36 まあ、性悪説に乗っ取れば、人間だいたいクズだかんね
――と、ここまでが、振り返りである。
「てな感じで、だ――、調べて、最後は、山カンを張らせてもらったわけだ」
綾羅木定祐が、そうまとめるように言うと、
「その結果、私にたどり着いた――、というわけね」
「ああ……。お前は、恋人であったB氏が自殺に追い込まれたことから、痴漢冤罪などの迷惑系動画制作者や、それを拡散するインフルエンサーを恨むようになった――」
「……」
と、湯浅が、ジッ……と無言で聞きつつ、
「なので、B氏の自殺に関わった連中だけでなく、それらの人間すべてを復讐の対象とした――」
「ええ……、そのとおり」
と、綾羅木定祐に頷いた。
さらに続けて、
「それで? 目を、喉を潰したのは、 “アレ”か? “お前ら”なんかに、こんなものはいらない。お前たちなどが、目と、耳、口を持って世の中とつながっているからこそ、冤罪などお構いなしの動画が撮られ拡散されることが、世から無くならないのだ。それならば、いっそ、“そんな穴”など潰してやる、と――」
「だいたい、そうよ……」
と、これも同じく、心情をおおよそ推察されて湯浅は頷く。
またここで、
「やれやれ、まったく……、漢文の、『混沌』を思い出したぞ」
と、綾羅木定祐が、唐突に『混沌』について触れる。
「“混沌”……? ああ」
湯浅も、思い出してピンときながら、
「混沌であれば、開けられることによって死んでしまう、目、口、耳といった“穴”……。――だけど、人間っていうのは、それらの“穴”を持つことで、より強欲に、醜悪になるよね」
「うーん……、まあ、性悪説に乗っ取れば、人間だいたいクズだかんね。仏陀とかイエスも含めて。人間、そんな穴をいくつも持って生まれてくる以上、仕方ない。ある意味、我々の業のようなもんじゃないか? 知らんけど」
「そこで、“知らんけど”、なのね」
「うん」
と、綾羅木定祐が答える。
そのようにしながら、
「とにかく、邪魔をするなら、貴方も殺さざるを得ないけど……」
と、湯浅が鉄筋棒を持った手を、半ば構え、
「うむ。俺は邪魔をするんでなく、湯浅たんのお尻をペロペロ、したいッ――」
と、綾羅木定祐は言って、キリリッ――! と鋭い目をキメる。
「は? 何? その、お尻ペロペロって? 変態なの、尻フェチなの? それとも、ふざけているの?」
湯浅が、軽い引きと不快感の混じった顔で聞きつつ、
「さあ、な――。まあ、それとも、俺が、お前のファンって可能性もあるかもしれないけど」
「はぁ、」
と、軽く呆れ気味に相槌する。
そう、一呼吸おきながら、
「まあ……、もしファンであっても、邪魔はさせないけど、ねッ――!」
と、言って湯浅が動く。
――ザ、シュッ――!!
と、まるで残像を残すがごとく、台車の連結部を隔てて5、6メートルほど離れていた距離を、一瞬にしてつめる。
「――!?」
これには、さすがの綾羅木定祐も驚いて目を見開く。
上級パルクーラーなど遥かに凌ぐほどの、また、忍びの末裔でもある碇賀元にも匹敵する運動能力――
揺れて不安定であり、なおかつ、踏み外せば即ミンチとなる貨物台車という足場。
それらに、まったく恐怖することなく、鉄筋棒を振りかざして綾羅木定祐に襲いかかる。
――ブンッ――!!
と、その一振りは剣術の達人レベルを超越し、かつ鞭のようでもある。
その連撃に、
「うおぉんッ――!! あ、ひゅぅぅんッ――!!」
と、綾羅木定祐が思わず奇声をあげながらも、こちらも超人的な身のこなしで、何とかかわす。
そうしているうち、
――ブンッ!! ドゴ、ンッ――!!!
と、湯浅の振るった鉄筋がコンテナに直撃し、轟音のような音が響く。
「うぉぉッ――!? 危ッないやないかいッ!!」
綾羅木定祐がツッコミの勢いで叫ぶ。
そのすぐ横の、コンテナの決して薄くはない鉄筋棒に穴が開いていた。
もし当たっていたら、ひとたまりもないだろう。
その間も、湯浅は次の攻撃を振るう。
――ブンッ――!!
襲いくる鉄筋棒の斬撃。
「ちィィッ!!」
と、綾羅木定祐は舌打ちしつつ、ひらり――と、忍者のように回転して宙を舞いながら、コンテナの上に回避する。
ただし、そこに足を下ろしてしまえば、必然と高圧電流の架線に近づくことになる。
もし身体が触れてしまえば、爆ぜると同時に感電し、そのまま死に至るか大けがをしてしまうだろう。
しかし、そんな中でも、湯浅は綾羅木定祐を攻撃しにかかる。
「うぉぉんッ――! あっぶッ!? 感電しちゃうて――!!」
と、綾羅木定祐が湯浅の攻撃もかわしつつ、架線も何とか避け、
「そう、ねッ――!」
と、湯浅のほうも、すぐ2、30センチのところに過る架線をかわしながらも、攻勢をかける。
そんな、危険をものともせずに、両者は戦闘をつづける。
綾羅木定祐は、妖具の――、ダマスカス鋼でできた、木目模様のネギを手にしていた。
「貴方には恨みはないけどね!! 邪魔するなら死んで!!」
と、架線すれすれに身を屈めつつ、湯浅が居合のように鉄筋棒を振るう。
それを、
「見ィィ切ったぁァァッ!! 湯浅たんのおっぱい!!」
と、綾羅木定祐が低く屈んでかわしつつ、
「ちィィっ――!! もう!! 何でいちいちキモいくするのッ――!!」
「ふん!! キモくしてんだよ!! ゆ、湯浅たん!! ウェヒヒヒィィ!!!」
お、わざわざ「ゆ、湯浅たん」とひと噛み入れて、余計にキモくふるまってみせる。
そうしながら、綾羅木定祐が言う。
「――とは言っても、なかなかに大した能力だな。異能力者であっても苦戦するほどの、怪物クラスの能力――」
「……」
と、湯浅が、ジッ……と綾羅木定祐を見る。
「B氏を、死に追いやられたことに対する恨み。それが、お前の原動力となっているわけか」
「でなきゃ、Bが浮かばれないでしょ……」
「……」
「自分の、大事な人が、痴漢の冤罪なんて理由で自殺に追い込まれた――。怪物になるくらいに、悔しがって復讐しなきゃ、ダメなんじゃない?」
湯浅が、虚ろながら殺意のこもった目で言う。
「ああ……、そうだな……」
綾羅木定祐が静かに、それだけ答える。




