男爵家の養子になる前のピンクブロンドのヒロインと悪役令嬢が邂逅する話
「まあ、坊やたち、行き場がないのね。私はドナ、孤児院長をしているの。お腹すいたでしょう?」
繁華街でウロウロしている10歳にもなっていないであろう兄妹に声を掛ける30代半ばの女神教のシスター服を着ている女性がいた。
シスターの制服は安心感を与える。
「・・女神教のシスター様なの?僕達、新しいお父さんの暴力に耐えられなくなって・・」
「わかってるわ。さあ、寝床と食事を提供するわよ。お名前は?」
「僕はサムで、妹はマリです。よろしくお願いします」
☆☆☆スラム街修道院
・・・私はドナ、孤児院を『経営』している。領主のお貴族様から運営費をもらっているのさ。
他の孤児院は孤児十人がせいぜい、しかし、私の孤児院は・・
「!!な、何ここ、三段ベットに、床までギュウギュウに詰めて人が寝ている。それに汚い。・・・シスター様、やっぱり僕たち、帰ります!」
「はん?何言っているの?ここは一度入ったら、出られない決まりさ!あんたら新入りは便所の脇で寝な!」
バン、バンといきなりビンタをする。
兄妹は冷たい石の床で寝ることになる。
「兄ちゃん・・」
「ご免な。不甲斐ない兄ちゃんで・・」
「私語は厳禁だよ。明日から働いてもらうからね。最近の子は贅沢だね。寝床があるだけ、有難く思え!」
☆次の日
兄妹は、他の孤児たちと共に、物乞いや簡単な駄賃仕事をするために街に出ることになる。
後ろにはドナの後ろ盾の裏組織のゴロツキが見張っている。
あの兄妹は御座を引き、地面に座り込み。教えられた文言を唱える。
「右や左の旦那様、どうかお恵みを下さい!」
ノルマが達成できないと、厳しい折檻が待っているから皆必死だ。
☆数日後
また、一人の孤児が連れて来られた。
12歳のピンクブロンドの少女だ。
「ちょっと、あたし、ここにいたくないのだけども、パパは男爵様よ!」
「はん。何を言っている。この小汚い孤児が!」
・・・あれ?この子は可愛いわね。お貴族様に売れないかしら。外に出して、人目についても面倒だ。
「お前の名前はサリーだね。お前は今日から食事係と掃除係だ。教えてやるからスープを作りな!」
「ちょっと、何?これ、こんな薄いの?お腹すいちゃうじゃない!パンもこんなに固いの見たことない!」
「贅沢を言うな。お金がないのよ。私は出かけるから、孤児らにちゃんと食事を振る舞うのだよ!いいね!」
・・・筋はいいわね。こいつに孤児たちの食事を任せて、私はレストランに行くのさ。お気に入りの男娼と一緒に食べてそのまま店に行くのもいいわね。
☆その日の夜
孤児たちが帰って来た。皆、長時間外にいて疲れ切っている。
お金は食事と引き換えにドナに渡すが、ドナの帰りが遅いときは、ドナの執務室の籠に入れることになっている。ノルマ達成できなければ、全体責任で厳しい折檻が待っている。
逃げても残りの者が折檻されるが、孤児たちは行くところがない。
「お兄ちゃん。お腹すいたよ」
「マリ、お兄ちゃんのパンをあげるから・・・あれ、何か良い匂いがする!」
サリーは、エプロン姿で、配膳の準備している。
「ちょっと、皆、遅いじゃない!お料理冷めちゃうわよ!こんな夜遅く食べたら健康に悪いじゃない!もっと早く帰って来なさい!」
サリーは孤児たちを叱るが、
孤児たちは目の前のごちそうに釘付けだ。
「スープから肉の匂い。おかずがある。魚に、ロールキャベツに白い生地のパン・・お前は何者だ?!」
「キッーーー私が一番年上なんだからね。サリーよ。私の名前はサリーよ。さっさと配膳手伝いなさい!」
「「「はい!」」」
「明日の朝ご飯はパンあるからね。スープーは温めてやるからね!」
ドナは、新しい食事係が出来たことで、数日間、深夜まで遊んでいた。異変に気が付くのに数日かかった。
「何故?お前ら、顔色がいい。これじゃお情けもらえないわ・・何?肉入りのスープに白パンにサラダに魚?!サリー!お前、何、金をかけているのだい!」
サリーは反論する。
「ちょっと、帳簿上じゃ、一人、一食、大銅貨2枚に小銅貨5枚(2500円)になってるじゃない!帳簿と食事を合わせたのよ!まだ、足りないぐらいだわ!」
