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星の旅路  作者: 望月 紫桜
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3話

 朝五時、普段より早く目が覚めた。部屋のカーテンを開け、煌めく光を目にする。いつもと変わりない、変哲のないものに安堵した。ここは確かに生きている。どのような過酷な世界であったとしても陽は昇ってくる。そんな当たり前のことを痛感させられた。

 朝食も取り、暇を持て余す。師匠は情報を集めてくると言ったきり何処かへ行ってしまった。師匠の説教など受けたくないのだから都合が良い。

「ねえ、一緒に外に出ない?」と痩せ細った手を取る。きょとんとしながらも密かに微笑む少女の姿は印象に残った。メアリが初めて心の底から笑ってくれたのだから。その顔をずっと見ていたい。彼女の姿を守りたい。メアリの方が年上であるはずなのに老婆心までも生まれていた。村の中はつまらない。人の影もなく、突起したものもないのなら村から離れれば良い。他所へ行けば退屈な気持ちだって消え去ってしまう。世界の美しさ、ここで生きる喜びをメアリにも知って欲しい。師匠から与えられたものを共有すれば、メアリの人生も変わるだろうか。この世界を歩む私のように。

 廃れた通りを駆け抜け、新しい一歩を踏み出す。しかし、その先にあったものは絶望。そこには何もなく、暗闇の世界であった。冷や汗が頬を伝い、喉まで出かかっていた不安の言葉を呑み込む。メアリと出会った場所も、その先にあったであろう隣町も消されていた。何度も目を疑うものの目の前の光景は変化しない。空白の世界は人間を嘲笑っていた。

「私はここから出ることができないみたいです。昨日は出られたけれどこれからはもう……」

そんなメアリの言葉が脳裏から離れなかった。

 過去、未来はない。どこまでが本当の世界なのか、虚構の世界なのかも判断がつかない。何に導かれてここまで来たのだろう。静かに思い巡らせるが思いつきもしない。ああ、この世界は初めから────────小さく真実を述べる。何も伝わっていない娘は目に見える恐怖に怯えていた。

 独りの幼い娘はここにいた。

 どこに行くこともなく、自分自身がかけた罪を背負いながら。

 二人の意見が一致し、メアリの家へと戻ることにした。彼女の白い手が私から離れることはない。強く、離れないようにと繋がれたものは震えながら怯えていた。

「リアはどこにも行かないですよね?」とメアリが聞いてきた。そのような弱気な発言は旅をしてから久しく耳にした。そうなるのも無理はない。それでも優しい言葉をかける勇気は出ず、手を離して先々と行ってしまった背中を見送った。

 あの出来事を機にメアリが部屋から足を踏み出す様子はなかった。最低限度の生活は支えてあげようと試み、食事を提供してみるものの変化はない。日を費やすごとに不安は増していくばかり。旅の予定は狂い始め、立て直す余裕も見出せないでいた。

 寝ても醒めてもメアリのことが頭から離れなかった。私の行動が間違っていたのだろうか。少女が苦しみ、荒れ狂うのなら出会わなければ良かった。そう何度も考え込む。師匠だけは心弱い考えに至っていないようで、大丈夫の一点張りであった。気がないとも言えるだろうが、彼の冷静沈着さがやけに辛く映る。それでも未来に絶望する者を放ってはおけなかった。自身の無力さを把握しながらも。

 無力であるからと言って何も行動に移さなかったわけではない。ある魔法を身につけた。あの日と寸分狂わないものを再現したい、という想いから生まれたもの。師匠から教えてもらったものであり、リア自身が編み出したもの。それらを形あるものとして留めようとしていた。

 花の香りのする風に連れられて歩みを進めた。家の外へ踏み出した娘の手を取り、村の端へと行く。場所がなくなったというのなら現実として出してみよう。魔法は無理難題でも解決してしまう。自慢ではない、彼女の夢を形にしてあげるのだ。世界に憧れた一人の少女の夢を。

 ゆっくりと時間が流れていく。幻の世界を目にした少女の時間、凍りついたものが雪解けを迎えようとしていた。

「これは、あの時と同じ。もう見られないと思っていました」

「うん、私たちが出会った場所。外の世界に出られないのなら私が創ればいいの。とは言っても幻に過ぎないけれどね。すぐに消えてしまうから」と花を摘み取り空へと還す。光となって消えてしまったものは跡形もなく、存在していたのかも曖昧になっていた。贋作物は本物になることができない。そんなことを表現しているようにも思える。本当、ガラクタのものは簡単に崩れてしまう。形あるもの、生き物も。後になって自身の過ちを責めていた。

 措い私とは反対にメアリは肯定的になっていた。恐ろしく前向きで走り回ろうとしている。振り返る姿が痛ましい。彼女を目に入れることすらままならなかった。

「いい、これでいいのです。あれはなかったような気がするのですが」

草木が茂る森を指差す。森を抜けた先には広大な空が広がっていた。下を向けば奈落の底がある。その先が見えることはなく、目に映る最悪の事態に恐怖した。これは魔法で創造したものであるのだろうか。メアリと出会った時に目にした記憶はなく、不明瞭に反応を示して遠ざけようとした。

「私、これは何も知らない……ない方が良かったよね。ごめんなさい」

「そんなに落ち込まなくて大丈夫です。私のためにしてくれたことなんですよね? ありがとうございます」

メアリが魔法使いの手を取る。メアリの手は震え、本音を表に現す。未知の世界に踏み出す剛勇さが出ないのはわかる。だが涙するまでなのだろうか。考え込んでみるものの、答えは見つけることができない。いや、初めから用意されていなかったか。二人を照らす未来は。

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