プロローグ
「英雄の弟子って、知ってるか?」
「レイムス騎士長のことですか?」
「いやいや、本物の英雄様の一番弟子じゃなくて、最近ここに来たパーティーの名前さ。なかなか面白い連中だぞ?」
ガランは豪快に火酒を煽りながら、カウンターで隣に座る白髪の女へ得意気に話し始めた。
「まず、1番に目を引くのは、それが二人組の若い女のパーティーってとこだ。しかもなかなかの上玉だ。ここは帝国に併合されたとは言え、ラムセイヌの王都だった街だ。他の町のギルドと比べればまだマシなヤツらが多いとは言え、まぁ、絡まれるわな。だけど、そいつらはあっさりと返り討ちにしやがった。」
ガランは空になったグラスに今度は琥珀色の火酒を満たしていった。
「まぁ、ここで一旗上げるつもりの色物パーティーなら、舐められかいことは最低ラインだ。だけど、更に面白いのはよ、そいつらが受けた依頼よ。」
ガランはそこで今度はゆっくりと飲みながら、ニヤニヤと女を伺う。
「勿体ぶりますね。あなたが気になるほどのコンビなら銀狼の討伐か、火喰鷲の卵の入手ってとこかしら?」
ガランはニヤニヤしながら、こっちのグラスにも酒を注ぐ。
「まさか、水晶巨人の討伐が成功したらしいけど、その娘らの仕業だったの?」
「ハズレだ。ヤツらが受けたのは薬草の採取とバズん所の荷運び。つまり、二人ともEランクなんだとよ。パーティのランクは1番高いヤツに合わせるからな。ちなみに、ぶっとばされたのは紅の暴れ牛とか言うCランクパーティだ。あいつらのことは知っているが、ぶっちゃけリーダー以外は脳筋の集まりだ。悪い奴らじゃないが、護衛どころか、採取ですら不器用でイマイチだが、腕っぷしは確かで討伐系でしっかり成果を上げている。そんな紅の暴れ牛が酔ってたとは言え3対2でボコボコだってよ。まぁ人数からみるに牛の方のリーダーは参加してないみたいだがな。最も最近じゃ輝きの黒馬が、英雄の弟子を気に入ったとか言って庇護してるみてーで絡むアホは居なくなったがな。あー、ちなみに、6日前に二人そろって昇級した。今は二人共Dランクだ。」
「あらあら。輝きの黒馬って言ったらBランクを3年も続けてる実力派パーティじゃない。どんなコネを使ったのかしら?」
「そう急くなよ。あー、喉が渇いた。なんか旨い酒でも飲めば口が軽くなりそうだ。」
ガランはワザとらしく嘯くとマスターへ目配せをした。
「今日はやけに勿体ぶりますね。」
白い髪の女がマスターへうなずく。
「なんと言ってもアタリを引いたかも知れんからな。」
軽そうな雰囲気でニヤついてはいたが、ガランの目は冷たく鋭い。店員が持ってきたボトルを見て当たり年の年代物に口端をあげる。その栓を抜きながら続きを語りだした。
「実は英雄の弟子には、専属の荷物持ちがいてよ。まぁ、ちっとは錬金術も出来るみたいで、薬やら魔札やらはコイツが手配してるみたいなんだかな。それはまぁいい。コイツは、二人とは別行動が多くてな。偶にそこの席を借りて占いやってんだよ」
ガランは酒場の奥のテーブルに目を向けた。
「その占いが変なもんで、相談を受けるんじゃなくて、金を渡すとそいつに何らかの解決策を教えてくれるってんだよ。なんつーか、神殿の神託みたいなもんだな。だから、聞きたい事に答えてもらえるわけじゃないが、それでもそこそこ人気がでているみたいでよ。」
女は目を伏せ酒の香りを楽しんでいる。
「ちなみに、輝きんとこのテルはダイエットの事を聞くつもりで銅貨三枚を出した。英雄んとこの二人は良く食う癖にほっそいからな。」