「何だって、お前、帳簿読めるのか?折檻してやるからこっちにきな!」
「ヒィィィ」と孤児たちが悲鳴をあげるが、サリーはノコノコ折檻部屋に付いていく。
「トムソン!この娘は売れる。顔はやめな。ボディを数発殴ってやりな」
「はい、修道院長!」
折檻部屋で、バシ、バシ、ドンと音が響く。
サリーは「ウグググー」とうめき声を上げて床に這いつくばっている。
「サリー、勝手なことをするとこうなるのよ。明日は仕入れの業者をとっちめてやるわ!」
ドナと修道院のスタッフ、トムソンが去ると、孤児たちがサリーの周りに集まる。
「サリーお姉ちゃん大丈夫。僕たちのために」
「サリーお姉ちゃん。ウワーーーーン」
サリーはドナとトムソンが去ったのを確認すると、スッと立ち上がる。
「えっ、大丈夫なの?」
ピンクブロンドの前髪がピコン!とアホ毛が立つ。
「フフフフ、明日はあたしも外に出るからね!明日はあたしに付いて来なさい!」
☆次の日
ドナは食材の仕入れ業者を呼びつけた。サリーにおめおめと高い食材を売ったことを咎めるためだ。
「ハンス、お前、何、12歳の女の子の言う通りに食材を売っているのさ!」
「エへへへへへへへ、サリーちゃんが可愛いから、売っちゃいました。お金はちゃんと頂いてます!」
「何?お前、ロリコンかい?気持ちが悪い!話にならないわね・・え」
ドナは異変に気が付く。
「お前、お金をもらったって?もしかして」
ドナは執務室に急ぐが、金庫の中のお金が少なくなっている。
「トムソン!どこにいるんだい!お前がカギを管理しているだろう!」
ドナは愛人でもあるトムソンを呼び付けるが、様子がおかしい。
「へへへへへ、サリーちゃんに頼まれてお金を渡しました。デへへへ」
・・・何?これ、もしかして、サリーは魔法使い?こりゃ危険だ。殺すか?後ろ盾のオスカー商会にお願いするしかないわね。
もったいないが、あいつは危険だ。
「トムソン。今、サリーはどこ?」
「へへへへへへ、孤児たちを引き連れてお出かけです。可愛いかったな」
・・・夜に勝負ね。殺すわよ。
☆☆☆領主アレクサンドル公爵邸前
「サリーお姉ちゃん。ここはお貴族様のお屋敷じゃ・・・」
「サリー、お前、お貴族様と知り合いなのか?」
「ふん。違うわよ。初めて来たわ。サム、あたしが年上なのだからね!サリーお姉ちゃんと呼ばないとダメなんだからね!」
そうこう話しているうちに、門番がやって来た。公爵家なので、門番というよりは、兵士、いや、騎士が常駐していた。
「お前ら、何しに来た。大人はどうした!こんなに沢山子供が、お前らが来るところじゃないぞ」
「ちょっと、知らないわよ。エリザベスに連絡をとって、ピンクブロンドのヒロインが来たって伝えればわかるわよ!」
「は?お前、何を言っている。お嬢様を呼び捨てなんて、さっさと去れ」
「ふん。じゃないと実力行使に出るわよ!」
「「何を!」」
「ヒィ、サリー、ヤバイって、やめようよ」
その時、門の奥から、少女の声がした。
「実力行使はやめて下さらない。『魔王を倒して、ラブラブ♡イケメンゲット♡気分はプリンプリン』のサリーさん」
「お、お嬢様!」
この屋敷の長女、公爵令嬢エリザベスだ。
「その娘、危険よ。騎士様とはカチ合わない別の力を持っているのよ。今日、初めて会ったけど、知り合いでいいわ。通しなさい」
「え、お嬢様・・畏まりました」
・・・
「「「「ワーワーすごい!」」」」
孤児たちは、使用人食堂で、おやつを振る舞われている。
一方、サリーは応接室でエリザベスに、孤児院の現状を訴えている。
「ちょっと、あんたも前世は日本人ね。あんたのパパが運営している孤児院、大変なことになっているんだけど!責任取りなさい!」
「そ・・それに関しては遺憾の意を表明するわ。あれは義兄が管理しているの。もっとも、未来、貴方に骨抜きにされる運命だけどね」
「グ、スピンオフではシスコンお兄ちゃんになるのじゃない?」
「何を!」と言いたげに、パチン!とエリザベスは扇を閉じる。
「ふ~ん。まあ、いいわ。そのドナとかいう女をぬっ殺してあげるわ」
