聖女の鏡
「ムダムダムダ!あんたの攻撃なんか、全然効かないんだから!」
切られた箇所を瞬く間に修復しているインウィディア は、余裕を見せていた。だが、クリトは構わずに無表情で斬り続けていく。最初は触手のように這いよる黒い靄を裂けていたクリトだったが、次第に靄もよけずに切り裂くようになっていく。さらにクリトのペースが徐々に上がっていき、気がつくと、インウィディア の回復を上回り、サイズが少しずつ小さくなっていく。
「え、え、ちょっと待って!何?何?なんなの!なんなのよ!」
インウィディア は堪らずに焦りだす。それでもクリトは止まらずに剣速を上げていく。
遂に小型の犬並に小さくなったインウィディアは一閃で両断された。その片側は、次の瞬間には一片も残らずに消滅させられていた。
そこでクリトは何故か太刀を振り抜いた形で止まり、一息を吐く。
そこで、自然体へと姿勢を戻し、フラリとあたりを見渡す。その瞳は暗く濁り冷たく、表情も冷え切っていた。
その瞳がティアの肉体を捉えると、クリトはゆっくりとそちらに歩みよる。そして、無造作に太刀を振り上げ、ティアに向けて振り下ろした。
インウィディアは「あぁ、あの身体は両断される」と思った次の瞬間、ティアの身体はライムに抱えられ、太刀筋のすぐ脇に転がっていた。
すぐ脇に振り下ろされた刀に引きつりながらもライムはクリトに口に含み魔力を込めた液体を吹きかける。無表情だったクリトはわずかに顔をしかめた。ライムは続けて懐から瓶を取り出すとクリトに向けて投げつけた。
「クリト殿!気を確かに!飲まれてはなりませぬ!」
パリンと軽い音を出しなかの液体、、この匂いは酒だろうか?を被ったクリトは目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。
「ライム。すまない。助かった。ティアからあいつを追い出したときにどうやら少し気が緩んだみたいだな。」
そういって苦笑するクリトは、改めて鋭い視線をインウィディアに向ける。
「さて。時間ねぇから、一気に行かせてもらうぞ?」
カチャリと鍔鳴をさせながら改めてインウィディアに刀を向ける。
「もう、いいの。力も無くなっちゃったし。それに、やっと思い出したの。
わたしね、みんなを助けたかったの。
勇者達と悪魔達のおはなしってしってる?」
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むかし、むかし。
数百年ほどの前のできごと。
わるい悪魔が、世界をぬりかえようとしていたの。
そこで、当時の人々は神様にいっぱいお願いをしたんだって。
私たちに、悪魔をたおすチカラを下さいって。
そうしたら、勇者達があらわれたの。
勇者達は、悪魔達をおいはらって、平和を取り戻しました。
めでたし、めでたし。
この勇者達の中にいた聖女が、わたしの主だったヒト。
彼女はね、皆をすごい尊敬していたの。
聖女の力は願いを届けること。
邪を払うのも、傷を癒すのもそれほど得意ではなかったけど、彼女の祈りを受けた勇者たちは凄い力が出せていたの。今は能力強化って言われているけど、当時はそんな概念すらなかったことを初めて行っていたの。今でも魔力の強化や、武具の強化まで出来るバフ師はいないでしょ?
