閑話 エインセル
エインセルはそもそも別世界からの転移者だった。
元の世界はこの世界でいうところの精霊達が住まう世界。進化や分裂、統合などをする、全にして個を持つ存在達が暮らしていた。彼女はその中でまだ名も無きありふれた存在だった。
ただ、少し器用だった。義体を準備し個体化する技術があったので、それを生かして日々の生活の糧としていた。
精霊は精素に満たされた世界では、もちろん義体などなくとも生きていける。だが精霊はほかの世界に割と召喚されやすく、何度も行き来している者も珍しくない。そんな彼らには、肉体に憧れる者も多くいた。義体の使用は、彼らのありふれた娯楽だった。そのため義体にこだわりを持つものも多く、彼女の義体はなかなかに精工だったため人気だった。
そんな彼女は、ある日次元の裂け目に落ちてしまった。
そしてたまたま義体を纏っていたためなのか、肉体持つ生命体と肉体を持たぬ精神体のどちらも共存している、この世界にたどり着いた。個という存在が確立していない彼女は、その世界で生きることを割とすんなりと受け入れた。
たどり着いたこの世界は精素がうすかったが、代わりに魔素が満ちていたのでそれで生命力の代用はできた。だがこの世界に来た影響なのか本能的に精素がこれ以上薄まらないように、個を保つために、エインセルは自らを定義した。古の言葉で“エインセル”と。
元から纏っていた義体が浮遊移動にも適していた事もあり、気ままに旅をしたその先でたまたま見つけた世界樹を核に、エインセルはこの世界でも義体を構成することができるようになった。なのでエインセルは自分の義体をそれまでの旅で把握していたその世界で高度な知識と広い生活圏をもつ種、“人間”に近いモノにし、彼らとの共存を試み始めた。
そして、なじみとなった精霊達にも請われれば義体をつくった。その中でもやはり人気は“人間”型だった。もっとも義体を求めるような自我のある精霊の個体数はそもそも少なく、更に人型に耐え得る精霊は希少であったが。また義体が壊れるまでは個として存在し続けるため、寿命は人の比ではなく、そもそも老いも含めた肉体的成長もない。そんな彼らはまれに現れる人外の存在、妖精人と呼ばれるようになった。こうして、エインセルはエルフ達に女王と呼ばれる存在となっていった。
そんなある日、とある精霊が義体を求め訪れてきた。
その精霊はアケディアと名乗った。エインセルの記憶が確かならば、エインセルと同じように古語で、、、“怠惰”の意味だったはず。そんな彼は名前のとおり、肉体を得ると世界樹の近くで森の恵みとあたたかな陽射しでのんびりと物臭な生活をしていた。気儘な性格の多い精霊が多い中、只々のんびりとするアケディアは、なぜかエインセルと馬が合った。
エインセルは、気が向くままにたまに離れた街に行ってみたり、海に行ったりと旅をすることも多い。なので、アケディアが普段何をしているのか、全く気にしていなかった。ある日世界樹へ戻ってみると定位置に居るアケディアが、何やら抱えている。近くによると、どうやら片刃の剣を持っているようだ。
「アケディア、それはどうしたの?」
「やれやれ、面倒なんだけどね。
エルピス様に頼まれたんだ。なんとかしてくれって。」
そう言って剣を見る。
エルピスは確かこちらの世界での主要な精霊で、雷とか予兆とかを司り、人の街によっては神の様な存在だったはず。エインセルやアケディアよりも高度な存在でおいそれと出てくるような精霊では無い。
「エインセル。ごめんだけど、英雄って見付けられないかな。その人にこの剣を託したいんだよ。」
「はぁ?嫌よ、そんな面倒な事。自分でやりなよ。」
「だよねぇ。どうしようかな。ふぁあ~。眠い~~。」
そう言ってアケディアはゴロリと横になった。
その後、数年過ぎ、数十年がたち、国が興り衰退し、山や川も姿を変えるのを眺めるような長い年月がたった。
旅から戻ったエインセルに珍しくアケディアが真面目な顔で話しかけた。
「エインセル、ごめんだけど、やっぱり英雄を探してくれ。僕の力じゃ抑え切れなかったよ。この魔剣は、全てを切り裂く。
僕はエルピス様の眷属として怠惰を司る精霊だ。だから、この魔剣を抑えて、ゆっくりと永久に眠らせる役割をしてたんだけど。
でもね。僕ってもう一つ司る物があるんだ。それは勇気。エルピス様曰く、怠惰の対極の一つの結晶が勇気なんだとか。だから、この魔剣に怠惰をまとわせていたら、、、この魔剣いつの間にか勇気も孕んじゃって。」
そう言うと、アケディアは剣をゆっくりと抜き放つ。それは、きれいな波紋を持つ、はるか東方の剣の一種、太刀であった。その美しくも鋭い太刀を愛おしそうに眺めたアケディアは納刀しながらゆっくりと世界樹を振り返えり、そしてまたエインセルに向き直った。