「さすが悪役令嬢じゃない!ついでに孤児たちに暖かい家庭に養子縁組をお願いするのだからね!」
「いいわ。これは貴族の義務ね」
☆☆☆スラム街孤児院
「・・ダメだ。こいつら、何か精神的な干渉を受けてやがる・・」
オスカー商会お抱えの魔導師が、縛られている孤児院スタッフを鑑定している。
彼らは、ここ数日間、サリーの言いなりになっていたことがわかった。
孤児院には応援のゴロツキが10人ほど来ている。
「サリーが帰って来たら殺すわよ。あいつは危険よ!」
「おう、ドナ、わかったぜ。半信半疑だったが、こいつらを見て納得したぜ」
「へへへへへへ、サリーたん。可愛いよ~」
「サリーちゃんとの握手券を買うーーー」
夢うつつのように、サリーを恋慕する言葉を発するスタッフ・・・正気ではない。
トムソンは、折檻部屋でサリーを実際に殴っていないことがわかった。
「へへへ、あんな可愛い子をなぐれましぇん・・音を出しただけでさ」と白状した。
バン!と孤児院のドアが開く。
そこには、二人の少女が横並びで現れた。
ヒロインのサリーと悪役令嬢のエリザベスだ。
デン!とドナとゴロツキの前に仁王立ちをした。
エリザベスは
「ドナ、貴方、孤児の数に比例して支給される運営費で私腹を肥やしたわね。お金を返してもらうわ。孤児院の運営費は領民の税金よ」
と宣言し、扇でドナをビシッと差す。
「あん?誰だい。年上に何て口をきくんだい!あの女もやっちまいな!」
ドナの号令で、3人が剣を抜き飛び出す。
「ちょっと、危ないじゃない!ピンクブロンド固有スキル!【魅了!】」
とサリーの目から光線が出て浴びると
三人は一瞬で骨抜きになる。
「「「サリーちゃん。可愛いーーーー」」」
とポロンと剣を落す。
「キャーむさ苦しい、サリーと握手をしたかったら握手券買って!」
「「「「買う!買う!」」」
「な、これが魅了か?」
次にエリザベスが
「スキル悪役令嬢、【紅薔薇の舞!】薔薇の花びらで溺れなさい!」
と扇をビシッと向けて叫ぶ。
ドナと残りのゴロツキたちの周りに多量の薔薇の花びらが現れ、
「「「ギャアアアア、薔薇の花びらが・・・溺れる!」」」
彼ら一人一人を薔薇の花びらが球体状になって包み宙に浮く。まるで溺れている状態になっている。
「ふ・・責任を取らせるから、窒息死はやめてあげる」
扇をパチンと開くと、魔法は解けた。
「さあ、ドナ、今まで使い込んだお金を返しなさい」
「ヒィ、あれはモールズ様に帳簿を確認してもらったから違法性はありません。モールズ様に逆らうのですか・・・ギャ」
パチンと
エリザベスは扇でドナを叩いた。
ドナの額から血が流れている。
この扇の骨組みは鉄で出来ている。
「まだ、減らず口を叩くのね。監査よ、監査。私が抜き打ち監査をしているの。あれは養子で、私が王家に嫁入りするために取ったのよ。これじゃ分家に返すしかないわね。本来は私が嫡子だから、私の方が格上よ」
「ヒィ、モールズ様の義妹?もしかして、あの極悪令嬢、エリザベス!」
ドナはガクンと膝を落した。
「ふん・・・私は悪党にしか暴虐は働いていないつもりだけど、貴方には極悪に見えるのね」
その後、ドナは孤児院の下働きに降格、給料の大部分を返済として天引きされる身になる。
そして、新しい孤児院長はエリザベスが就任、その補佐をする孤児院長補佐見習いは、サリーがなった。
☆数日後
「ちょっと、あんた、服で鼻水ふくのやめなさい!」
「うん。サリーお姉ちゃん。晩ご飯何?」ズズズズー
「キィー!また服で鼻をふいて、言うことを聞かないと人参のフルコースにするわよ!」
「サリーお姉ちゃん!あっちでケンカ始まってるよ!」
「あ~はいはい、サム、ちょっと見て来てくれない!」
「わかった。サリー行ってくるよ」
「マリちゃんは、一緒に料理手伝ってね」
「はい、お姉ちゃん!」
「おい、ドナ、さっさと薪割りをしろ。終わったら風呂の準備よ!本当にとろいじゃない!」
「グスン、はい、修道院長補佐見習い様」
「キィー見習いは余計よ!」
・・・私は、『魔王を倒して、ラブラブ♡イケメンゲット♡気分はプリンプリン』の悪役令嬢のエリザベス、悪役令嬢ではない。極悪令嬢だとユーザーには呼ばれるほど、酷い役だ。6歳のころ、高熱でうなされているところ、前世を思い出した。
