エピローグ
概念空間から屋敷に戻ったクリトはそのままグリーラムの衛兵に連行された。
万能の魔女というアンタッチャブルな屋敷が突然の大崩壊。町から離れた山の上とは言え、その重要度から各地からのいわゆる“草”による監視はされていたのだ。
爆破された様子もなく、まるで巨大な何かに飲み込まれたかのような様相の破壊跡。微妙に魔力の余波はあるが、その術式としての痕跡は、まるで違う言語で結ばれたかの様に解析不能。
万能の魔女の実験が失敗したのか、それとも暗殺が行われたのか。憶測が飛び交う中で慎重な捜査がされていた。
8回目の太陽も高く登り、何もわからない事がわかったと報告をまとめようかとしているその最中に、なにもない空中からポンとはじき出されたかのように現れた二人組。枯草色のローブを被った割としっかりした体躯の男と町娘のような恰好であるが変わった形の剣を持つ女。衛兵に囲まれ槍を突きつけれても少しも動揺をみせずに、領主ザムザへの目通りを望み、攻撃さえしなれけば反撃はしないとの言を吐き、そしてチエの縁者を名乗った。
その後、周辺の警戒に駆り出されていた冒険者等による面通しとクリトの冒険者カードによって身元を確認。だが、どのような説得にも表情を一切変えずに決して武器を手放さない女もいたため、折衷案として既に一流の冒険者として名を馳せているクリトは武具と魔道具一式を衛兵に預け、女は付き添いと言う事で帯剣を許可。二人とも簡易錠による拘束と護送馬車による連行となった。
「クリト殿の腕をもってすれば、このような拘束を振り切るなど容易であることは先刻承知ではあるが、“草”共の手前、爵位を持たない重要参考人を安易な扱いをする訳にはいかん。悪いが少しこのままで付き合ってもらうぞ。」
「問題ない。状況からみても仕方ないさ。俺はチエと違って貴族の振る舞いはわからないしな。婚約祝いの料理並みに特別な扱いをしてもらっている自覚はあるさ。
なに、この手紙をザムザ様と奥方様に渡してくれて、軽く飯が食えればそれでいい。」
領主の館に着き、門の脇の衛兵の大部屋に見張り込みで待機かと思っていると、荷ほどきの最中にすぐに使いの者が来た。
「クリト様。サナ様。ザムザ様とパトリシア様がお目通りの許可をなさいました。
通例であれば家令の対応となりますが、御館様が特別に懇意にされておりました万能の魔女の代理とのことでの特例となります。
くれぐれも失礼のないように、お気をつけください。」
あっさりと拝謁となったクリトは、予めチエより仕込まれていた口上を述べる。
空間魔術の転移に挑戦し、制御に失敗をしたこと。
その結果チエはケガを負ってしまい戻ってこれなくなったこと。
クリトとサナはチエの縁者であること。
その二人の保護と商会への連絡を願いたいこと。
最後に騒がせた事の詫びと手間の対価について。
「なるほど。確かに魔女殿からの手紙と内容が一致する。クリト殿とサナ殿では商会に対しては信用が足りないため、領主であり、懇意にしていた私の名を借りたいと。その対価が、、」
「あぁ。この指輪型魔道具になります。
容量もおよそ樽一つ分程度で使用者認証もないが代わりに重量無効化、使用の有無に関わらず出し入れ時以外には魔力を使わぬ非常に勝手のいい魔道具だ、、、です。」
案内をしてくれた侍女長はクリトの怪しい敬語に眉を顰めているが、ザムザは顔色を変えずに対応を続ける。
「私が知る限りでは、ハイクラスの収納魔道具でも指輪型なら収納量は剣一振り程度の物。さすが魔女が対価として出す逸品だな。不満はない。
魔女にはトリシャも世話になったし、商会への連絡は私が対応しよう。
マイラよ、二人の仔細は任せた。」
そう侍女長に告げるとザムザは立ち上がり、執務室へでも向かうのか、部屋から出て行った。
「ザムは最近忙しくて。貴方方を蔑ろにしてるわけじゃ無いの。でも、きっと悪い様にはしないわ。」
パトリシアは貴族らしく、柔かに話出す。
「ただね。クリトさんに一つお願いがあるのよ。
商会は多分、チエが私とお茶を交わすほどに仲良かった事を知らないと思うの。
だから、クリトさんから商会へ、チエがグリーラム家を頼ったって伝えて欲しいのよ。」
「、、、わかった、りました。つまり、領主様以外の伝手から、商会へ言付ければいいでしょうか。それでよければパスタのついでに卵を煮る程度の手間なのでまるで問題ないです。」
