万能の魔女とガチャナな俺
<さて、クリト。あたしの声がわかるかい?>
その声をきっかけにクリトは、目を開いた。
寝過ぎたのか、まだ頭に霞がかかったかのようにぼーっとし、身体も気怠い。とりあえず起きるか、と思ってみたら既に立っていた。
明らかに、何かがおかしい、ありえないと思うも、何故か警戒心が起こらない。そのまま、周りを見渡すと、徐々に戦闘の最中だった事を思い出す。
いつの間に手放したのか、相棒は無く空手だった。先程声が聞こえたチエも目視出来る範囲に居ない。大蛇もおらず、その残骸も、神剣もなかった。。
ただ、暗く何も無い空間に、ただクリトだけが居た。
<反応がやっとあったね。やっぱり、擬似的に作った精神じゃダメだったか。
あたしがクリトを再現しても別人格として人体錬成をしたあのキャラを模した精神でも全く反応しなかったしねえ。。。
確実に収まる程度の精神をいれて、あとは元のクリトに出来るだけ近い精神を本人に逆算させるしかないみたいだ。>
チエの声が聞こえる。
何を言っているか、わからない。
辺りを見回してもやっぱり誰も、何もない。
知識としては、今、自分は非常に不安定だと、非常に危険な状態だと理解出来る。だか、感情は微塵も揺らがない。
<仕方ないね。やはり、力を借りるしか無いか。
、、、クリト、済まないね。あたしは、やっぱりアンタを諦め切れないよ。可能性がゼロで無いなら、そこにかけちまうのさ。クリト、どうか、生きておくれ。
『クラトス、パナケイア、デメテル、エルピス、カリス、カオス、ムネモシュネ。我、万能の魔女にて継承と変異を紡ぐモノなり。其等と紬し約定を今ここで印として、盟約を結ばん。』>
『我、クラトスにて炎と戦を司るモノ。汝に憤怒と慈悲を与える。盟約を果たせ。』
赤い光が灯った。
『我、パナケイアにて水と癒しを司るモノ。汝に色欲と純潔を与える。盟約を果たせ。』
青い光が灯った。
『我、デメテルにて風と豊穣を司るモノ。汝に強欲と救恤を与える。盟約を果たせ。』
緑の光が灯った。
『我、エルピスにて雷と予兆を司るモノ。汝に怠惰と勇気を与える。盟約を果たせ。』
黄色い光が灯った。
『我、カリスにて土と魅惑を司るモノ。汝に嫉妬と忍耐を与える。盟約を果たせ。』
橙の光が灯った。
『我、カオスにて混沌と静寂を司るモノ。汝に傲慢と誠実を与える。盟約を果たせ。』
藍の光が灯った。
『我、ムネモシュネにて成長と停滞を司るモノ。汝に暴食と分別を与える。盟約を果たせ。』
紫の光が灯った。
『我、万能の魔女にて継承と変異を司るモノ。汝に過去と未来を与える。盟約を果たせ。』
白い光が灯された光を結ぶ。
それらは複雑に絡み合い、蠢く。クリトを中心に巡るそれは、究極的に情報の込められた魔法陣であった。
加速していく動きはやがて溶け合い、一つの球になる。拳程に圧縮された情報はゆっくりとクリトに近づき、胸の中に沈んで行く。
それを無表情で見つめたいたクリトは、球を受け入れると顔を上げた。
「ばあちゃん、、、?」
少しだけ、身体が動く。すると決壊したかの様に感情が身体を這い上がる。
「っお、、っく、がぁっ、、、っつ。ふう。はぁ、っす、はぁ、」
唐突に起きた感情は身体を隅々まで行き渡ると、当たり前の様にそのまま馴染んだ。荒くなった呼吸を治めつつ、クリトは身体を確認する。
動く事は動く。
痛みもなければ、稼働範囲も変わらない。だか、イメージ通りの動きはしない。拳の握り一つとっても、歩くという基本的な動作ですら、儘ならない。
思考を巡らす。
昨日食べたもの、昔の住処、相棒と始めて狩った魔物。ばあちゃんが作ってくれたシチュー、昨日の酒器、大蛇と神剣。記憶に齟齬はなさそうだ。だが、シチューを食べておいしかった記憶、味の記憶はあるが、その感動はうっすらとしか思い出せない。
<さて、どうやら動けるようだね。記憶はあるかい?>
「、、、あぁ。キオくは あル。」
<やっぱり身体と記憶だけじゃ成り立たないようだねぇ。精神、意思、感情などと呼ばれるそれが、為人の要でもあったわけか。情報でも物質でもないそれは、確かに概念にでもならないと、触れない領域だね、、、。さて、じゃあ次はこれだよ。>
クリトの周りにキラキラとした何かが舞い、それがゆっくりとクリトに吸い込まれていく。暫くすると、クリトの中で軽く弾けた。
「えっと、なんだろう、これ。あれ?あ、ちゃんと動く?けど、あれ?なんか、凄いお腹空いてきた?」
クリトが目を白黒させながら、身体の具合を再度確かめる。
「成功しちまったみたいだね。クリト、お前は今から旅に出てもらう。」
万能の魔女は、ふわりと姿を表し、今のクリトの状態を伝えていく。
精神が欠けていた事。
それを回復させるために多種の精霊王に匹敵する概念体と盟約を交わした事。
その内容について。そして、概念体、万能の魔女について。
「あたしはチエとしては死んだよ。残っているのは、チエとして生きた記憶と万能の魔女という概念さ。ヒトとしての理から外れたモノさ。だから、今アンタに見えてるのも、ただの幻。幻覚みたいなものさ。」
薄く透けた姿で自嘲しながら、語っていく。
「、、、ばあちゃんを俺は守れなかったのか?」
クリトは目を閉じて、チエと囲んだ何気ない食卓の一コマを思い出して切なくなる。
「いや、チエとしての矜持と生き様と本心からの願いを守ったさ。チエは、お前を生かせた事を誇りに思っているよ。」
「、、、ばあちゃんのシチュー、また食べたかったな。。。それと、ほんとに?ばあちゃんを救えないのか?」
「おい、あたしの心配よりも食い意地たぁ、ずいぶんじゃ無いかい?
