第31話 オートマタの物語 5/6
「これで最後です」
合成生物の頭部に杖を打ちつける。
この森での戦いは終わり。
次のカードの気配が現われるまで、また価値のない日々が始まる。
「え?」
合成生物が、ミスティの杖を腕で受け止めた。
あり得ない。
その一匹は、確かに大型だった。それでも家のような大きさではない。せいぜいミスティ二人分くらいの身長だ。
体の形はゴリラのようで、しかしワニのようなウロコで覆われている。力と硬さを兼ね備えている。が、それだけでは、この強さを説明できない。
「カードの気配……これは!」
――憤怒。
そう気づいたときには、もう遅かった。
合成生物の拳がミスティの腹にめり込んだ。
服と皮膚が破れる。フレームが割れる。踏ん張りが効かずに体が宙に浮く。
杖。決して手放してははならない。体が砕けても死守する――。
「あ」
いくら強い決意をしようとも、世界がそれに付き合ってくれるとは限らない。
杖を硬く握ったミスティの右腕は、合成生物の一撃によって、肘の辺りから千切れた。
それから腹にもう一撃。
ミスティは為す術なく吹っ飛んで、大木を二本貫いてから地面に溝を掘ってようやく止まる。
今まで経験したことのない力だ。
ミスティだって、かなりの怪力として作られているのに。まるで勝てる気がしない。
七罪源のカードが一枚、憤怒。
それがあいつの体内にあって、この異常な筋力を生み出しているのだ。
同じ場所にカードが二枚もあるなんて、想定していなかった。
完全な油断。
それでも杖さえ手元にあれば、怠惰の力で対抗できた。
「返してください……返して……それがなきゃあなたを倒せない……あなたを倒せなきゃ、ボクの存在価値がなくなります!」
合成生物は杖を遙か遠くに投げ捨てた。
それからミスティの隣に立って、足を振り下ろしてきた。頭に、何度も何度も。
軋む音。
死が近づいてくる音。
頭の中で響いているのだから、どうやっても逃げられない。
セリーヌがあんなに頑丈に作ってくれたフレームが歪む。魔力による修復が始まるが、追いつかない。ダメージが少しずつ貯まっていく。
痛い。
人間より鈍感なだけで痛覚はある。内側と外側からハンマーで殴られ続けているような痛み。
そして怖い。
死ぬのは怖い。前にも死んだことがある。後ろから殴られて、真っ暗になるまでの何秒か。あの感覚を思い出した。もう嫌だ。死にたくない。死んだら役目を果たせない。役目を果たせなかったら無価値になる。無価値なまま死ぬのは嫌だ。マスターに役立たずと言われてしまう。でも一人じゃ起き上がることもできない。ああ、死ぬ。頭が割れる。
誰か――。
「誰か、助けて、くだ、さ――」い。
衝撃で言葉、止まる。
けれど、それでも、届いた。
世界に穴を開けたかのような、完全なる闇の塊。それが遠くから飛来して合成生物に衝突。合成生物は体制を崩して、ぐらりとよろめいた。
続いて、ミスティの体も浮き上がった。いや、抱き上げられた。
自分と同じような体格の少年の腕に包まれている。合成生物との距離が開いた。観察するにも、攻撃するにも最適な位置。ミスティの残った片手にはいつのまにか杖が握られていた。
少年。
数日前、この森で出会った三人組の一人。確かアキトと名乗っていた。
彼が杖を拾い、合成生物を魔法で攻撃し、更にミスティを抱いて距離をとってくれたのだろう。
なぜ助けてくれたのか。無関係なのに。偶然通りかかった? それなら分かる。人がよさそうな顔をしているから。たまたまピンチの人を見つけたので手助けした――そのくらいのお節介ならミスティだってたまにやる。
「よかった。間に合った。水羽のときといい、どうも俺はギリギリのタイミングに馳せ参じる運命にあるらしい。狙ってるわけじゃないんだけどなぁ」
アキトは苦笑しながら言う。
わざわざミスティを探しに来たように聞こえる口ぶり。
一度会っただけなのに、どうして?
いや、それよりも。
――これって、お姫様抱っこ、ですよね!?
概念は知っている。恋愛小説で読んだことがある。絵物語で見たこともある。けれど体験するのは初めてだ。
セリーヌと手を繋いだことはある。頭を撫でられたこともある。
しかし、お姫様抱っこの接触感たるや、それらの比ではない。まして異性に……そう異性だ。
ミスティは過ごした時間だけは長い。だが、その中で父親以外の異性と接した経験があっただろうか。否。父親でさえ、まともに接してもらった記憶がない。
「あ、あ、あ、あ、!」
――赤ちゃんができてしまいます!
できるわけがない。いかにミスティが精巧な自働人形であろうと、生殖で子孫を増やす機能までは備わっていない。仮に備わっていたとしても、抱きしめられただけで子供はできない。
その程度の知識はある。あるのだが、パニックが収まらない。
だって、ただ抱き上げられただけではない。死にそうなところを助けてもらったのだ。まるで物語の王子様のように駆けつけてくれたのだ。
格好よすぎる。反則だ。優しげな微笑みがまぶしい。
ミスティは胸の奥が発熱しているのを感じた。オーバーヒートしそうだ。