ガランはゆっくり口に酒を含み、飲み干していく。
「結果、テルが手にした情報は水晶巨人の討伐方法。金貨25枚の大仕事だ。あー、英雄の弟子が水晶巨人の討伐に関わったって意味ならさっきのお前さんは惜しかったな。」
女は興味なさがにグラスを傾けてる。ガランは構わずに語り続ける。
「水晶巨人の事は、裏でも回ってない情報だ。こんな事が出来るオレ以外は誰も知らねえ。輝きの連中もわざわざ情報をばら撒く訳もないし、こんな危ねえ連中をそのまま放置には出来ないわな。」
「、、、、それで?私の“依頼”を受けれそうなの?」
女はようやく顔を上げると、ガランの目を静かに見つめた。その目は相変わらず飢えた光を灯している。ガランは空になった2人のグラスを再び深い琥珀色で満たしていく。
「さあな。どうやらその荷物持ちは、自分じゃ神託の情報を選べないらしい。だから、幸運なヤツらは極一部だ。」
「それで、貴方には幸運の女神は微笑んだのかしら?」
「おうよ!これだよ。すげーんだぜ?」
そう言ってガランはニカっと笑いながらはテーブルに乗った皿を指指した。
そこにはこの店で最近流行っている新作のトマト料理があった。
「銀貨三枚。輝きの百倍払って得た情報だ。“明後日会う友と食べるといい…”って勧められたぜ?」
女はトマトを手で摘むと口に放り込む。トマトにオリーブ油をかけて塩を軽く振っただけの簡単なモノだが、予想外に口に合った。
「、、、美味しいですね。」
「だろ?あの時はまだ、俺に鳩は届いてねぇ。俺より早くお前と会う事がわかっていて、かつ、トマト嫌いなお前にわざわざコレを勧めるってことは。」
ヤツらはどこまで何を掴んでる?後半の言葉を目だけで語ったガランはグラスを回し氷と酒を馴染ませる。
「信用出来ます?」
「さあな。ギルドランクの関係でこの間までは討伐依頼としては受けていないが、やつらは火蜥蜴を狩っていた。女どもの腕が異常に立つのは確かだ。だがあの身のこなし方は、Bクラスの魔物と立ち会えば5秒で喰われそうだな。修羅場をマトモに潜らずに嬢ちゃん達はどんな手を使ってあの火力を手に入れたんだか。逆に男は、胡散臭えし、鈍臭ぇ。だが間合いの取り方、身の置き方、何よりあの燃えるような目だ。明らかに修羅場を潜ってきてやがる。あんな身のこなしじゃ、クレハの洞窟からすら帰って来れねぇだろうによ。かと言って、Bクラスの魔獣に当てても死ぬ様には思えねぇ。」
凄腕の素人と、足手纏いなベテラン。それが英雄の弟子に下しているガランの評価だ。チグハグなヤツらはこれまでもいた。だが、ここまでズレてるヤツはまずいない。むしろ、しっくり来る感じの違和感。
「“呪い”ですか。」
「さあな。だが、音の精霊を連れている俺の力でも、あいつらがどこの誰で、何を目的にしているのかつかめなかったぜ。常にってわけじゃないが、なかなか面倒な結界をつかってやがる。」
ガランは最後のグラスを空にすると、二人を覆っていた魔力を解いた。
「そう言う訳だからよ、考えてみてくれや。それと、まぁ、男の方は、まぁ、少なくとも“英雄”って柄じゃねえけどよ」
周りの喧騒が濃くなり、ガランの表情もニヤニヤした顔に戻っている。
「、、、えぇ。すでに時間に余裕はありませんし、覚悟はとっくに出来ています。真の英雄に出会わなければ、私達は、、、」
そう言って女は立ち上がり、ガランが先ほど目を飛ばしていた、奥のテーブルへと歩を進めた。
ガランはヤレヤレと肩をすくめると、出口に向かって帰り始めた。
これは、真の英雄を求め女が英雄の弟子と出会うことから始まる物語。