キリルと星屑の滝
流れ星は金平糖
流れ星は花の雨
流れ星は魚たち
流れ星は歌の色
小さなキリルは歌いながら、真っ白な丘をひとりで登ってゆきました。今日はとっても晴れていて、お空に散らばるお星様のおしゃべりさえも聞こえそう。
キリルの靴は内側にふわふわの毛が貼ってあります。キシキシと雪を踏みしめても、ズボッと雪溜まりに踏み込んでも、ちゃあんと暖かいのです。
キリルはお星様を呼ぶのです。ここ星呼びの丘にお星様がたがやってくると、麓の村に色んな幸せが降り注ぐのでした。村の人々はキリルの呼ぶお星様を、星屑の滝と呼んでおりました。
流れ星は笑い声
流れ星は光る風
流れ星は海の道
流れ星は走る炎
キリルは静かに歌いました。お気に入りのマントは銀色で、フードには毛皮が付いておりました。かすかな夜風がふかふかの銀霜狐の長い毛を、キリルの顔を囲んで踊らせているのでありました。
キリルの歌は、小さなお口から真っ白くお空へと登ってゆきました。お空のお星様がたは、キリルの歌が大好きでした。歌を受け取ったら、お礼をするために地上へと降りていらっしゃるのです。
キリル、ケーキというものを食べてみたいわ。
キリル、キラキラの宝石がついたドレスを着てみたいわ。
キリル、夜空のように輝く黒馬に乗りたいな
キリル、月夜の森で夢幻の踊りをしてみたいよ
キリル、お腹いっぱい食べたいんだ
キリル、風より速く走りたい
キリル、お金持ちにして欲しい
キリル、キリル、キリル
村の人々は、キリルにいろんなお願いごとを託しました。けれども、キリルには叶えてあげることができません。なぜならお星様がたのお礼は、何がいただけるのかまるで分からないからなのでした。
人々は次第にキリルを悪く言うようになりました。願い事がひとつも叶わないからです。
キリルは、役に立たない
キリルは、嘘つきだ
キリルは、歌ばかりの怠け者だ
キリルは、子供のくせに夜出歩く
キリルは、悪い子供だ
キリルは、嫌な子供だ
キリルは、キリルは、キリルは
キリルはそれでもお星様を呼ぶのでした。晴れた夜には雪の丘に登って。
この丘はいつでも雪が積もっております。麓の村が春の野花で溢れていても。夏の陽射しに輝いていても。秋の果実が香っていても。来る日も来る夜も真っ白い雪に覆われたまま。
星屑の滝はいろんな幸せを運んでくださいます。それでも望みが叶わなかった村人たちは、キリルを恨んで言うのでした。
キリルの我がまま
キリルの意地悪
キリルの身勝手
キリルの威張りんぼ
キリルの、キリルの、キリルの
キリルは悲しくなりました。キリルは大好きなお爺さんに教えていただいた、懐かしいお歌を歌っているだけなのです。お星様を呼ぶ素敵なお歌ですのに。ただ来ていただくだけのお歌ですのに。人々は分かってくれません。
流れ星は私の命
流れ星はあなたの瞳
流れ星はその人のあした
流れ星を見たものはだれ
キリルの歌は続きます。歌の節はゆったりと夜空に漂いました。
流れ星はどこへゆく
流れ星はいまここに
流れ星はきのうの彼方
流れ星は降り注ぐ
お星様がたは、キリルのお歌を受け取って、いっそう美しく輝きました。そうして地上に降りていらっしゃるのです。
キリルよキリル
私たちの歌をありがとう
あなたの村にしあわせを
星屑の滝となったお星様がたがさざめきます。キリルは嬉しくなって、また歌うのでした。
流れ星は銀の音
流れ星は幸せの鳥
流れ星は遠い森
流れ星は幻の城
丘の雪にはキリルの足跡が一筋ついておりました。
そうだ、丘を越えてゆこう
丘の向こうに何がある?
人は住んでいるのだろうか。
流れ星を喜ぶだろうか。
キリルは歌いながら歩いてゆきました。丘の向こうは森でした。森の木々は綿帽子を被っておりました。しばらく進むと村がありました。
おいで寒かったろう
おいでどこからきたの
おいでスープをおあがり
優しい村人たちに迎えられ、キリルはこちらの村に住むことにしました。キリルが住んでいる間、星屑の滝はこちの村に降り注ぎました。
キリル、なんだか暖かいね
キリル、君がしたのかい
キリル、おそろしい子供だね
キリル、悪いが出ていってくれ
キリル、キリル、キリル
こちらの村に住む人々は、不思議なことが怖いのでした。キリルは悲しかったけれど、仕方がないので村を出ました。
雪の森は深く、やがて吹雪になりました。前は全く見えません。キリルは丘のほうへと戻っていたはずですが、片手を前に出せば凍りついた木の枝に触れるのです。なかなか森を出られません。
キリルが歌うと氷の欠片が口に入って参ります。星は全く見えませんから、歌で呼ぶことも出来ません。それでもキリルは幸せのため、星を呼びたいと思いました。
大好きなお爺さんは、ただ人々のしあわせを願っていたのです。お爺さんは、そのまたお爺さんに星を呼ぶ歌を教わりました。そのまたお爺さんは、さらにそのまたお爺さんに。
しあわせを
しあわせを
すべての人に
しあわせを
流れ星は暖炉の火
流れ星は春の山
流れ星は青霜狐の毛
流れ星は暖かい
キリルはやみくもに進みました。止まると凍えてしまいそう。吹雪は強まり、とうとう口が開けられなくなりました。キリルは目を細めて手で周囲を探りながら歩きます。
やっと吹雪が止んだ時、辺りはすっかり夜でした。澄み渡る星空の真ん中で、細い細いお月様が休んでおられるのが見えました。
キリルは平らな雪野原に立っていました。キリルに家はありません。村はずれの木の下で、以前はお爺さんと暮らしておりました。お爺さんもいまはもうおりません。キリルはひとりぼっちです。
流れ星は金の船
流れ星は銀の羽
流れ星はささやいて
流れ星は走り去る
キリルは夜空に呼びかけます。
この辺りに村はなく、今は動物の姿も見えません。キリルの柔らかな歌だけが、白い平野を渡ってゆきます。
やがて星屑の滝が藍色のお空から落ちて参りました。さやさやと爽やかな音をたてて、お星様がたはおいでになったのです。
お星様は地上につくと、雪をすっかり溶かしてしまいました。それから緑の草が伸びました。草は月の光を浴びて銀のお化粧をいたしました。すると次々に蕾が膨らみ、先程までの白い野原は色とりどりのお花でおおいつくされました。
ぼくは花より雪がすきだな
キリルはちょっびり、村人たちの気持ちがわかるような気がいたしました。
だけどお星様ありがとう
キリルの心に温かな火がともります。晴れた夜にはまた星を呼ぼうと思うのでありました。何があっても、誰といても、どこであっても。
キリルはもう、あの丘には戻りません。丘の麓にある村にも行きません。キリルはずっと歩いてゆきます。いつかどこかで、星を纏った花嫁と出会ったら、こんどはふたりで歩いてゆくことでしょう。
お読み下さりありがとうございます