まぁいいよ。そうだね。肉体も精神も無くなったからねぇ。
今会話が成り立っているのは、チエとしての記憶と万能の魔女はヒトという存在だという概念が残っているのと、この概念と実態が同居出来る特殊な空間だから、、、まぁ、偶然の奇跡って訳さ。
万能の魔女が死んだと広がり、死者は会話出来ないという概念と結ばれれば、仮にまたこの空間に来れても会話も出来なくなるね。
それに、直に記憶も膨大な概念情報に飲まれる。
少なくとも既にヒトとしての道徳は怪しくなってきているねぇ。。
チエだったら、クリトの生身で実験をすることに少しは躊躇ったろうからね。」
「そっか。。
なら、唐揚げのレシピ教えて?
それと、ばあちゃんの矜持を守れたのか。。。
少しは俺も恩返しできたのかな。
こんな仕事してたら、まともな別れは諦めていたけど、会話も出来てレシピも教えてもらえるからだろうけど、、なんかまだ実感が無いな。。。
あ、エビのアヒージョのコツも知りたかったな。」
「、、、そう言う事か。精神が歪んでるとそうなるのか、、、」
「どうした?ばあちゃん。牛丼のアレンジレシピでも思いついたのか?」
「クリト、さっきから異常に食べる事に拘ってる自覚はあるかい?」
「は?唐揚げにした魚の骨で出汁を取るみたいな事をいきなり言ってどうした?」
「クリト、、、残念だけど、アンタの精神は歪んでる。まぁ、歪みが出るのは想定内だけど、、、まさか、為人がこう言う形で歪むのか、、、。どうやらアンタの意思は食べ物に異常に傾いている。」
「、、、マジか。」
ダイエット中の淑女が久々のデートでガッツリディナーの後に彼氏が自分の分もデザートを注文した時の様な絶望感に溢れた表情になるクリト。
「あぁ、すんごい。すんごい勢いで食べ物に絡んでる。
まぁ、食い意地が張るとかじゃなくて、こう意思の根源的なところがバグってくる感じか。
ふつうはまぁ、いや、変なところがつながっているのか、、、。
そこはかとなく、グルメ王的な雰囲気も感じるし、見た目もこう、ふくよかになったような?」
チエは、改めて、クリトの内側をのぞき込むように目を細める。
「魔力を集めて行けば精神が回復するから、マシになって行くとは思うけど、多分、構築式の都合上一定量の魔力を集めたらガラッと精神が変わるみたいだね。」
「うそやん、、、」
「仕方ないだろ?あたしが概念体として強く司る力は継承と変異。魔力を消費したり回復するたびに人格が変わっていたら、それこそ社会的に生きていけないじゃないか。」
「普通の定食屋で頼む四杯目の大盛りライスみたいなものか。。」
「言い回しが独特すぎて、しんどいねぇ。
まぁ、下手に沁みったれた雰囲気にならずに送り出せるのは、チエとしても望む事さね。
それと、忘れない内に伝えておくよ。
精神を治すには魔力の他に他人からの感情も必要さ。なるべく、感謝の気持ちを集めると良さそうだねぇ、、、」
カラカラと笑うチエは、傍目には楽しそうに見えていた。
読んでいただきありがとうございます。
次回嘘予告
にんじん、たまねぎ、ジャガイモを、、、
序章 第7話 「クリトの本格カレー講座」
君はグルメの基本は家庭料理だと気が付く。