魔王
エインセルは、唖然としていた。あの強固な結界を一太刀で切り裂き、あの男を圧倒したサナを信じられないとばかりに見つめる。
結界を斬るなどと言う技巧は、エルフとして長く生きるエインセルも聞いた事も無かった。だが、サナは魔剣殺しの弟子の様でもあるし、あの万能の魔女が仕込んだ忘れ形見である。なので、そんな能力があっても、あり得ないと言う事はない。
だが、あの魔人。それを圧倒したのはさすがに想定外だった。あの身体は戦闘特化していたはず。また、アレの中身も化け物級で、何処からか手にしたあの東方の小国風な片刃の剣も伝説級の魔剣と言っても過言でない代物であった。総論として戦闘力は桁外れ。人型で単独ではあるがAクラスどころか、Sクラスの冒険者相当といえる。
なので結界に穴を開け侵入をしたら、総力戦で対応すると言うのが作戦であった。
魔剣殺しは、剣もまともに振れぬ程にフラフラな体幹だったが、その分魔術構築が噂より遥かに繊細で剛健だった。そしてユーナとトーマのコンビはかなり強力ではるが炎特化のため、こちらは世界樹から離れた所に炎獄などの罠を仕掛けもらう手筈だった。そこに如何に誘導出来るかが肝となるはずであった。エインセルが対エルフには致命的となる縛解を魔人に発動するには、少し時間がかかる。そして、その構築を確実にこなすには、エインセルは縛解にのみ全力を注ぐしかない。しかし、その隙さえ作りだすことができれば、そこに勝機が見込めていた。とは言うものの、それすら危うい。サナが前衛としてうまく立ち回れれば、可能性がやっと50%にのると言うのがエインセルの見立てであった。
打ち捨てられた骸のような魔人にエインセルが寄る。そして、縛解の構築陣を発動した。魔人はビクっと跳ねた後、色が褪色したかの様に白く薄れていき、ぼろぼろと崩れていった。
その土塊の様になった元魔人である残骸を収納したエインセルは功労者のサナへと目を向けた。サナの元には既にユーナがおり、ぷりぷりしながらサナの手当てをしている。
「もう、サナ!どこほっつき歩いていたのよ?!心配したのよ?」
「済まぬな。実は頭に来て洞窟を飛び出してしもうての。つまり、落ちた。」
サナは頬を掻きながら気まずそうに答える。
「はぁ?あそこから?え?よく生きてたわね。」
「うむ。流石にちとヤバいと思うたわ。」
ユーナが呆れた表情で回復用の薬瓶を傷口にかけ、包帯を巻くとサナは開き直ったかのようにカラカラと笑う。
「まったく。。この山は龍帝も居るのよ?出会ったらどうす
「おう!あのトカゲは美味かったぞ?ただ、やはりユーナに料理して貰いたくての。詰めれるだけ詰めてきたわ。」
「、、、はぁ?」
「じゃから、かいざぁどらごんの肉を土産として持ってきた。だから、これで料理をつ
「はぁ?!え!何言ってるの?!龍帝だよ?!上位龍の群れの長だよ?!」
「多分、間違いないはずじゃぞ?ギルドの掲示板の特徴にあった通り、3本角と一際大きな体躯、4枚の翼と艶やかな黒い鱗と黄金の龍玉が胸に
「!龍玉は?牙は?角は?眼球は?心臓は?素材は??」
「土産は腿肉多めじゃ!バラもしっかり確保しておる。龍玉は喰った。後は食えんから置いてきた。内臓も旨くないしの。もちろん、しっかりと皮は剥いできておるぞ?少しでも肉を持ち帰りたかったからの。」
「、、、貴様は、価値を知らんのか?!」
治していたはずが再びユーナにシバかれて涙目のサナ。そして、せっかくの討伐素材の高価な部分を軒並み捨ててきたことに涙目のユーナ。
「そんなに怒らなくても、良いではないか、、、。」
「あの鱗一枚で、ギルド食堂のハンバーグ定食が30回は食べれます。」
「!!」
「サナさん、、、そろそろ色々分かってよぅー。」
目を見開き驚愕するサナとげんなりと凹むユーナ。
そこに、エインセルが苦笑いで加わる。
「けど、サナさんのおかげで助かったわ。」