そんな彼女は、みんなの凄いところを見つけるのが上手で、いつも“凄いね!凄いね!”って皆を褒めていたの。
悪魔達を倒して、勇者達が旅立つときに、残って国を作るそのリーダーに彼女が託したのが、わたし。“聖女の鏡 インウィディア”。
わたしは、彼女のように能力強化はできないの。けど、誰かのちょっと凄いところをみんなにちょっとずつコピーすることができたの。
「皆の憧れのあの人ほどは凄くないけど、私もちょっとはできるようになったよ」
ってみんな喜んでくれていたの。
でもね。国が興って平和になってきた頃からね、わたしのところに来る人が減ってきたの。偉い人って、凄くないといけないんだって。だから、みんなが凄いんじゃなくて、一部の偉い人だけが、私の所にくる様になっちゃったの。
わたしは見えてる人にしかコピーを渡せないの。だから、だんだん、わたしの中にチカラが溜まってきちゃって。だからかな。鏡を通してお城の中が見えるようになったり、この頃から、ヒトの言葉もわかるようになってきたの。それでね、皆が羨ましくなっちゃったんだ。
綺麗なお洋服を着たり、楽しそうに踊ったり。結婚して、子供を育てたり。お仕事いっぱいして、頑張ってたり。
羨ましくて羨ましくて。だから私はインウィディアを抑えきれなくて、エンヴィーがうまれちゃったの。妬ましくて、欲しくて。せめてその場に混ざりたくて。
だから、王様に言ったの。娘を聖女として私にくれれば、私に溜まっているチカラを一人に集中してあげるって。
そうしたら、王様が「いいよ」っていってくれて、お姫様をくれたの。
うれしかったな。これで私もここで独りじゃないって思って。
でもね、思ったより一人だけに何個もつけるのって大変でね、その過程で、触媒にしてたお姫様の魂が擦り切れて、身体だけになっちゃってね。
その身体はあっというまに崩れちゃったけど、少しの間だけ、身体をもらうことにしたの。
こんな、冷たくて、よくわからない、変な身体じゃなくて、綺麗で、柔らかくて、温かい身体。
何人か、ダメっていう王様もいたけど、ビビビってやったら、ちゃんと姫様くれたの。
姫様の魂って、すごい幸せでいっぱいで、それが綺麗で楽しかったの。
だから、王様たちにはなるべく姫を大事にするようにって言っていたんだ。
今はね、あなたに色々と切り取ってもらえて、元に戻れたから。思い出したんだ。あのね、彼女はあのラウド君にちょっと似てるんだよね。
あの子には、幸せになって、欲しい、、、な。
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クリトは既に草薙の剣を解いている。そしてインウィディアだったそれはすでに魔力もなく、ただの歪な金属片になっている。だから、途中からクリトは付喪神の力で聖女の鏡から聞いた話をライムに語っていた。
「、、、とりあえず、これでかたがついたな。さて、姫殿下の応急処置も済んだことだし、そろそろ戻るか。」
そういって黒い刀に魔力を這わせると、無造作に空間を切り裂いた。
時間は少し遡ってインウィディアが自身に全ての力を集めてスライム化をした頃。城では、聖女達が突然動きを止め、靄も一気に霧散した。
守護隊の伝令網により、原因は不明ながらも敵が全て無力化した事、だが、まだ城の迷宮化は解かれて無いこと、榴石宮・思政の間の創崑はまだ禍々しく輝いている事が伝わる。聖女だったモノは、既に崩れ初めており、突くと簡単に砂山へと変わっていく。
そのため、王をはじめとした主力達は思政の間へと集まり、創崑への対応を練っていた。
「あれは、異界へと繋ぐゲートにすぎぬ。今ならわかるが、アレは余に寄生していた鏡の聖女の力によるモノ。
そのため、実態を持たぬ、言わば具現化した概念の様なモノじゃが、、、
ジェムエルよ、干渉は出来ぬか?」
「恐れながら。いささかこの老ぼれでは荷が勝ちすぎまする。発動済みの魔術のため構築式が見えず、またこの部屋に張られていた構築式から見ますに、我が国、、いえ、現代の魔術構築論からは外れた論法によるものかと。
時にサナ殿。お主なら、どうじゃ?」
「魔術構築論よね。あのアルザミリスの唱えた時間軸と空間拡張のマリュエリア論ってやっぱり凄いと思うの。だって、相対的範囲を変異と仮定して積層空間を圧縮とか、どうやって考えついたのかしら?やっぱり天才ってす
「サナ!落ちついて!あの、そこじゃなくて、あの黒いの!なんとか出来ない?」
「あらあら、ごめんなさいね。やっぱりあれ面白くて。
そうそう、創崑への干渉よね?
