古の伝説と新たな伝説
ちょうど空間に刺さった剣のあたりに吹き飛ばされたせいなのか、硬質な床のような感覚に叩きつけられ二人で転がる。
ボロボロのチエはそれでも立ち上がり、睨みをきかせる。
「クリト、呆けるのは後にしな。くそ蛇が、クリトはか弱いんだから、いじめるんじゃないよ!」
「チエばあちゃん、、なんで、、んで俺を庇った!ふざけんな!それにその体はどうした?!」
「剣が砕けたくらいで呆ける鼻たれ小僧が吠えるな!言ったろう!お前はあたしより先に死ぬのは許さない!、、、どうせもうすぐあたしは消える。あたしの意地にかけてあんたは守ってやるよ。」
「消えるって、まさか、、賢者の石の対価にしたのは、」
「あぁそうさ。情報端末は発動しなかった。ならあとは莫大な情報を持っているのはあたし自身。存在を対価に魔力を絞っているんだ。あの蛇は蒲焼にして食ってやらなきゃ割に合わないよ。だから、クリト、あきらめんな!お前は強いんだろうが!」
クリトは、目も見開き、ずいぶんと昔にチエに放っていた啖呵を思い出す。ぼこぼこになっても、ボロボロになっても、決して止まらなかったクリトがチエに吐いたのは、幼さの残る強がり。
“俺は、弱くない!まだ強くないだけだ!俺はつよいんだ!”
“俺はつよい!強いから、全部守るんだ!”
“ばぁちゃん、無理すんな。強い俺にまかせろ”
そんなクリトをチエはどんなに揶揄おうと、叱ろうと、決して弱いとは言わなかった。
〈、、、つよくなるって、やくそく、して?〉
「あぁ、そうだな。そうだったな。チエばあちゃんも、相棒も全部ひっくるめて俺が守ってやるよ!」
「、、、やっと目が覚めたかい。ひよっ子のくせに鍛錬さぼるからだよ。相棒の調子はどうだい?」
〈クリトのバカ、アホ、唐変木!意地っ張りの珍竹林の独活の大木!!〉
「誰が、独活の大木だこら!大丈夫だよ。砕けても相棒はちゃんとここにいる。」
〈聞こえるの?わかるようになったの?心配させるなよぅ、このおたんこなす!〉
「そうかい。それじゃ、蒲焼の作り方をちゃちゃっと考えるかね。おそらく、カギはその鎖と剣だ。クリトでも切れなかったし、何よりもあの蒲焼を長年封じていたんだ。魔道具さえ使えれば、その剣を軸に結界を張るんだが、、、」
〈剣?剣ってどれ?あの棒のこと?あれは剣じゃないような?あれ、剣なのかな?〉
クリトも近づいてよく見ると、確かに、柄や鍔のようなものを持っているが、刃がない。片刃の少々の反りがある剣、というより、辺境の武器の刀のように見えたが、どうやら、剣に似せた何かのようだ。
「確かに切るような作りには見えないな、、、」
「何?これは剣じゃないのかい?てっきり刀かと思ったよ。大蛇も居るし、伝説の草薙の剣かと思ったんだんだが、違うのかね、、いや、これは、儀礼剣、、、?」
「儀礼剣?なんだそれ?」
「剣という概念は物を断つだけでなく、邪を払うにも用いられている。あとは象徴だね。だから、クリトでもあれでモノを切るのは難しいだろうね。」
「確かに、刃がないから、ナマクラどころじゃないけどね」
〈、、、あの、クリト。この“剣”ね、あの、その、凄いっぽい。〉
「はぁ?どうした?」
〈あのね、僕なんかより、遥かに高位な神剣でね、、それで、その、怒ってる〉
「俺らが、蛇を起こしたからか?」
〈いや、あの、剣じゃないとか、ナマクラ以下とか、棒だとか言ったから〉
「棒って言ったのは相棒じゃないかよ。つまり、そいつは高位の精霊付きの神剣ってことか?」
〈いや、そうじゃなくて、この神剣は、剣というよr〉
ガオンと鈍く金属が爆ぜるような音が轟き、とっさに意識を八岐大蛇に戻す。
そこには、クリトがつけた傷を起点に鎖を引きちぎり、咆哮を上げる大蛇の姿があった。爛々と燃えたような瞳孔でクリト達をにらむその頭は一拍後、大口を開き飛び込んできた。
「あたしを簡単に食えると思うな!」
そう叫んで突っ込んできた頭を横っ面から殴り飛ばした。その次の瞬間、吹き飛んだ頭の陰に潜んでいた頭にバクンと丸のみにされた。
「、、、ばあちゃん、、避けたん、だよな、ちがうよな、、ばあちゃんは食う側だよな、食われるわけないよな、食わせるわけねぇだろ、吐き出しやがれ!この蒲焼もどきの蛇野郎がぁ!!」
一拍で神剣をつかみ、二拍目で引き抜き、一瞬で極限まで加速されたクリトは三拍目には蛇の眉間に振り下ろしていた。
次の瞬間には頭をつぶされた蛇が神剣があった面に叩きつけられ、遅れて轟音が鈍く広がる。
吐き出されたチエは、もう胸から上しか残っていなかった。賢者の石に存在を食わせ、その魔力も一気に大蛇に吸われた。肉体は既になく、存在の残りかすとしてそこに居る。
辛そうな表情でも強気にクリトに語りかける。
