高慢なるアイシャ・シェラード。魔術師としては優秀。でも冷たく高慢な女。
こちらのお話は
「終焉の謳い手～破壊の騎士と旋律の戦姫～」
の番外編。
単体でも読める作品となっています。
別サイトのお題として書き上げたもの。
聖歴二十一年 アクアマリン月某日。
その日、王立学院の予備役将校訓練課程の卒業を控えたアイシャは、とある場所の見学に訪れていた。
場所は王都オレオールの中心、行政区画の北東にある、騎士団本部の敷地内。
軍が有する、騎士団の寮に——。
「なるほど、ここが寮……ね。何と言うか、みすぼらしいわね」
「すみません……。でも、士官候補生の方は個人部屋なので、まだいい方ですよ」
寮の案内役、先輩と呼ぶべき女性騎士が眉根を下げて困ったように笑った。
アイシャは腕を組んで部屋を見回す。
小さな窓がある正面の壁際に書類仕事のための机があり、そう離れていない壁際にベッド、クローゼットなどの必要最低限の家具。
狭いキッチン、シャワーとトイレの一体化した使い勝手の悪い水回りがあって——。
建物の外観は王城に匹敵する程、雄大で美麗だったが、案内されて通された部屋はお世辞にも広いとは言えない。
これまで暮らして来た男爵家の邸宅と比べれば、贅沢の欠片もない粗末な部屋だ。
「共同スペースとして、食堂、売店、談話室、大浴場などもありますので、お部屋だけではなくそちらも是非、活用して頂ければ……」
「そうね、考えておくわ」
正直、大勢の人と一緒に何かを——というのは苦手なので、そちらの利用は遠慮したいところ。
アイシャは、昔から人付き合いが得意な方ではなかった。
それは幼少期から辿った道も関係している。
アイシャはシェラード男爵家の次女、現在二十二歳。
家族構成は両親と、兄と姉、年の離れた妹がいる。
男爵家は宝飾店を経営しており、父は事業の功績を称えられて貴族位を与えられた、所謂成り上がり。
母は落ちぶれた騎士の家系の出身。
両親は二人とも出世に対する欲が強くて野心家だった。
アイシャは幼少期に魔術の才能を見出され、その道の専門家として「軍の重鎮になれる」「もしかしたら神秘を授かる可能性もあるぞ！？」と、才能以上に大それた夢を見た両親によって、魔術の英才教育を施されて来た。
来る日も、来る日も。
勉強、また勉強、とにかく勉強。
子供らしく遊ぶ事なんて許されず、学ぶ事を放り出してそのような事をしようものなら、厳しい折檻をされた。
兄妹との接触も、必要がある時だけ。
だから、人間関係の築き方は、知識として学んだものばかり。
学院ではまともな友人を作れず、なまじ知識を詰め込んで頭が良いから、自尊心だけが高くなってしまった。
魔術師としては優秀だが、高慢で冷たい女——それがアイシャという人間だ。
（馬鹿な人達ね。私にちょっと才能があるからって、人付き合いもままならないようじゃ、容易く上り詰める事なんて出来ないのに）
そして、両親に反発出来ず、敷かれたレールを歩んできた自分自身も大馬鹿であると、アイシャは思った。
——今回、学院を卒業したら家を出て寮で暮らそうと思ったのは、そんな自分を変えたかったから。
軍属の道へ進むと決めてしまったので後戻りはできないし、それ以外の道が思いつかないのも本音だけれど、流されたままではダメだと気付いた。
そう考えるようになったきっかけは、一人の青年。
ルーカス・フォン・グランベル。
〝救国の英雄〟と呼ばれる国民の憧れ。
彼の事はそう呼ばれる前から知っていた。
彼は、騎士の道に進んだロベルト——ロベルトは事業の関係で懇意にしている、ハミルトン伯爵家の長男、幼馴染でアイシャにとって兄のような存在——の後輩で、社交界でも何度か会った事があった。
彼は一言でいえば完璧だ。
容姿、家柄、能力、立ち振る舞い。
どれをとっても一流。
貴族でありながら高慢さはなく、必要とあらばへりくだって他人を見下したりしない。
出世するのはああ言う人だと、一目でわかった。
（私と一つしか変わらないのに〝救国の英雄〟だなんて、凄い人ね）
英雄と呼ばれるようになった戦での悲劇を乗り越えて、ひたすらに自分の信念を貫く彼の姿は眩しかった。
両親に言われるがまま、流されて生きるだけの自分とは比べ物にならない。
どうやったら、彼のように芯を持って生きる事が出来るのか。
彼に近付けばわかるだろうか——？
——同じ軍属であれば、いつか彼と肩を並べる事もあるかもしれない。
だからその時、胸を誇って彼の前に立てるように、今からでも自分の事は自分で決めて歩もうと、そう思った。
これは、その一歩。
「……あのぉ、アイシャさん？ どうしますか？ やっぱりこんなとこじゃなくて、別のところがいいですよね……。上と掛け合ってみますか？」
アイシャは物思いに耽っていた思考を戻し、困り顔を浮かべる騎士の女性を見た。
以前なら両親に倣って、高慢にもそう要求したかもしれない。
でも、入団前で見合った成果も上げていないのに、待遇の向上を求めるなど、愚の骨頂。
「いいえ、ここで十分よ」
言い放ってからふと気付く。
自分の言動は、目上の人に対しての礼を掻いており、相応しくないと。
変わろうと思うなら、こういうところから一つずつ、変えて行かなければ。
アイシャは組んだ腕を解いて体の横へ。
直立すると腰の角度を九十度、最敬礼の位置に曲げた。
「先輩、お忙しい中、案内ありがとうございました」
「え！？ いえ、いえいえ。これが私の仕事ですから。気にせず頭を上げて下さい」
驚いて慌てふためく声が、頭上から聞こえた。
そんなに可笑しな事をしただろうか——と思うが、これまでの自分を省みると、仕方ない事かもしれない。
（私はここから。新たな一歩を踏み出そう）
——この後、軍へ入団したアイシャは数年でその才能を大きく羽ばたかせ、知略に長けた士官として名を知られるようになる。
そして優れた氷と水の魔術の才を讃えて〝氷水の魔女〟の二つ名を戴き、ルーカスが特務部隊の団長となった際、アイシャもそこへ配属される事になるのだが——この時の彼女には想像もつかない事だった。
拝読頂きありがとうございます。
こちらの作品は自作の番外編となっています。
あちらに登場する女性騎士の一人、アイシャに焦点を当てたお話です。
彼女は規律を重んじ、曲がった事が嫌いで自他共に厳しい性格の女性騎士。
主人公のルーカスに密かに想いを寄せています。
本編では優秀な魔術師として、頼もしい活躍をみせてくれる彼女ですが、その過去は……。
高慢な性格でした。
今回はあまり触れませんでしたが、ロベルトの存在があって壊滅的に捻じ曲がる事はありませんでした。
もし短編で興味を惹かれましたら是非、本編も目を通して頂けると嬉しいです。
「終焉の謳い手〜破壊の騎士と旋律の戦姫〜」
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