吸血鬼としては中級ですの。なので吸血鬼を増やすことはできないのですわ」


 残念だ。

 水羽と永遠に生きるいい方法が見つからなかったらヴィクトリアに頼もうかと思ったのに。


「永遠の命を求めるにしても、吸血鬼化という手段はオススメしませんわ。吸血鬼になりたての者は大抵、吸血衝動を抑えられず、周りの人を襲ってしまいますから。それが愛する家族だろうと友人だろうと。わたくしにもそういう時期があったので断言できますが、あれは気力で抑えられるものではありませんの。中には、何十年経っても衝動を抑えることができず、化物として討伐されてしまう者も……」


 吸血鬼になるのは最後の手段だな……。

 まあ俺はまだ若い、というか幼いので、気長に方法を探すとしよう。


 ヴィクトリアが城に来て、もう一週間が経った。

 まさか、彼女がこんなに長居するとは思わなかった。それはヴィクトリア本人も同じだろう。少しばかりミスティを指導し、ミズハと試合したら立ち去る。そういう予定だったはず。


 しかしミスティに「もう一日」「あと一日」とねだられ、それがズルズルと続いている。

 なにせミスティは可愛い。そして練習熱心だった。


 ミスティは剣の練習の合間に、身の上話をヴィクトリアに語っていた。


 騎士の家系に生まれ、父親に厳しく指導された。けれど、ちっとも剣が上達しなかった。

 それで両親に見捨てられ、十歳で政略結婚させられそうになり、相手を殺して逃げ出した。

 やがて自分も死んだ。

 その死体はセリーヌという魔法師の手で自働人形(オートマタ)に改造された。魔力がとても強くなったし、それを使った戦い方はセリーヌに教わった。

 が、剣術を鍛え直す機会がなく、ずっと心残りだった。


「ミスティは筋がいいですわ。こう言ってはなんですが、あなたのお父様の指導が悪かったとしか思えませんわね。それと、憤怒のカードは強力ですが、使いどころを誤ってはいけませんわ。感情が高ぶるせいか動きが直線的になっていますから」


「はい! ありがとうございます! ヴィクトリアさんの教え方が上手で、ボク、びっくりしちゃいました! これからもずっとこの城にいて、ボクの先生をしてください!」


「ず、ずっとは無理ですわ……ですが、あと二、三日くらいでしたら……」


「わーい」


 という感じで、ヴィクトリアの滞在はもう少し続きそうである。

 無論、一日中ミスティにつきっきりで指導しているわけではない。いくら自働人形(オートマタ)と吸血鬼でも、それでは集中力が続かない。

 彼女は俺たちにエミリエ村を案内させて散歩したり、ロゼットと情報交換という名の雑談をしたりと、日々を楽しんでいた。

 その楽しみの一つが――俺と水羽と剣を交えること。


「うふふ。さすがは剣の聖女。わたくしが今まで戦った剣士の中では最上級。それでも、わたくしに膝をつかせるには遠く及びませんわ!」


「あー、もう! どんだけ鍛えたらこんな神業になるのよ!」


「確か、そろそろ五百年ほど経つと思いますわ」


「五百年!? 私より四百年も多いなんて!」


 城の庭で二人は剣と刀をぶつけ、火花を散らす。

 水羽のほうが果敢に攻めており、一見すれば優勢に見える。

 だがヴィクトリアは、水羽の斬撃の全てを避け、防ぎ、余裕たっぷりの微笑みをキープしている。

 一方の水羽は頬を汗で濡らしており、手数こそ多いものの、突破口を見いだせずに焦っている様子だった。

 試合が拮抗しているのはヴィクトリアがそう導いているからで、彼女がその気になれば、あっという間に傾くに違いない――。


 と、横で観察している俺は、ただの観客ではない。

 この試合は、俺と水羽VSヴィクトリアという、二対一の戦いなのだ。

 しかし水羽とヴィクトリアの斬撃が竜巻の如しで、なかなか割って入る隙間がない。


 不意に、ヴィクトリアが隙を見せた。

 それは極めて小さなもの。

 斬り結んでいる最中に見つけるのはほぼ不可能で、こうして離れたところで観察していたから辛うじて気づけた。

 しかしヴィクトリアほどの達人が、俺ごときに見抜ける隙を晒すだろうか?

 否である。

 つまり意図的。けれど罠ではない。俺など罠にかけるまでもない。

 誘っているのだ。つけいる隙を見せてやったのだから来いと手招きしているのだ。

 なら、行くしかない!