「やっぱ強いじゃないか、クリト。あたしは柄にもなく孤児院なんてものをしていたけど、魔女を恐れずに懐に入ってきたのはあんただけだったよ。クリト、あんたはあたしの自慢の息子さ。あぁ、これであたしも一息つけるねぇ。。。」
「、、、ばぁちゃんボケるには早いぜ。
このくそ蛇には落とし前をつけさせるから。ちょっとまっててくれよ。
それと相棒、すまない、ちょっと浮気するわ。」
〈へ?なに?え?え?〉
「おいこらナマクラ魔剣、俺様が使ってやる。
このくそ蛇をぶった斬る。
剣としてのプライドがあるなら、貴様の力、俺によこせ!」
〈え、ちょっと、クリト、そのちょっと!この方はまずいって!ほんと待てこの野郎!〉
「剣ってのは斬ってこそだ。儀礼剣なら邪を斬れよ!何も斬らずにただ刺さっていて、遊んでんじゃねぇぞ!」
〈すみません、この頓珍漢にはよく言って聞かせますから、あの、ほんと申し訳ないっす。後ほどきっちり菓子折り持って挨拶をさせていただきますので!はい、もう!びしっと言っておきますんで!〉
「ずっと、待っていたんだろ。剣と銘打たれて、切れなくても、誇りをもってしっかりと封印の役割を担ってきたんだろ。ずっと役割を背負って、神話の時代から、魂が宿るほどの役割を担ってきたんだろ?それでもその姿ってことは、貴様は剣として在りたいんだろ?」
〈はい、もうきっちりこいつの舌を切り落としてすり潰して磨き粉にして献上いたしますので、何卒、どうか、平に、ご容赦を賜りたく!〉
「ばあちゃんも言っていたろうが。貴様は古の伝説から連なる“草薙の剣”だ。俺がそう呼んでやる。そして今から新しい伝説を作るぞ。この八岐大蛇をぶった斬る。魔力だろうが、なんだろうが、勝利も併せてくれてやる。力をよこせ!伝説の神剣、草薙の剣!」
神剣が強く光り溶けていく。その光は柄だけになった相棒に集まり、見事に輝く刃の刀となる。
同時に刀から魔法陣がクリトの腕に絡みつく。クリトはそれを感情の灯らぬ眼で見つめていると、大蛇の首が真上から噛みついてきた。
しかし、落下の速度そのままにその頭は左右に分かれ、どちゃりと重い音だけを残す。次の瞬間に、音もなく閃く幾筋もの剣線。
わずかに遅れ、飛び散りまき散らされる大蛇の血飛沫。細切れとなり、首が、一つまた、一つと散って行く。
それは無音の花火のように空間を鮮やかに染めて言った。
最後の首を散らしたところで、チエの脇に戻り一拍を置き、クリトは無表情で逆鱗を見上げる。舞い散る血飛沫も花火と同じく僅かな余韻と共に消えて行く。
どちゃりという水音による落下音も静まる頃、クリトがおもむろに剣を下段の構えにとる。
すると、切り落とされた首らも含め大蛇の巨体がしゅるんと逆鱗に吸い込まれていく。
『待たれよ。伝説を紡ぐ強き者よ。儂らの負けじゃ。』
朗々と響くその声は、耳からではなく、直接に聞こえた。クリトは刀を下ろし、佇む。
「よかったねぇ。クリト。なんとかなって。お前は無事、、なのかい?大丈夫かい?どうした!返事をしな!」
<無駄じゃよ。
奴は、、草薙の剣は対価として、クリトの強く気高い意思を求めた。今のそいつは、精神なき抜け殻のごときモノよ。
我はさきほどの龍を眷属としていたもの。迷惑をかけたことに対いて、せめてもの誠意をしめそう。>
途端に、チエは体の中から何かが生まれるような、何か熱いものを飲み込んだような感覚に陥る。ギリギリだと感じていた危機感が不意に解消され、チエは自分が違うステージの存在になったことを自覚する。
逆鱗は概念体と名乗った。
概念体は名前だけでは意味はなく、彼の一部を“ムネモシュネ”“知恵在る者”“成長と停滞を司る者”などと呼ぶ者も他の世界にはいるようだ。そんな彼の一部が“暴食者”として、名と意味を持ち、離脱してしまった。暴食者は、様々なものを食べ、飲み込み、ついに、隣接していたクリトたちの世界へ侵食してしまう。
概念体達が慌てて討伐を試みるも、既に肉体を見つけ、それを纏い、実体のある概念として別存在へと進化してしまっていた。仕方なく永久なる封印をするも、肉体が滅する直前にて高濃度で膨大なエネルギーが暴食者にわたってしまう。
しかし、その肉体は強き者によって滅せられ、再びムネモシュネに統合された。それが先ほどの出来事となる。
<そんなことはどうでもいい。
あんたらのことはあんたらが好きにすればいい。
クリトはどうしたら助かるんだい?
全にして一なるものよ。>
伝説の終焉と始まりに臨む万能の魔女は、今、この時であっても強く、気高く、神に堂々と相対した。
読んでいただき、ありがとうございました。
次回嘘予告
お?にいちゃん、ちょっと事務所まできてもらおうかのぉ?
序章 第6話「ちえばあちゃん、エセ広島弁に目覚める」
君は全力で広島の皆様に土下座する作者を見守ることになる。