プロローグ
最近は虫の声もすこし秋めいてきたものに変わってきた。日差しの鋭さも丸くなり、実りの秋がすぐそこまで来ている。
過ごしやすくなってきたな、と思いながらユーナは太陽が昇るとすぐに釣りに出掛けていった。狙いは産卵をしに川を上ってくる黄鮭。干物にして冬に備えるのもよし。卵や肉も街まで出ればすぐに売れる。涼しくなり始めたこのタイミングでがっつり捕まえるのが、最近の彼女のミッションである。
師匠と住んでいるこの山小屋からちょっと下った先に広い河原が広がっている。そこには干し台も置いてあるし、雨風をしのげる東屋もある。
夏場はそこで町の住人も水浴びをしたりもしていた。この山の浅いところは比較的弱い魔物しかいないが、それでも居なくはない。
そんな魔物がたまに河原に来たりもするが、万が一接近されても気が付きやすい。Eクラス冒険者のユーナは安全と安定を求めているのだ。なので比較的安全なこの河原での釣りにユーナは安心して取り組んでいた。
「そろそろ、コートも擦り切れてきたし、雷鏃も買わないとな~。」
そのためにも、今日は午前のうちに後5匹は釣りたい。午後には師匠と近くの街のトリスへ行くため、それまでにどこまで下処理ができるかで今年のユーナの冬越のグレードがおおまかに決まってしまう。
師匠と違い、まだEランクの冒険者では冬の仕事は町まで下りての雪下ろしか薪拾い程度しかできない。ユーナでも狩れる唯一の魔物の木人も冬場は冬眠してしまう。
それでも紫目雉なら冬場でも狩れるし、魔物でもないので食べてもおいしい。ただ、比較的得意な細剣では狩れず、ちょっと苦手な弓でしか狩れない。弓が苦手なユーナは多少外れても衝撃で痺れさせることのできる雷鏃は必需品ではあるが消耗品でもある。ある程度は確保しておきたいのだ。
料理が苦手な師匠の胃袋はすでに掴んでいるとはいえ、材料がなければ意味がない。
「雪で籠ることが多くなる冬、、、今年こそ既成事実を、、、!」
可愛がってはもらっているが、どうにもこうにも師匠はユーナに親愛しか向けてくれない。でもユーナも17歳。街では子供がいてもおかしくはない年なのだ。
ユーナの恋心は8歳の時に住んでいた村が魔物に襲われて壊滅し、その時に一緒に師匠が連れて逃げてくれた時に決定的になった。
村の襲撃の時、ユーナは薬草を集めに山のほうへ上っていた。
一通り集めて、そろそろ帰ろうかと思って顔を上げたら、村のほうからいくつもの煙が上がっていた。どう考えても異常事態。ユーナは走って戻ろうとしたら、急に森が燃え始めた。
そんな中、たまたまなのかもしれないが、運命的に彼はユーナを見つけてくれた。ユーナも必死だったからか、足をくじいてしまっていた。
そして、初めてのお姫様抱っこ。燃え盛る火炎の中、彼は身を挺してかばってくれた。場違いにもかっこよすぎて見惚れてしまった。
前々から目をつけていたし、知っていたけど再確認。
やっぱりかっこいい。好き。
彼女はその時にはっきりと恋心を自覚した。
結局、村はほんの数人を残して壊滅。
みんなバラバラになっていく中、最年少のユーナは彼についていった。
そのあと、彼は才能のあった魔術を生かして冒険者へ。
最初は色々と大変だった。けど、彼は村にいたころから小さな火の精霊“ギラ”と契約を結んでいた。得意の火魔術だけでなく、森の中でも使いやすい風魔術や水魔術、土魔法術身に着けていったのは、彼が努力のヒトだったから。
冒険者2年目の時、彼は事故で足を悪くしてしまった。その時、ユーナは自分も冒険者になることを決意した。トーマは少し、、いやかなり心配をしていた。しかし、ユーナはいつまでも守ってほしいとは思えなかった。
いつかは彼と並べることを願って、彼を師匠と呼び少しでも力になれるように彼女も彼の脇で努力を重ねていった。
今では師匠はこの街の近辺で出会うような魔物なら楽に狩れるし、魔札の作成もお手の物。魔札は魔道具と違って使い切りだけど、携帯性に優れているから冒険者ギルドが定期的に納品の募集をかける。
つまり、甲斐性もばっちり。
もっとも、それが常に鍛錬を重ねた、努力の結果であることはユーナが誰よりも知っている。だから、街ではちょっと人気な師匠を誰にも渡すつもりはない。
「村の襲撃の時に死んじゃったお父さん、お母さん、私、師匠と幸せになります!」
今日もユーナは、寒い冬に向け密かに熱く燃えていた。
これは恋に燃えてるちょっと芋な女の子がプロローグとなる物語。
見つけていただき、ありがとうございます。
これより本編の開始となります。
次回嘘予告
記憶を失った師匠にユーナは一か八かの賭けに出る。
第1章 第2話 「右斜め後ろ45度からの襲撃」
頭をたたいても記憶は戻らないことを君は思い知る。