「ありがとう。それから、サナさんは国外の方よね。よければ、私のメダルをお貸し致しますわ。有れば関所などで問題になりにくいかと思いますの。」
クリトは、パトリシアの有能さに内心舌を巻く。貴族らしく頭を下げずに平民に謝意を伝え、商会に対してはチエのピンチに頼られた事で確実にこの公爵家への価値を認めさせ、おまけに商会とチエの公爵家以外のルートを確認する。さらにサナに公爵家ではなく、あくまで私的な援助である事を強調するメダルを渡す。このメダルを受領持っている程度のことでは、公爵家の庇護を得ているとは言えない。だが整った顔の旅する平民には、辺境の有象無象を退けるには十分な威力だ。絶妙なバランスで最小のリスクで最大の恩をクリト達に与えて来た。
クリトは“こりゃ、ばあちゃんも気に入っていた訳だ”と、納得をしていた。
商会への繋ぎがとれて、容疑が晴れるまでの10日ほど公爵家での拘束、、と言うより食客扱いを経て、クリトは再びチエの屋敷に戻って来ていた。
もう領軍も引き上げている。
チエには法的に家族はいない。なので財産の相続人は居ない。クリトも法律的には他人のままだ。だから、ここにあった様々なモノは基本的にはグリーラム領への寄付となる。目録にあるモノは商会への譲渡となる。一部希少なモノはグリーラム家や王家へ寄進されたことになるらしい。
なので、そこには瓦礫しか残されていなかった。極々一部だけ、万能の魔女を相棒としていたクリトの明らかな私物や共有していたと言い張れるモノのみクリトの手元に帰ってきていた。
「わかってたけど、寂しいもんだな。ばあちゃんとの思い出の品もほとんど無くなった。極大化されたドーナツの穴みたいに、なんか、、、」
少しだけ、涼しくなった風がふく。
覚悟も納得もしていた。
だけど、それでもクリトが家族と過ごした場所は少し感傷的にした。
「シチュー、、美味かったよな。」
それから、玄関のあったあたりに座り、暫くの間、空を見上げていた。
夕日が傾いてきた頃、やっとクリトげ立ち上がりサナに顔を向ける。
「悪い、待たせた。もう、大丈夫だ。サナ、チセ、行こうか。」
チエからクリトへの最後の課題。
それは、ホムンクルスと情報端末に名前をつける事だった。
草薙の剣にしろ情報端末にしろ、異世界の既存概念。
その名前のままだと、存在の固定化をしてしまうらしい。なので、代わりの名前を二人に与えた。
<うむ。クリトは強い。そして我はまだ未熟だな。落ち込んでいた貴様の感情を斬る事はまだ出来ぬわ。>
ホムンクルスには“サナ”と名をつけた。
<私も、なんて言えばいいのかしら。やっぱりわからないわ。
調べたり、分析したりとかには、やっぱり少し自信あるけど。
チエさんみたいな年の功もないし、考えるのは少し苦手なのよ。けど、やっぱり少しでもクリトの力になりたくて。実は色々調べていたのよ?>
情報端末には“チセ”と名をつけた。
<うむ。チエ曰く、我ら三人の望みを叶えるには魔力と感情の収集に尽きる。>
<つまり、凶悪な魔物に襲われている、美少年を助けるの!ヒーローみたいに!!>
<そうじゃの。まぁ美少年で無くともいいと思うがの。強き魔物を両断し、魔力を得る。これじゃの。>
<だから、行きましょう?ヒーローみたいに!>
やれやれとクリトは肩をすくめて首肯する。
<でしょ?やっぱりそうよね!ヒーローみたいに登場よね?>
<うむ!>
そう言ってサナは唐突に刀を抜き、何も無いはずの所に振り下ろす。するとそこに八岐大蛇へとつながった時のような裂け目が浮いていた。
「はぁ?!え?サナは何をしてる!? あ、え?」
サナはあっけに取られていたクリトをポイっと裂け目に放り込む。
<さあて!ヒーローの登場よ!>
<さて、ここからが我らの伝説の始まりじゃな!>
そう言ってサナも裂け目に飛び込んでいった。
静かな風が吹き、裂け目も何事もなかったかの様に、閉じていく。
こうして、万能の魔女は舞台から去っていった。
残った三人(?)はこの先どうなるのやら。
少なくとも、平穏無事なスローライフとは無縁のようです。
ですがここから先はまた別のお話。
これにて序章は閉めとなります。
読んでいただきありがとうございます。
次回からやっと一章が開始します。
次回嘘予告。
クリトはチセの肉体を作る。
第1章 第1話 「ハーレムこそ至高」
君はハーレムメンバー全員を覚えることができるか。