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P.T.O. -悪魔が続きを語るなら-  作者: あした野郎
5/13

 


 ⒌


 五月七日。金曜日。

 例によって、例のごとく。

 学生の本分とされるものだけを全うした僕は――放課後、まっすぐ向かった駐輪場から自転車を押し歩き、指定された場所で沓南つかさを待った。

 校門前で待ち合わせ。

 その手のお約束として認識していたつもりではあるけれど、いざ嵌めこまれると馴染まない。少なくとも、昨日まではまったく縁のなかった響き。

 しかし――どうだろう。

 僕自身、多少なりとも意識している部分はある。こんなはずじゃなかったと引きずっているところもある。それでも、これから帰路につこうという館生が僕に向ける視線の何と冷ややかなことか。ちらりちらりと――あからさまに不審の色を湛えた一瞥。入学式から一カ月になる学窓の下校風景が見知らぬ雑踏と何ら変わりないとあって、僕の心中もそわそわと落ち着かない。


「…………」


 いや。

 少しばかり後ろに視点を引いてみれば、校門前で待ち合わせを目的としていそうなのは僕くらいのものであって。冷静に状況を認識すると、放課に際して誰もが利用するはずの校門を背に男子生徒がひとり、所在なげに佇んでいる状況が続いている。

 なるほど。

 普段と違っていたり不自然な光景であれば、それだけ注目も集める。目の前を過ぎ行く館生の一団から察する分には、わざわざ往来の激しい場所を待ち合わせに利用する必要なんてないわけで。まずお約束という前提からして――


「いかにも」


 過ぎ行く館生、知らぬ存ぜぬ赤の他人。誰と別れの挨拶を交わすでもなく、僕はただ神経を磨り減らしていく。果たして恨むべきは間抜けた自分か、待ちびとか。

 結局、待たされること十数分。ようやく姿を見せたかと思えば、待ちびとたる沓南つかさは悠然と――ご学友と思しき女子生徒四名を連れ立って現れた。何が愉しいのか、気安く笑顔すら振りまいて。

 そのうち僕の存在に気づくと、何やら取り巻きに断りを入れるような挙動。そしてひとり、歩調を速めてこちらにやってくるなり。


「お待たせ」


 その何ともはやな振る舞いを受けて、僕は応えた。


「言っても、十分くらい――だけど」


 異性との待ち合わせにおいて肯定される対応かどうかはともかく、嘘を吐く予定はなかった。義理立てするつもりは毛頭ない。

 それは沓南つかさにしても、恐らく。


「それじゃ行きますか」


 言われて咄嗟に訊ねる。


「どこに?」

「とりあえずは汐見(しおみ)駅」

「汐見駅」


 すなわち、志叡館高校最寄りの鉄道駅である。


「そこで五時過ぎに待ち合わせの予定」

「……と言うと?」

「行武君に会ってもらいたいひとがいるの」


 こともなげにそう言って、沓南つかさは館生の流れに紛れる。


「急がないと」


 少なくとも、十分以上もひとを待たせた立場の振る舞いではないことだけは確かだ。

 しかし、それよりも。


「待ち合わせ、って」


 いきなり飛躍しているとは言わないまでも、昨日の段階でひと言くらいあってもよかった。流れで何となく通話を切り上げてしまった部分があったとはいえ、会ってもらいたいひとというのはまったく想定していなかった。


「…………」


 それでも状況は続いている。

 沓南つかさと合流してからというもの、また違った雰囲気や視線を感じている。べたべたした演出こそなくとも、これはわかりやすい。

 沓南つかさと見知ったふうで言葉を交わす彼の卑しきは、果たして――。

 自ら指定した待ち合わせにわざわざ第三者を同伴してきたあたり、沓南つかさに何がしかの意図があったことは間違いない。安っぽいシナリオに場当たり的な立ち振る舞い。

 そのこころは――この関係性を口外しない。

 学校という閉鎖的な環境においては、ときに影響力のある人間が異性と並び歩いているだけでも結構な話題になりうる。

 ゴシップというか、スキャンダルというか。

 つまるところ、沓南つかさは僕との関係性に踏み込まれないための抑止力として、色恋模様のブラフを拡散しようとしているのだろうと推察する。何から何まで自意識過剰ではあるものの、結果は至ってシンプルだ。僕のあたりまえは既に手許にない。やはり主導権は握られてしまっている。

 少し乱暴に自転車を押し歩き、沓南つかさを追った。いざ隣を並び歩くとなると気後れしてしまうところもあるけれど、距離を置いても妙だ。ひとまずはなりゆきに任せる。

 待ち合わせの汐見駅までは徒歩で十五分ほど。毎日の登下校を考えれば、ちょっとした距離では済まない。電車通学の館生のなかには、駐輪場を契約しているケースもあると聞く。合理的ではあるのかもしれない。

