ミス一反木綿コンテスト【一反木綿短編企画 参加作品】
「お母さん、あたしミス一反木綿コンテストに出る」
「ええっ?」
母親が驚くのも構わず、一反木綿の「さらさ」は決意のこもった目でそう宣言した。
ここは雲取山の頂上付近。
杉の木々の上には、二匹の一反木綿が飛んでいる。
一匹は体長十二メートルほどの大きな一反木綿、もう一匹は十メートルに満たないほどの小さな一反木綿だった。
大きい方の一反木綿が、不安気に娘を見やる。
「ミス一反木綿コンテストって、あの四年に一度開かれる見た目の美しさを競う大会のこと? 出るって言ったって……あなたはまだ一反もない半端な一反木綿じゃないの」
一反、とは布の大きさの単位のことである。
だいたい人間の着物を一着仕立てるのに必要な長さだ。
幅三十六センチ、長さ十二メートル。それが一般的な一反木綿の大きさだった。
「足りなければ、その分、また人間を食べればいいでしょ?」
「そんなこと言って。あと二メートル少しって言ったら、二十人くらい必要じゃない。そんなに一度に食べたらさすがにニュースになっちゃうわ」
一反木綿の主食は人間である。
正確には人間の「髪の毛」なのだが、それを取り込むことで一反木綿は成長していく。
最初は黒いが、日が経つにつれて髪のメラニンが抜けていき、最後は真っ白になる。
そうして木綿の反物のような姿になっていくのだ。
「わたしたちは一年に一人食べればいいくらいなのよ。それなのに、そんなに一度にたくさん食べたら『雲取山で謎の連続登山客失踪事件』って騒ぎになっちゃうわ。それで登山客が減ったらどうするの。ここに住みづらくなるじゃない」
「まあまあ、そこはわたしに考えがあるのよ」
娘のさらさは得意になってふんぞり返る。
「要は髪の毛を食べればいいんでしょ? だったら、人間を丸ごと食べなくてもいいんじゃないの?」
「どういうこと?」
「髪の毛だけを奪えばいいなら、あそこにいけばいいのよ」
「あそこって?」
「あのね、お母さん。この間街に遊びに行ったら、長い髪をした人間が建物の中に入っていって、短い髪になって出てきたのよ。きっとあそこは髪を切るところなんだわ。わたし、あそこに行って髪だけをもらってくる!」
「ええっ? あ。さらさ、ちょっと待ちなさい」
「じゃあお母さん、行ってきまーす!」
一反木綿のさらさは、そう言って街へ飛んでいった。
街では以前見たものとよく似た建物がたくさんあった。赤と青と白の斜めの線がぐるぐると回る看板がある建物。それから、中に鏡と椅子がたくさん並べられている建物。
さらさはそんな建物に正面から入って行き、床に散らばったカラフルな髪を片っ端から食べていった。
「きゃああああ! ば、化け物!!」
「た、助けてええ!」
人間たちが騒いでいるが気にしない。
さらさはシュルシュルと蛇のように身をくねらせながら、人間たちの髪を食べるために建物から建物へとはしごしていった。
「おい、あれを見ろ。龍か?」
「いや、どうやら布みたいだ」
「なんだかよくわからないけど、綺麗だなあ」
空を飛んでいると、地上の人間たちがさらさを見てカシャカシャと音の出る板を向けてくる。
さらさは狙い通りだと思った。
あえて「色のついた」髪の毛だけを食べてきたせいで、体が白一色から、カラフルな模様つきの体へと変化している。
「味は最悪だったけど、まあまあね。これでコンテスト優勝は間違いなしだわ!」
さらさは「虹色」という見た目に満足すると、雲取山へ帰っていった。
――――――――――――
数日後。
鹿児島県のある町で「ミス一反木綿コンテスト」が開かれた。
さらさは母親を伴って、意気揚々とそれに参加していた。
「見てお母さん。みんな普通の白い色よ。その中で虹色なのはわたしだけ! これは優勝確定ね」
「そうかしら……」
不安そうな母親をよそに、さらさはエントリーを済ませた者たちのいる場所へと向かう。
そこにいる者たちはお互いの体をなんとはなしに見比べていた。
