7話
出会いから一年が経過した頃のこと。目が覚めると全身に痛みが襲いかかった。積み重ねてきた病が形を持って現れ、私を蝕む。受諾することしかできない弱さ、自身の不幸さを嘆く。この世界は最初から狂っていた。人類を滅ぼそうとする物質が極端に増幅し、人々を窮地に追いやる。這い上がることができた者はおらず、屍と化して空へと還る。大人になれる人なんて少数だ。子どもと大人の狭間、中途半端なところに立たされたままこの生を終える。発展を望んだ人間が生み出した産物であるのだから当然の報いであるだろう。
その事実を他から来た者に話そうとは思えなかった。知ってしまえば人々の禁忌に触れることになる。私だけ助かることがあってはならないのだ。大丈夫、と何度も言い聞かせるものの実際は不安ばかり。この先何が起こるのかわからず、現実を突きつけられた小さな体は大きく震えていた。上の空で見上げると光と共に白い花びらが降り、寒さで一層体を震わせる。引き込まれるような闇夜を見つめながら、ここにはいない人たちに想いを寄せた。刹那、目眩がして体は先生の方に傾いた。
「君はもう……これだけはどうしようのないもの。僕の力さえも受け付けることのできない。見守ることしか」
柄にもなく彼が優しい。初めての感覚に安らぎを覚えていた。
痛みを知らない魔法使いとは違い、衰弱していく身体。何よりも彼といられなくなることが恐ろしく、わがままなんて言ってみた。ああ、まだ心残りがあるなんて覚悟が足りなかった。先生は我儘を了承し、ゆっくりと二人の速さで共に歩みを進めた。
「海に行きたい。広大な世界を見てみたい。どこまでも続いているものを」
ずっと陸地だっだからこそ憧れたもの。長年秘めていたものを言葉にした。見つめた先には先生の顔がある。それはとても素晴らしいこと、手離したくないと望んだ。
「連れて行ってあげるから行こう。光のある場所へ、君が知る世界の向こう側へ」
静かに踏み出す一歩。それさえも命を削る感覚に襲われる。この痛みは消えることはない。いつまでもまとわりつき、出会いの時よりもこの道に悲しみを増やしていくのだろう。ありふれた優しさが今まで以上に形を持っていた。
だがそのような愛でも打ち破れないものがあった。道の途中で立ち止まる。蝕むものを憎みつつ、私はそこで止まらされる。二つあった足跡が途切れていく。一人だけ残り、誰にも見つからないまま暗闇の中に佇む。
「私はこのまま消えるのかな……あと少しで」
あと一週間程、私の命はそのくらいの灯火しかない。始まりの終わり。生まれた時なんて、生活をしていた場を離れることなど考えもしなかった。メアリという人間は何を残すことができるのだろうか。これからを生きる者、置いていかれる彼に対して。また、この真実を垣間見た人物にも。
人を助けることができるような活動力はない。 だから、私は夢に見る。大切な人、守りたい人々を思い浮かべながら。それらに目を向けてみる。
「私は守られていた。この身が朽ち果てたとしても守りたいものがある」
知られることのないものは静かに溶けていく。愛おしい人の瞳を映して眠りへとつく。何度目かの恐怖を拭いながらも朝が来るのを待ち続けた。