やっぱり私では難しいわ。魔力量が足りないもの。そもそも、空間干渉を完璧にこなすような頑健な魔術だから、やっぱり付け入る隙も無さそうだし。クリト達なら、やっぱりなんとでもしそうだけど。あんな風に。」
そう言ってサナが指差した創崑はいつの間にか輝きが収まっており、そして創崑を中心に空間が縦に2メートルほどのぱっくりと黒い線が走っていた。
ユーナは見覚えのあるそれを半眼で見つめて、まさか、、、と呟く。
次の瞬間、ガバリと空間が割れて、クリトとライム、そしてライムに抱えられたティアが現れた。
「ラウド様!ティア様の魂を!」
ライムがティアの周囲を空間ごと清め、ラウドを促す。
そして、さっきまでの饒舌さと朗らかさが嘘の様に凪いだサナはクリトから受け取った黒い刀で空を斬り、ティアの周りの魔力を払った。ラウドが首飾りの結界を緩めティアの魔力が漏れ出した。
それを見たクリトはサナから受け取った石版の様なモノを撫でると、繊細で複雑な積層球体構築陣を作り上げた。その構築陣はそこへ吸い込まれるように浮かんだティアを包んみこんだ。そして、ラウドの確保していた魔力が染み込む様にティアに注がれると、胸から順に金色の輝きかま広がっていく。
「さて。出来る可能性のある事は全部やった。だが、まだ足りてねえ。後は、欠けた魂だ。既に何かに使われちまっているそれをどう埋める?」
ラウドが確保していたティアの魔力を全部吸収しても、まだ身体の半分程までしか行き届いていない。
「、、、姉上は、、こんな事に負けないのだ!強くて、かっこいいのだ!姉上は、今度はラウドが守るのだ!帰って来るのだ!姉上!!」
ラウドが苦手としていた回復魔術をティアにかける。
「ティア様は優しくて、穏やかですが、理不尽な事に屈する事はありませんでした。信じております、戻って来てください、ティア様!」
ライムが苦手としている強化魔法をかける。
「ティアよ、この国を幸せにすると誓った。それをまだ見せてはおらぬ。なによりお前が帰らねば、悲しむモノがここにおる。帰ってこい、ティア!」
「ティア、貴方の知っている幸せなんか、まだまだ小さなモノなの。あなたには母娘としてまだまだ伝えたい事があるのよ?」
王が王妃が、父として母としてティアを優しい魔力で包む。
「ティア様は、私がまだ未熟な頃に負った傷を、それでも栄誉だと言って下さり手当をして下った。まだ、あの御恩を返せておりませぬ。」
「ティア様はこの老ぼれの話もニコニコと聞いてくださった。“また今度”との約束、まだ果たせておりませぬぞ?」
「ティア様のためのデザート、新しく考えていました!」
「ティア様に絶対似合う髪飾りが!」
「ティア殿下、今度ぜひお茶を!」「あ、ずりー!ティア様、私はダンスを一曲!」「なら、私は絵を!」「今月の新刊はティア様が主役ですの!」「ティア様お慕いしております!」「ティア様、私の新刊は来週に刷り上がる予定ですの。」「ティア様。その御御足で踏んでください!」「ティア様、「ティア殿下
皆が、ティアとの未来を思い描き、魔力をティアへと送っていく。
いつの間にか全身を金色に輝かせたティアは、まるで妖精の様にふわりと地に降り立つと、ゆっくりと目を開いた。
そんなティアに目に涙をいっぱい溜めたラウドが飛びつき、ライムはその手を自らの額にあて、静かに跪く。
宮殿は真夜中にも関わらず、歓喜に満たされていった。
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次回嘘予告
酒に呑まれた男は、限界の先をみすえる。
第二章 最終話 無礼講の翌朝
君は陛下が王妃へ土下座する姿を見ることになる。