「はッ!」


 魔力で黒い剣を作り、ヴィクトリアの脇腹へ刺突を放つ。

 百人いれば百人とも「刺さる」と確信するだろう。そういうタイミングだった。

 けれどヴィクトリアは理外の百一人目。

 水羽を蹴って吹っ飛ばし、その反動を利用して俺の剣に刀をぶつける。

 神業。

 完全に予想外の動き。けれど予想外のことをされると覚悟(、、)していたので動揺はしない。

 俺はよろめいたが、踏ん張って体勢を立て直す。と同時に、死霊にヴィクトリアを攻撃させる。四方を取り囲んでの一斉攻撃。が、死霊たちの胴が一斉に千切れた。

 ヴィクトリアが一回転して斬ったのだ。なんとか視認できた。だが見えただけ。目の前でそんな動作をされたのに、俺は見ていることしかできなかった。

 逆だったら、きっと百回は斬殺されていただろう。


「アキト。あなたの死霊は出し入れ自由で面白い技ですが、動きが遅すぎてアクビが出そうですわよ!」


「実に参考になる、よ!」


 ヴィクトリアが髪を揺らしながら向かってきた。その踊るような攻撃を、俺は辛うじて防ぎ続ける。

 ギリギリで防げるよう、彼女がコントロールしてくれているのだ。


 俺は、剣術を習ったことがない。

 魔力で身体能力を強化できるし、防御障壁で身を守れる。頑丈で切れ味のいい黒い剣を作れる。そこらのチンピラや魔物なら、力任せに両断するのは容易い。

 が、本物の剣豪に接近戦を挑むのは無謀だと、この一週間で嫌というほど分からされた。


 一週間。

 ミスティには手取り足取り優しく教え、俺にはどつき合いで叩き込む。

 それぞれ適した方法で導いてくれているのだろうが、俺にも優しさをわけて欲しい。

 とはいえ、おかげで俺は強くなれた。

 ヴィクトリアの斬撃が毎日加速しているのがその証拠。昨日より速くしても今日の俺なら大丈夫と信じてくれているのだ。

 それは嬉しい。だから応えたい。

 師の期待に応えるとは、つまり、師を倒すことだろう。


「秋斗くん!」


 そう叫びながら水羽がヴィクトリアの背後から斬りかかる。

 どうせ無言で攻撃しても反応されるのだ。なら、大声を出しても同じだ。

 そして水羽はヴィクトリアではなく俺の名を呼んだ。

 合図だ。

 ヴィクトリアが水羽のほうを振り向いて迎撃しようとした瞬間、水羽の体は光の粒子に包まれて消えてしまう。


「っ!?」


 刀が空を斬る。これには剣術歴五百年の吸血鬼も動揺を隠せない。

 体を剣に変化させるという、剣の聖女の隠された能力。それが発動した。剣と化した水羽は俺の手の中に。


「驚きましたが、それだけではわたくしに勝てませんわよ!」


 そう。

 ヴィクトリアは俺たち二人を同時に相手取って始終余裕なのだ。

 刀が空を斬ろうと、わずかに動揺しようと、流れるような動作で俺に向き直る。

 右側から横一文字に刃が迫ってくる。狙いは俺の首もと。寸止めか。それとも途中で軌道を変えて薄皮だけ斬るつもりか。まさか本当に首をはねたりはしないだろう。

 俺は冷汗を流しながらも、なんとか防御に成功。

 剣で刀を受け止めた。

 そして――。


「!」


 止めただけではない。

 この剣には俺と水羽の魔力が渦巻いている。剣技では遠く及ばなくても、魔力量だけなら勝負できる。それが二人分だ。

 狙いは刀の破壊。

 技術で勝てないから武器で勝つという、後ろめたい発想。しかし卑怯でもいい。まずは一勝したい。二人がかりでなりふり構わなければヴィクトリアに勝てる――その実績が欲しい。


 と。

 目論見が成功しそうになって、俺は大切なことに気がついた。

 初めて会ったあの日、ヴィクトリアは「ミスリル混じりの刃」と言っていた。

 ミスリルは高価な金属だ。つまり材料費だけでもこの刀が高額なのは確定。名のある刀匠が打った代物かもしれない。ならばいくらになるのか。見当もつかない。

 それを破壊する?

 一週間も指導してくれた恩を仇で返すことになる。

 駄目だろう!


 そう気づいても、今更止められない。

 俺と水羽の魔力が、刀をバターのように斬る……よりも早く、ヴィクトリアは手を離した。

 支えを失った刀は弾かれ、飛んでいく。斬れていない、折れていない。無事だった。

 恩知らずにならずに済んだ。

 その安堵が俺の反応を遅らせた。

 ヴィクトリアの手刀が首に迫る。爪、一気に伸びた。鋭い。吸血鬼の能力か。しかも魔力をまとっている。これは刺さる。首に刺されば死ぬ。


「――っ!」


 俺はなんとか後ろに飛び退く。

 それでも皮膚がわずかに裂けた。

 血。俺の血がヴィクトリアの指先についている。

 彼女はそれを、舐めた。

 妖艶に。凶暴に。捕食するように。

 俺の血を舐めとって飲み込んだ。


 刹那。

 ヴィクトリアが放っている圧が増した。急激に強くなった。

 こちらに殺意が向けられているわけでもないのに、俺の全身に鳥肌が立つ。

 しかし、それは一瞬のこと。


「あ……ああああ! やってしまいましたわ! あなたたちの連携が素晴らしすぎて、つい本気で反撃してしまいましたわぁぁぁっ! アキト、大丈夫ですの? 怪我は……って見れば分かりますわね! ああ、どうしましょう、わたくし回復魔法が苦手で……ロゼット! ロゼット! どこにいますの! 早くアキトに回復を!」


 獲物を前にした肉食獣のようだったヴィクトリアだけど、我に返ると、面白いくらい慌てふためく。

 圧もしだいに小さくなっていき、戦いの気配は完全に過ぎ去った。


「もう、ヴィクトリアさん! 今の秋斗くんが避けてなかったらヤバかったわよ! あと秋斗くんの血を飲んじゃ駄目! なんかえっちだから駄目! 秋斗くんの全ては私のなんだから!」


 水羽は人の姿に戻って、頭から湯気を出しそうなほど怒る。


「わ、わたくし……えっちでしたの!? 勝手に血を吸うなんて申し訳ないですわ……それも殿方の血を……はしたないですわぁぁ!」


 そしてヴィクトリアは顔を血のように赤くして、涙目で慌てふためく。

 五百年以上生きているのに、えっちなことに耐性がないらしい。

 俺と水羽は、剣豪吸血鬼の意外な弱点を知ったのであった。

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カクヨムで先行連載しています。
https://kakuyomu.jp/works/16818093082699485944
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