流石に龍帝と魔人を相手にしたサナをエインセルは労う。
「それにしても、納得ね。高位ドラゴンの龍玉はとても濃い魔素を含んでいるの。だから、それを食べたサナさんは先日よりずっと強くなっているのね。
、、、最も普通のニンゲンには猛毒で食べれないはずなのだけれど。」
エインセルの最後の呟きはサナとユーナには届かなかった。
「そう言えば、少し調子が良いのぉ。」
機嫌が治ったサナは、一通りの治療をユーナから受けると、スックと立ち上がった。そして、目線を鋭くし、クリトに向き直る。
「クリトよ、済まぬがそれは我の獲物だ。寄越して貰おうか。」
そう言って魔人の持っていた太刀へ手を伸ばす。
すると、クリトはひらりと躱し、エインセルに問いかけた。
「魔人は、もしかして、“イラ”と名乗ったのではないか?」
「、、、いいえ。アケディアと名乗っていたわ。けど、なぜ?」
「ククク。それで、英雄を求めた訳か。」
クリトは魔刃のモノであった太刀をすらりと抜き、刀身を眺める。
「クリト。その太刀を寄越すのじゃ。そいつは、そいつだけは
「ククク。越えねばならん、兄弟、とな?」
ピクリとサナが手を止める。
「直接、この太刀より聞かせてもろうたわ。
この太刀はサナが封じていた八岐大蛇を封印可能まで削り切った神剣。
サナが草薙の剣ならば、こちらは“天羽々斬の剣”。」
直後、太刀にクリトより漏れ出た魔力が集まっていく。
「確かに、無限ともいえる再生力をもった大蛇の封印を維持して大蛇に止めを刺さんとしていたのは草薙としてのサナであろうて。だが、余が相対した干からびかけた八岐大蛇ではない、万全の八岐大蛇を事実上屠ったこの剣のことを、儀礼剣として切れぬ己からしたら超えるべき壁であるというのは剣士として理解できる。
だが、今はこの天羽々斬は余の剣だ。」
そうして剣を軽く振るうと、地面が裂けたかのように深く鋭い斬溝ができた。
「ククク、クク、、、ハーッハッハッ!いいぞ、いいぞ!」
突如高笑いをしたクリトは自分の胸元をぐっと掴むと何かをブチブチと引きちぎり、ちぎったそれをユーナへと放る。ユーナは思わず受けとったそれをみて目を見開く。
「これ、、、チサさんじゃん!って、クリト!封印はどうしたの?!」
「今の余には邪魔なのだ。」
そうして、ニヤリと凶悪な笑みをサナへと向ける。
胸元には焦げたような魔方陣の跡が見える。
「えっと、ユーナさん、クリトってどうしたの?」
「、、、実は、今のクリトは“魔王”なんです。強い魔物を倒して大量の魔力を吸収すれば、魔王から解放されるんだけど、、、魔王のクリトだと、その気配だけで魔物も動物も逃げ出しちゃって、討伐できなくて。
だから、クリトはチセさんの力も借りてクリトが自らを封印していたの。そうすれば、魔物の討伐も出来て、いつか魔力も溜まるからって。
でも、封印の反動で、クリトの身体能力が落ちちゃって。ただ、魔王になったからか、魔力操作というか術構築の精度とかは跳ね上がっていたから、、動きがのろかったりして、クリトでも討伐できそうな獲物を根気よく探していたの。」
「そのためのパーティーが“英雄の弟子”って訳ね。」
「そう。生活もあるしね。でも、今のクリトは自ら封印を解いた。もしかして、、、魔王に飲まれた?」
クリトが魔札を取り出し、サナへと発動する。
「、、、クリトよ。どういうつもりじゃ?」
サナの傷は完全に回復している。
「なに。ケガをしていては楽しめまい?」
圧倒的に上から目線の魔王スマイルのクリトはサナに抜き身の剣を突き付ける。
「さて、余が直々に相手をしてやる。
存分に抗え。」
そう言うとクリトの笑みは消えた。
同時にクリトは全力の殺気をサナへと向ける。
生物としての格がまるで違うと本能的にわかるような圧倒的存在感が吹き荒れる。
魔王が封印から今まさに解き放たれた。