魚と転がる
魚は、お刺身になったら死んでしまうと思っていました。
スーパー松田に連れてきてもらうと
いつも、ワクワクしていました。
きっと地方のどこにでもある広すぎず小さくない、そんな普通のスーパー。
「松田に行っど、はよせい」
一番古い記憶に残る4歳の私は
父からの、この言葉をいつも待っていました。
スーパー松田に行く為だったら
おままごとが途中でも手を止め、教育テレビの続きだって諦めることができました。
全身を使い地面を蹴って飛び跳ねては
ととの運転する古い車の助手席に乗り込んだことを思い出します。
ととの手を離れ、一人、鮮魚コーナーへ
陳列された魚を見つけ、身を乗り出し、もっと側に寄ります。
魚さん、こんにちは
じっと横たわる動かない魚。
どこか寂しくて、呆気にとられ瞬き1つしない、その目を見つめます。
「ボクはね、動けないんじゃないよ。海にいけば、君なんかより凄く早く泳げるんだよ。ボクは凄いんだよ」
誇り高く。目で物言う、泳げる魚。
ここでは動けない、魚。
そんな魚の声を聞き
まだ幼かった私は、魚のたどる運命に想いを巡らせていました。
誇り高い魚は、きっと
誰かに捕まってしまったのだろう。
このまま、ここにいれば
動けないまま刺し身にされるだろう。
刺し身になったら、魚は死んでしまう。
魚が、、、。
目の前に横たわる、誇り高く、泳げる魚の一生に涙が出てきました。
私、4歳の頃です。
「さかなさん、ととに頼んで海に連れていってあげる。」
人差し指をラップにねじ込み、裂け目を広げ
いつまでも付いてくるラップを落ち着かせ
「大丈夫。」
魚が、もう怖がらなくていいよう声をかけます。
触れた魚は痛くて、硬い。
鱗があることも知らないで、すぐ傷つく手だったのも分からずに掴む。
冒険の始まりだったのに、持ち上げた途端、床に落としました。
魚を拾い上げる時も、変わらず痛い。ほんとに、痛い。
しかし、芽生えてしまった使命感は私を簡単に離さない
4歳だけど、なんでもできる
自分の内に確認し、痛みと共に魚を掴みました。
左脇に魚を差し込み、右手で頭を支え、バランスをとります。
ととの元へ、急ごう。
「さかなさん海に帰れるよ」
全身打撲、身を委ねる魚に声をかけ、踏み出す瞬間。
中年女性の、怒鳴り声が空から飛んできました。
「なんね、どげんしたと、あーあ、いかんど‼」
一体、いつからそこにいたのか?
いま、隣に知らないおばさん
早口に、魚に手を伸ばし、私から魚を引き離そうとしてきます。
「聞いて?さかなさんは、とと と海に返してくるから、大丈夫なの、心配しなくて大丈夫。」
私は、落ち着きを忘れたおばさんに安心して良いことを伝えます。
「そげんことしたらダメ!!!!売りもんじゃっど‼服も汚るっが!!ほら、血が出と!!見せんね?待たんね待っ」
さかなさんは、海がいい。
騒がないでおばさん、さかなさんを捕まえた
悪い人がくる前に海に行かないといけないの
「とと」
あなたに聞こえるように
大きな声を、今から出します。
あなたの登場を心から願い
「ととーーーーー」
私は魚を抱え叫んだのです。