1話
小鳥の囀る声、辺り一面に草花広がってる。顔を上げると、雲ひとつない青空があった。私は耳を澄まし、瞳孔に穏やかな風景を映し出した。旅仲間である男性に目を向けると、静寂を保ったまま目の前にある光景を見つめていた。
「ここはどこだろうね。見たことのない場所だけれど」と男性は口にする。その意味がわからないまま、私はこの光景に目を奪われていた。
茜色の花と新緑の草が揺れている。暖かい風が吹き、今まで見てきた場所とは異なっていた。私はその光景に大盛り上がり。お花を摘んで何処かに住む町娘みたくなっていた。だが、いつかは旅の一興も終わりを迎える。長い末に死期を迎えたと言わないばかりに花たちは枯れていった。煤黒くなったものを見つめながら静かに息を吐き出す。
「本当、ここはどこなのでしょうか」
風に舞う残骸を送り、平静を装いながら呟いた。
広大な世界の中に一つの影が現れた。まだ鮮明ではなかったが、人の姿がなかったところに出現しているようだった。男性は吸い込まれるかのようにその場所との距離を詰める。小さな影が動く様子はなく居座っていた。先々と行ってしまった背中を追いかけながら見えぬ結末に不安を抱いた。
少女はたった一人で薬草を摘んでいた。付近にいたことに気がついたのか、少女はこちらの方を向きながら一礼する。私も白い帽子を取った後に返した。それと同時に胸を刺す風が吹いた。
ローレンは慣れた様子で少女に声をかけた。寒風が身に染み、背筋を凍らせる。積極的な彼とは異なり稚く見つめた。
「僕は旅の者なんだ。近くに泊まることができる街を知らないかい?」
ここへ来る前にいた街もこの手で見つけた。これが現実のものであるのなら、もといた場所に戻れるはずだ。
「ありますよ。十分程歩くと私が住む村に行くことができます。よろしければ案内しましょうか?」と腰を浮かせる彼女も動揺することなく凛としていた。
何か物足りない笑みを浮かべながら白銀の少女は口にする。奇妙なことに、その光景に言いようのない非現実さを覚えた。身につけているものを背負い直し、彼女に似た笑みを浮かべる。また後ろが重い。嫌な予感は次第に大きくなり、私に覆い被さる。幼い身体には耐え難い、苦しい責任と後悔が渦巻いていた。
「ありがとう。僕はローレンで、この娘は弟子のリア。君の名前は?」
「私はメアリです。よろしくお願いします、ローレンさんにリアさん」とメアリは儚げな表情を浮かべながら握手を求めてきた。手を出すことなく口を噤んでいた私の代わりに師匠がメアリの手を取った。ローレンと出会ってから、旅を始めてから数多くの事情を垣間見てきた。それでも弱気なものが表立っていた。
三人揃って歩み出す。初対面ではあるものの、足取りは同じものであった。長い時間共にいたような感覚に陥り、心地良い温かさが包み込む。戸惑いながらも笑い合う光景に目を向けながら密かな想いを抱いた。
「お二人はどうしてこんな辺鄙な場所に来たのですか? 旅をするなら、もっと過ごしやすい街や村はあると思うのですが」
「いやあ、実は迷っていたんだ。こんな場所に着くなんて思ってもなかった」
「師匠が地図を見ずに歩くからです! 私には任せていれば、今頃は目的地に着いていたはずです」
「それは何も言い返せないな……」と普段と変わらないやり取りをする。旅でのトラブルは当たり前、口論をしたことも何度かあった。
お二人は仲が良いですね、とメアリは場に似合わない言葉を小さく呟いた。師匠と弟子。私たちの姿を物悲しそうに、羨ましそうに眺める少女が一人。それがメアリであった。
「どうしたんだい? 物珍しいものを見たような目をして」
彼女はそのような関係は短かったから、とだけ答え私たちを見つめ直した。こちらから見ればメアリの方が不思議な存在に思えて仕方がない。真相を知るのは恐ろしく、聞き出す勇気は出なかった。幸せまでとは言わなくとも、楽しそうに笑みを浮かべるメアリに声をかけることはできない。師匠へ目を向けると冷淡に佇んでいた。