「おや、あなたは前回も参加していた一反木綿ですね。いい光沢です。これは高得点をもらえるでしょう」
「あなたこそ、雪のようにケガレのない白ですね。これも高得点をもらえるでしょう」
採点はいかに白く、いかに美しい光沢であるかという部分が良しとされていた。
古い一反木綿ほどそのルールにこだわっていた。
しかし、若い一反木綿たちはそれを快く思っていない。
「白一択なんてつまんなさすぎ。見てよわたしの。人間の血で赤い水玉模様にしてみたの」
「あたしは草木染めしてみたわ。自然派でいいでしょ。人間に気付かれにくいから狩りも楽よ」
若手たちはさらさと同じく、色を足すことを考えついたようだ。
まさかこんなにライバルがいるとは思わなかった。
会場では見なかったが、控えの場所には自分と同じ発想の者たちがいた。さらさはその状況にだんだんと焦ってきた。
「どうしよう。優勝……できるかしら」
ぶおーっとほら貝が鳴り響き、コンテストが始まった。
古参から順に舞台に進み出る。
舞台の前には審査員の一反木綿たちが五匹もいて、それぞれ美しさを十段階評価で採点していた。
(ああ、ドキドキする……)
会場では参加者が出る度に、美しさをたたえる声が上がったり、ため息が漏れたりしている。
そしていよいよ、さらさの番が来た。
「エントリーナンバー二十一番、さらささん、どうぞ!」
さらさは胸を張って舞台の中央へと進み出た。
その瞬間、会場から割れんばかりの歓声が上がる。
「なんだあれは!」
「虹色だわ。なんて素敵なの!」
「あんな一反木綿、いままで見たことがない!」
審査員たちはみな十点を出し、過去最高の得点が叩き出された。
これで優勝、誰もがそう思った時。
最後の一反木綿が舞台に上がった。
「では最後の参加者です、どうぞ。エントリーナンバー二十二番、杏美果さん!」
その一反木綿が現れた時、会場はしんと静まり返った。
雪の降り積もった平原のように、キラキラと輝く白。
だがただの白ではない。あれは――。
「白一色やと思た? 残念。白って二百色あんねん」
審査員たちはみな、さらさの時と同じ十点の札を上げ、滂沱の涙を流した。
「なんと、なんと素晴らしい……っ!」
「これはあれはありとあらゆる人種の髪を、織り上げている……」
「若者ではなく、純粋に年老いた人間の白髪だけだと? ありえん!」
審査員たちの言葉を聞いて、さらさはブルブルと体を震わせた。
「な、なぜ……? あなた、わたしと同じくらい若い一反木綿のはずなのに。どうして!」
さらさの疑問に杏実果は答える。
「うちな、ジェット気流に乗って世界中を旅するのが趣味やねん。でな、行く先々の国で出会った、おじいちゃんおばあちゃんの髪を食べるのが好きやねん。これはうちの、旅の思い出なんや!」
さらさはそれを聞いて、がくりと地面に落下した。
「完敗よ。そんな生き様見せられたら……負けを認めるしかないじゃない。あなたが、あなたがこのコンテストのナンバーワンよ」
同点、しかし圧倒的に違っていたもの。
さらさはそれを認め、杏実果に勝利をゆずった。
かくしてミス一反木綿コンテストは杏実果が一位、さらさが二位、という結果に終わり、歴史的な熱戦が幕を閉じたのだった。
――――――――――――
「お母さん」
「ん、なあにさらさ」
雲取山の頂上で、さらさは母親に問いかける。
「おしゃれって、奥が深いのね」
「ええ。そうね」
「追求するとどこまでも果てのないものなんだ、って思ったわ。わたし、もっと勉強しなきゃ」
「うんうん……。え、勉強?」
なんとなく流してしまいそうだった母親がはたと立ち止まる。
「さらさ、勉強ってどういうこと?」
「だから~、わたしあの杏実果さんと同じように世界中を見てこようかなって思って」
「え? あなた何言って……」
「ってことで、お母さん、行ってきまーす!」
「ちょっと、さらさ!!」
ふわふわと、さらさは空高く昇っていく。
目指すは高度七千メートル以上。ジェット気流が待つその場所へ。
虹色の一反木綿が、高く高く吸い込まれていった。
了