クリトと付喪神
森の中の家に帰ったチエはさきほどの戦利品をクリトへ預ける。
「へぇー?これがMハゲ公爵から貰った酒器?」
「あぁ。この拠点の領主だし、色々とウザく絡んできていたからねぇ。恨みの心当たりは、、まぁ、無くもないけど、しつこいから、ちょっと調べたら対応方針はすぐに整ったよ。男はコンプレックスを拗らせると面倒だね。本人は素知らぬ顔をしてたつもりだろうけど、ありゃ、相当舞い上がっていたね。奥方様も慈愛のこもった眼差しだったよ。ありゃ、間違いなく尻にしかれるね。」
そう言って、公爵はともかく、奥方には気を使っておけとクリトへ告げる。この世界は基本的な政治の表舞台には立つのは男であるが、チエはその夫人のネットワークやその家の中の立ち位置から、女性への配慮をクリトには繰り返し説いてきた。
「じゃ、クリト。それから面白い話が聞けたら教えてちょうだい。次の舞台の台本をせっつかれていてねぇ。それにしても、この家の場所はやっぱり不便だねぇ。魔素や薬草とかは充実した森だけど、年寄りが町まで通うには酷な距離だよ。空間転移は結局不安定すぎて使えないし。」
「あいよー。まぁ、飾り気はほぼないから、貴族の話はきけなそうだけどな。」
そう言っていつものようにブツブツ文句をいうチエを尻目にクリトは付喪神と魔術を行使する。
この世界の魔術は大きく分けて二つ。
一つは魔法陣や詠唱などを通して精霊へ依頼をし、魔力を対価に魔法を行使してもらう方法。この場合はすでに完成された手順に依るため、魔力さえ足りれば誰でも同じ結果を出すことができる。難点は魔術の複雑さが増すと陣や詠唱の複雑さや必要魔力が爆発的に増えていくことにある。そのため、竈に火をともす程度であれば片手で収まる魔法陣でそこそこの村人でも安易に構築し発動もできる。
しかし攻撃といえるレベルの火の玉を飛ばす魔術になると最低でも3メートルサイズの魔法陣か、複数の魔法陣や魔法陣と詠唱の同時展開などが必要になる。そのため一流の魔術師はいかに情報を圧縮できるかが技術の見せ所であり、現在の最先端は立体駆動魔法陣と詠唱の組み合わせが主流となりつつあった。
そしてもう一つの方法は、精霊召喚である。
まず精霊と契約を行い、魔力などを対価に呼び出して魔法を行使してもらうのだ。この場合は精霊が直接現象を発現させるので非常に強力かつ臨機応変に行使ができる。ただし、そもそもよほどの運がなければ精霊に出会えない。
そしてさらに、精霊に気に入ってもらえなければ契約ができないのだ。しかも精霊にも格があり、強力な精霊ほど気難しく、対価も魔力の他にもいろいろなモノが要求されたりする。それは例えば、酒や料理であったり、歌や物語や舞であったり。貴重な鉱物や特殊な魔道具や特定の魔導具を求められたり。中には戦って武を示せ、生贄をよこせ、記憶や体の一部などを求める精霊もいたそうだ。
だが、契約できれば、非常に強力であり契約は決して違えない。
噂では教会や王家などには、代々引き継がれる精霊もいるとも言われている。
ちなみに一般に知られている精霊は“火”“水”“風”“雷”“土”の5大属性の眷属。それらは教会でも信仰されている精霊でもあり、逆にいえば、それ以外の精霊はほぼ知られていない。というか、居ないのではとも言われている。
そんな中、異端な精霊である付喪神と契約しているクリトは孤児であったことも関係してか非常にものを大切にする。とくに今も腰に下げている剣は8歳の時にFランクで冒険者ギルド登録をした際に、初めての依頼で同行させてくれた先輩冒険者にもらったお下がりの剣である。
クリトは孤児院にすら入れず、浮浪児同士で助け合って生きていた。あんちゃんと呼んでいた年長者が帰ってこなかったあの日から、食うためになんでもやった。