 そうして漫然と流れに従っていると、不意に沓南つかさが立ち止まった。


「ううん」


 口許に手を当て何か考え込んでいるのかと思えば。


「ねえ。それ、駅まで乗っていかない?」


 指し示す先は僕の自転車。


「…………」


 僕は静かに息を吐きだしてから、自転車の荷台を軽く手で払った。


「どうぞ」

「ありがとう」


 二人分の通学鞄を前籠に収め、サドルに跨りスタンバイ完了。車体に重みを感じると同時に、背後から伸びた腕が僕の腰の辺りに回される。遠慮や恥じらいは感じられない自然な所作。

 気疎い感覚を紛らわすべく、僕は言った。


「安全は保障できないから」

「それもまた一興ということで」

「はあ」


 思うところは飲み下し、自転車のペダルを踏み込む。およそ二倍になったウェイトの影響からスタートこそ不安定ではあったけれど、進んでいくにつれて確かな手応えが得られた。散り散り沿道を埋める館生を尻目に、段々と両足の能率を上げていく。

 道すがら、僕から切りだす。


「さすがにやりすぎじゃないかな」

「道路交通法違反だし?」

「それに限らず」

「わたしと変な噂を立てられても迷惑って?」

「まあ、積極的にはなれない」

「そうじゃない場合もあるみたいに言うんだ?」

「…………」

「でもまあ、いいんじゃない? それで」

「……?」

「誰かにとっては、わたしも行武君も状況の一部でしかないわけだし。そういうふうに見えたのなら抵抗する必要もないでしょ」

「…………」

「クラスも違えば、通っていた中学校も違う。まるで共通項の見つからない男女が放課後にふたりきりで連れ立っているとなると、もっともらしい結論やいかに。惚れた腫れたで遠ざけられるなら気楽でいいじゃない」

「…………」

「それに――そういうところから始まる関係っていうのも、ひとつのお約束だったりして」


 汐見駅前は有料駐輪場のみとあって、自転車はコンビニの駐輪スペースの厄介に。放置自転車即時撤去の張り紙に一抹の不安も抱きつつ、バスロータリーを歩いてまわれば、館生以外の制服姿もちらほら確認できる。白稜(はくりょう)大学(だいがく)附属(ふぞく)高校(こうこう)()墨丘(すみおか)高校。どちらも汐見駅周辺に立地する、志叡館高校の近隣校である。

 個人的に初めて訪れた汐見駅は橋上(きょうじょう)(えき)の構造となっており、志叡館高校から近い階段を西口として、線路を跨いだもう一方が東口。西口側にはハンバーガーやらドーナツやらのファーストフード店が並んでいるためか、放課後になると時間を持て余した学生で賑わう傾向があるそうで、それらしき学生とひっきりなしに擦れ違う。

 しかし、このあとの予定を待ち合わせとするのであれば、それこそ周辺のファーストフード店あたりで合流すればいいのでは? ――なんて考えはするものの、一向に説明される気配のない状況をして、そんな疑問を軽々しく口にできるはずもなく。僕はおとなしく沓南つかさの後ろについていく。

 そして、先を行く沓南つかさ。階段を上り、僕を振り返る。


「時間的にちょうどよかったみたい」


 遅れて続くと、まさしく改札口から利用客が吐きだされているというタイミング。


「いまの電車に乗っていたって」


 言われて――何となく、それとなく。

 やがて利用客も最後尾に至り、代わる代わるめぐる僕の意識はひとりの女学生に向かった。艶のあるストレートロング。顔立ちや背格好からそうとは思えなくても、その身に映える深緑のスクールブレザーが私立菊池女(きくちじょ)学園(がくえん)高校の生徒であると主張している。

 女学生はパスケースを通学鞄に仕舞うと、ふと顔を上げた拍子にこちらに無防備な視線を向けた。途端、足を止め、表情を硬くする。その目が沓南つかさに流れても、不安げな面持ちは変わらず。

 なるほど彼女が待ち合わせ相手なのだろうと察するも、隣の沓南つかさは声をかけるわけでもなく、距離を保った状態で小さく頷いて応えるのみ。その反応を受けた女学生も再び僕を見やり、慎ましやかに頭を下げると、どういうわけか、東口側――つまり、僕と沓南つかさのいる場所とは正反対の方向へと足を向けたのだった。


「行武君」


 その後ろ姿を見送るだけの僕に沓南つかさが告げた。


「彼女の周りに注意しておいて」


 そうして彼女の足跡でも辿るように悠長な一歩。非難する意思はなくとも、僕の口からは自然と言葉がこぼれた。


「何なんだよ……」


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