8話
急に日常の視点が低下する。普段より倍は小さくなっただろうか。動かなくなったものの代わりに先生が足となる。自身で自由に行けない弱さ、人間の脆さを憎んでも元の形に戻るなんてことはなかった。だが忘れかけていた感覚が引き寄せられる。幼い頃の記憶、おぶってくれた大きな人物。それを確かに覚えている。二度と再会することの許されない人物との想い出を。
病が良くなったら何をしたいか、という問いかけ。正直なところ何も思いつかない。考えていなかったというのもあるだろうが、先のことは伸ばしてばかりいた。背けば安楽はやって来ないと暗示をかけていたから。
「何もいらない。ううん、先生が傍にいてくれたらいい」
「そんなことで良いのかい。僕には何でも叶えることのできる万能の力がある。それを使えば君の願いは……」
魔法を使えば大抵の願いを叶えることはできる。望めば永遠に生きることも可能とするものだ。しかし、同時に不遇なものである。多くのものを見放しながら零していく。一人で拭うことのできない苦しみを背負い、滅びゆく世界を眺めていく。耐えることが不可能なものは不要だ。小さなものだけで十分なのだから。
背中に身を寄せ、胸の内に宿る想いを確かなものにしていく。逃げるのではなく、前に進むために拒むのだ。与えられたものを全うし、未来へ繋げていく。
「何も言わないで。私は魔法になんて頼りたくないの。人間として生きていたのだから、人間として在るのは当たり前のこと。私はそれだけを言っているの。他は何も…………」
「それなら、僕も努力してみるよ。そんな選択肢もあったのか。恩恵を与えているというものではなく、貰ったものを返すという考えなら当てはまるか」
彼から渡されたもの、それらを返していきたいのだ。魔法を与えられたのではないなら、貰う必要もない。
「私には手に余ることは手にしない。むしろ、必要ないとまで思っている」
「そう思ってくれていたのなら、僕もできる限り努力する。僕だって魔法に頼ることなくできるんだから」と引き攣った笑みが見えた。わずかに肩に力が入り、震わせている。何とも簡単な反応なことだろう。今更、気づかないふりをする気はない。
「そう言って誤魔化して、わかっているんだから」
そんな意地悪を口にしてみた。
また彼の表情が険しくなる。どうして知っているのかと言わないばかりの疑問、全てを理解されているという自覚は芽生えていなかったようだ。最終的に辿り着いた答え。本当、遠回りし過ぎた目的地であった。
「君にはお見通しってことか。全く、参ったなあ……」
「ふふん、先生のことは何でもわかる。何を隠そうとしているのかも。言い訳は無用だよ」
「そこを何も言わないのか……意地悪なものになったなあ」
二つの笑い声が道全体に響き渡る。互いの成長を感じ取り、未来への希望を抱く。一方的なもので果てしなく続いていくもの。私は先生と共に行くことができない。その現実が憎らしく思えた。