けど、病から救うための薬だけは金がないと手にできなかった。だから、ギルドに登録をし荷物持ちでも雑用でも、囮だろうとやる覚悟で冒険者に同行した。
クリトの稚拙ながらも引かぬ剣。
だが生きるための強き意思を宿した瞳。
拾ったであろう木の棒で果敢に挑む幼き勇者に先輩冒険者は絆された。
依頼で次の町へ行くことが決まっていたそのハンターは短い間ではあったが、冒険者とギルドのイロハを教えてくれた。そして、依頼料で買い替えたからと、別れ際にそれまで使っていた剣をくれた。
「それは、貸してやるんだ。絶対に返せよ!」
そんな捨て台詞を吐く、不器用な冒険者が使っていたのは町の鍛冶屋が打ったただの量産された剣。しかもそのハンターが駆け出しの頃に中古武器屋で買ったという年季の入った一品。それでも、6歳と4歳の幼子を守るクリトには、授けられた聖剣のごとく神々しく思えた。
大事に手入れをし、自分と幼子たちの命綱となるその武器をいつの頃からか相棒として扱っていた。
そんなある日、ふとした油断でスラムの破落戸に剣を取られ、揶揄われた。
「こんなナマクラで粋がるな」と。
激怒したクリトは破落戸どもに歯向かうも、ボコボコにされ剣も折られた。そして、幼子たちは連れていかれた。おそらく歯向かった見せしめに奴隷として売り払われるのであろう。
「俺が弱いから、俺は、何も守れなかった!」
〈、、、ちがうよ。きみはつよいよ。ぼくがよわかったんだ。〉
クリトの慟哭に小さな声で応じたもの。
それが、剣に宿った付喪神との出会いだった。精霊と呼ぶにはあまりにも弱弱しいそれは、クリトに尋ねた。
〈、、、ぼくね、ずっときみをみていたよ、すごくだいじにしてくれて、たいせつにしてくれたのに、ぼくがよわいから、ぼくが、やくたたずだから、、、あのね、くりとは、つよくなりたい?やっと、つながれたけど、このままだと、ぼく、きえちゃう、だから、まりょくと、やくそくをくれれば、せいれいとして、きょうりょくできると、おもうんだ〉
「、、、相棒、おれは何をすればいい?」
〈、、、つよくなるって、やくそく、して?〉
「、、、あぁ、なってやるよ、お前が自分を誇れるくらい、俺が伝説を作ってやるよ!だから、お前まで行かないでくれ、あいつらを取り戻せる力をくれ、俺はもう、何も失いたくないんだ!!」
クリトは強い感情とともに自身すら知らなかった膨大な魔力を開放した。
〈契約は成った。僕は、君のモノだ〉
最後にちょっと気障なことを言った付喪神だが、最初は大したことは何もできなかった。
ぶっちゃけ、しゃべる折れた剣。それだけだった。けれど折れていてもその剣を相棒としたクリトは付喪神とともに強くなっていった。
そしてチエの孤児院で保護されていた幼子達と再会し、チエの錬金術で再生された剣を手にした頃には“魔剣殺し”の二つ名を背負う冒険者になっていた。チエに気に入られ、個人的にも師事したクリトはチエを“ばあちゃん”と呼んで、二人で冒険者ギルドの依頼をこなすようになった。
そんなクリトと付喪神が出来ることの一つに、物と会話するという力がある。物に宿る意思を通して、それが触れてきた歴史を教えてもらったりもできるし、逆にお願いすることもできる。
まぁ、高位精霊となった付喪神からのお願いは、ぶっちゃけ命令であり、反則ともいえる能力なのだが、今やりたいのは穏便にこの酒器の歴史を聞くこと。
さて、どんな物語を経ているのか、クリトと付喪神は酒器へと耳を傾けた。
見つけていただき、ありがとうございます。
ちなみに、ヒトが作るのが魔道具。作り方が失伝されていたり、ヒトより上位な存在からもたらされるなど、ヒトでは作れないのが魔導具。そんな使い分けをしています。
次回嘘予告
恥ずかしがり屋の道具の心を開くのは、クリトの想いだった。
序章 第4話 「初恋のはちみつ」
君は甘いだけの初恋に溺れる。