4話
メアリの家に戻り、師匠の小言を聞かされた。無茶なことをするな、と何度も口にするものだから言い返してみた。それをメアリが笑みを浮かべながら、こちらを見ていた。
「二人って仲がいいですね。本当の家族じゃないと言っていましたが、どうやって出会ったのですか?」と問いかけられる。場違いの質問に戸惑いを覚え、思考が停止してしまった。意外なことにローレンの口が先に開いた。
「僕がリアを引き取った。理由までは言わなくてもいいだろう」
ありふれた答えではなかったものの、驚きを示すメアリの姿に感慨を覚えた。真実でないのならすぐに否定していたものの、否定をする者はいなかった。
本当のことであるのか、と次は私に声をかけた。返事は変わらない。自我が崩壊しかけていた人物を助け、最悪な環境から連れ出してくれたのがローレンであった。
「うん。孤児院の中にいた私を連れ出してくれたの。私の両親は生まれた時からいなかったから、師匠が全てを教えてくれたようなものかな」
照れ笑いを浮かべながら、師匠へ対する感謝の意を伝えた。
メアリは立場を逆に捉えていたらしい。
「ローレンさんはもっと奥手だと決めつけていました。リアがついて行きたい、と言い出すイメージの方が強いので」
「そんなことないよ。私の方が気弱いし、ずっと助けられてばかりだよ。私は全然駄目……」
弱気になり、目線を下げる。何がそうさせているのかまで詮索はしてこない。そんな彼女の優しさが今は怖かった。
出会った時に抱いていた既視感が拭うことができず、メアリと自分を重ねてみる。だが彼女の方がずっと上だった。私が持ち合わせていない何かがメアリの中にはあるようだった。
「でも、ここまで来たんですよね。ローレンとあなたで。その今があるならいいと思います」
そう、この関係が一変しないのなら最良のことではないのだろうか。小さな魔法使いにはどうすることもできない。小さく息を吸い、繰り返されながらも進んでいる光景を凝視した。
急にメアリの表情が重くなり、手を当てて目元を隠した。そんな彼女の姿に胸を痛める。手の隙間から大粒の涙が見え、その場だけの感情でないのは理解できた。
「なんでもない……とは言えないかぁ。先生のことを思い出して。あの人と私も似たような仲だったなと思って」
知り合いに似ているのなら当然の反応だ。同じ立場であれば同様のことをしていたはずだ。
メアリの声に師匠の反応が悪くなる。そうさせている理由は何となく理解できる。誰かの生死に関わることに対しては弱気な彼らしい。その重みを知っているからこその発言であった。
「その言い方だと君の大切な人は……」
「ここにはいないです。きっと、どこかで旅をしているんだと思います。彼は旅人だったのだから」とローレンから目を逸らす。先生は果てしない旅へ出た。行先も知らさていないらしい。先生を知る者、彼のことを覚えている人物もいないだろう。だからこそ夢に見た。先生という人物とのたわいのない日常を。叱責の言葉が背後に伝わる。目を開けることすらままならない。足は震え、メアリと出会った時の弱さを連れ出していた。
「どこかで会え……じゃなくて、彼は戻って来ると思う。彼がずっと隣にいたのは、メアリが大切な存在だったんでしょう」
「……そうだろうね。きっと、彼は──────────」
気ままな旅人からすれば、ありふれた言葉さえも上手く口にすることは厳しいようだった。
人々が眠った後、ある場所ヘと導かれた。少女が眠る場所へと足を踏み入れる。質素な空間を見渡し、しまいにはメアリの顔を眺めていた。相手の表情は平穏で安らかなものが浮上する。その中に残されているものに目をやる。写真、幼き日の想い出と一冊の日記があった。それらに手を伸ばし、メアリの過去に触れた。