多忙な両親に放置され、愛を渇望し、それで婚約者にすがって、ピンクブロンドのヒロインを虐めて、王子に婚約破棄をされる。
そして闇落ちをし、私は魔王になり、聖女のサリーと、勇者になった王子、聖騎士になった近衛騎士団長の息子や、賢者になった魔道師団長の息子と戦い敗れる運命・・
その過程で数々の極悪非道なことを行う。少しでも王子にコナをかけた令嬢がいたら、ゴロツキを雇いキズモノにし、領地では鬱憤晴らしのように暴虐の限りを働く。
その未来を知って絶望した私は未来を変えられるかもしれないと、魔法や武術、勉学に勤しんだ。齢12で、騎士団長や魔導師団長と対等に戦えて、アカデミーの教授と対等に議論できるまでになった。
元々、ラスボス、スペックは高かったのよね。
「愛などいらない。愛があるから、悪役令嬢は煩う」
と独りごちる。
「ちょっと、エリザベス!あんた修道院長でしょう。来た時ぐらい手伝いなさい!」
「サリー、私はオスカー商会本部を急襲し壊滅させ。孤児たちの半数を厳選した家に養子縁組したのよ。分家連中に根回してモールズを分家に返す手続きをしたの。この場合、無能は罪よ。モールズは子爵家の三男として20歳の今から食い扶持を探さなければならないわ。
どう?私は充分に働いているわ。検食よ。早く夕飯を出しなさい」
「キィーーーーわかったわよ。今夜はハンバーグなんだからね!」
・・・サリーは、孤児院で、酷い虐待を受けて、その後、聖女のギフトを授かっていたことが判明し、男爵家に引き取られ、そこでも、めげずに綺麗な心を失わなかったというけども、これから先どうなるのかしら。
後、3年で、私とサリーは貴族学園に入学する。これから先は、不確定ね。
ドナは床に正座して、メザシとパンと水だけの食事を前にしている・・
食事代からも使い込んだ金を返さすためと、エリザベスの善意の処置だ。
「グスン、グスン」
「そ・・そんなに、涙を流すほど、早くお金を返せて嬉しいのね。後30年頑張りなさい。それで勘弁してあげるわ」
「ヒィ、30年!」
「運営費をもらっているのに、寄付で食材と衣服を集め、更にお金を使わないようにした浅智恵は感心したわ。食事を家庭内で欠食している子供にも運送しているから、運送費も含めて一人一食、大銅貨2枚と小銅貨5枚になったって、それをモーゼンに信じさせた話術は・・モーゼンが無能のせいね。ドナ、貴方はいらないわ。悪としても使えないお前を30年飼ってあげる。どう?私は慈悲深いでしょう?」
「グスン、グスン・・ウウッ」
「10年頑張れば、スープを飲む権利をあげるわ。逃げたら、誓約魔法で・・・どうなるかわかっているわね」
・・・そう、暴虐で気を紛らわすエリザベスの「設定」は変えられない。
ならば、暴虐の対象を変えればいいのだ。悪にも秩序は必要だ。悪に暴虐を働き、私が悪の秩序になればいいのよ。
「ねえ、エリザベスお姉ちゃん。このハンバーグ、マリがこねたの。美味しい?」
「そ・・貴方が作ったのね。とっても美味しいわ。お料理の前に手を洗って偉かったわね」
「見ててくれたの?サリーお姉ちゃんの真似したんだ!エへ」
「フフフ、偉いわ。でも、サリーの言葉使いは真似しちゃだめよ」
「キィー、これがいいんだからね!ツンデレで使えるんだからね!」
「ちょっと、マリちゃんにツンデレなんて教えたらだめなんだからね!大きくなったら公爵家で働いてもらうから変なくせ付けたら・・!キャ、サリーの語調が感染したわ!」
「「フフフフ」」
(お嬢様が、微笑んでいらっしゃる・・)
エリザベス付のメイドは、この日、仕えて以来、初めて微笑んでいる主人を見た。
・・・
その後、ゲームの展開は起きず。エリザベスは魔王ではなく、王妃になった。
悪や不正を許さない王妃と評判は高かった。
が、何故か役人や一部の貴族は震え上がった。
税金が安くなり。王国は長く好景気が続くことになる。
エリザベスの傍らには、口やかましいピンクブロンドの聖女が常にいたと伝う。
最後までお読み頂き有難うございました。