「どうやら、この魔剣は、負けず嫌いのようで。エインセル。ごめんだけど、ほんとうにごめんだけど、あとよろしく。」
そう寂しく笑うと、アケディアは世界樹の根元に座り込み、唐突に結界を発動させた。
その結界は世界樹をすべて取り込み、世界樹は彼のモノになった。
それから、エインセルは“英雄”を探した。
アケディアの結界により世界樹が阻まれてもエインセル的には問題はない。ただ、新しい義体を作れないだけ。しかし、世界樹からもたらされる精気に似た霊気を全てアケディアと魔剣が取り込んでいるのが問題であった。元々世界樹の霊気は義体と精霊体をつなぐ触媒としていた。それが過剰に充填されると、おそらくアケディアは義体だけでなく、魔剣とも繋がる。否、魔剣にアケディアが取り込まれる可能性がある。アケディアはそこらの木っ端精霊ではない。間違いなく、神に準ずる上位精霊の一柱。それが封じることはおろか、徐々に魔剣に魅せられて行った。
危険すぎた。
精霊界で異世界帰りで聞いた魔王のように、破壊の化身となるかもしれない。
そうなったら、この世界ごと消滅してしまうかもしれない。
相性の問題もあり、エインセルではアケディアの結界は突破できない。
魔王を産むくらいなら、この世界樹の周辺とエインセル自身を対価に、大規模な精霊召還、つまりアケディアを異世界に放り込むほうがマシだ。もっとも周囲の霊気も魔素も根こそぎ持っていくため周囲一帯は朽ちた大地となる。エインセルは永く人を山を見守ってきた。それらを簡単に切り捨てるには、思い出が多すぎる。
最悪を回避する手段はあるが、それは、最悪ではないだけで、到底エインセルには受け入れられなかった。
“英雄を探してくれ”
アケディアの言葉の意味はよくわからない。
だが、精霊は基本的には嘘をつけない。嘘は自分という存在の拠り所を穢してしまうものだから。
エインセルは英雄を探した。
何人も連れてきた。
だが、この平和な時代で英雄と呼ばれるヒトは結界の存在すら感知できないモノもいた。
称号ではない、英雄とは何か、エインセルは途方に暮れた。
エインセルは永い時間をかけて、ヒトの暮らしに溶け込んではいるが、その正体は一部にしか明かしていない。そのなかの一人、冒険都市ラッドディムのギルドマスター、ガランから連絡があった。
「英雄、とは言えないまでも、なかなか面白い連中がいる」と。
もう時間がなかった。
わずかな可能性に掛けて、エインセルはラッドディムに赴いた。
▽▽▽ エインセル ▽▽▽
このトマトいう赤い野菜は苦手なのよね。なんか食感がぬめぬめ粒粒しているし、なにより青臭いし。けど、まぁそれを知っているはずの、ガランが食べてみろと。あぁ~。。イライラする。まずかったら、音霊ひきはがしてやろうかしら。
、、、
おいしいじゃない。へぇ。。。
やっぱりニンゲンって面白いわね。ちょっとした組み合わせと手間でここまで変えちゃうんだから。
ふーん。件の対象者は色々と予言めいたこともしているんだ。
で、あっちのすみっこにいるのが、その“英雄の弟子”とかいう連中ね。
ぜひぜひ、彼女らの師匠でも紹介してもらいますかね。。
って、何なのよ、こいつら。。。
男は中身と外身があっていないし、魔力量も半端ない。そのうえ、自らを縛るような封印を自前の魔力で行っているし、、、。いえ、こいつの魂、よく見ると崩れて、、、いや修復している途中かしら。だから肉体と精神とで齟齬がでているのね。
そしてその隣で肉を貪るように食べている剣士の女は義体を纏っているうえ、中身も人でも精霊でもない、いや、混ざったような?だが、それよりも、この義体の作者は誰なの?私ではない。だれか、私と同じようにこの世界に渡った誰かがいる?
魔術師らしき女の連れている精霊も、ここ最近産まれたような幼さなのに、ここまで自我があるなんて、、、。
なんなのよ、、、。こいつら。規格外にもほどがある。
そしてクリトは私をみて、“魂装を纏いし者”とつまり、義体を纏うモノだと見抜いた。
そして、結界のことも、それが依頼であろうことも知っていた。
ちなみに、後からクリトに尋ねたところ、クリトの能力として、モノと会話ができるらしい。その力を使って直接“義体”から情報を得たらしい。私自身が、体をモノとして認識しているからだとかなんとか。なんか、とんでもない話ではあるけど、今となってはもうその程度では驚かなくなったけどね。
まぁ、規格外ではあるのは間違いない。
だから私は最後のチャンスを彼らにかけた。
彼らがだめなら、、、残念だけど、召還かな。
まぁ、せめてあの結界を崩してくれれば、アケディアは私が直々にボコす!
ってつもりだったんだけどな。