脇役のラスボス
「我より、目立つなぁ!
我こそが、我こそが!主役なのだ!」
吠え猛るティアは、更に鏡を増やしクリトへの光線密度を上げていく。その光の中央でキラキラと舞う様に剣を振るう姿が収束された光線によりかき消されると同時に着弾をした光線が爆散していく。
「クハハハハ!跡形も残さず、消しさっ、んがっ!」
クリトを消し飛ばしたと確信したティアだったが唐突に真横からの衝撃で弾き飛ばされた。
「だから、お前の台詞はさっきから雑魚ボスじみてる自覚ないのか?まぁ、気持ちは分からんでもないがな。」
蹴り飛ばした姿勢で残心を解かず、ボソリとクリトが呟く。ふと視線を外し、城の中を映す鏡を指先す。
「お前の言う主役って、ああいうのだろう?」
クリトの視線の先には、風の聖女と相対する赤騎士団長の姿があった。
彼が振るうのは一振りの赤い大剣。全てを蹴散らす様な紅蓮の炎を纏わせた豪快な太刀筋ではあるが、彼自身の表情や振る舞いは湖面のように凪いでいる。無拍子で踏み込み、触れただけでも必滅の破壊の化身。
対する聖女は両手に構える二振りの短剣。迅速かつ変幻自在な太刀筋は軽やかで舞のようだ。だが、そんな彼女は冷笑を浮かべた羅刹の如き立ち姿。一瞬千斬にて、万の太刀筋。受ける事も避ける事も許さない、滅びを告げる灰塵の女神。
周りは既に瓦礫と化し、互いに供を付けずに一対一で向き合う。既に何号も打ち結び、それでも互いにかすり傷すら与えない。かつては片方は最強の戦士として、片方は有望な見習いとして同じ部隊で共に魔物を蹴散らしていた。
知らぬ仲では無いが、今、この時は互いに剣を向き合っている。
「強くて、皆から慕われてて、二人とも理想のヒーローの体現だもんな。憧れるのはよくわかるよ。それとも、あっちか?」
次の鏡には、戦力を持たぬ侍女や城仕え達を庇うように結界を張り、必死に指示を飛ばすラウドがあった。
限界まで拡張した結界の中は、野戦病院のような有様だった。戦力は持たずとも、そこはこの国の王城へ勤める者達である。決して無力無能の衆ではない。ラウドの結界を補助する者、戦士の傷を癒す者、戦う者へバフをかける者。
それぞれが一人だったらあっと言う間も無く黒い靄に取り込まれいたであろう。だが、集い、支え合うことで何とか凌いでいる。そして、その中心には諦めず檄を飛ばす王子。そして、ケイトを中心にギリギリの均衡を保たせている。
「幼さは残るが、確実に成長し、強い向上心と努力をみせても慢心はせず。皆から期待されて、愛されている存在だよな。ケイトをはじめ信頼も厚いし。」
「、、、うるさい。」
「あっちの正気を取り戻した王と王妃と近衛隊、守護隊連合と対峙している5人の聖女達のとこも盛り上がってるよな。王のガーゴイルゴーレムってエグい性能だし、王妃のバフも半端ない。守護隊の鉄壁の布陣と近衛の遊撃も並の魔物連中なら、軍団単位でも余裕だろうな。
それと、魔術師師弟コンビと聖女カルテットの後出し上等!後の先をとる魔術対決も玄人好みな対戦だ。」
「うるさい、うるさい!だまれ!だまれ!!だまれぇっ!!」
感情の赴くままに極大の光線をクリトへ見舞う。だが、クリトはあっさりと光線を弾き消す。
「対してお前は、こんな真っ暗で、何も無い所で、誰にも知られず、誰とも知らない奴とやり合っている。」
「あぁあーっ!消え去れぇ!!」
光と闇を自らに纏わせたティアは直接クリトに襲い掛かった。光速にも届きそうなその拳速はそれでも動きを読み切られ連撃を仕掛けてもことごとく躱されてしまう。鏡からの光線を避け、背後からの闇弾をクリトが弾いたその瞬間を狙ったティアの拳がそれでもまだ空を切る。
「っぐは、」
その隙を逃さずクリトの膝がティアの鳩尾を撃ち抜き、崩れた体制のティアの側頭部に回し蹴りを叩き込む。吹き飛ばされたことで、距離が出来たティアは、改めてクリトを睨みつけたと思えば、唐突に笑い出した。
「クハハ、やはり貴様は特別じゃ。先程の連撃は風の聖女を持ってしても捌き切れるものではない。
今までどこに居たのか知らぬが、正にこの場の最強は貴様か我よ。有象無象なぞ関係ないわ。
特別に選ばれた我らの雌雄が決せられるのだから!」
高らかに笑い上げビシッとクリトに指を向けるティアに対し、クリトは苦笑いをこぼす。
「、、、実は俺は、まー、ある意味呪われていてね。
特殊な存在であることは否定しないさ。」
クリトのその言葉に当然といった得意顔でティアは続きを促す。
「そんな俺の今のキャラは、その他大勢、壁の花なんだよな。だから、主役級の奴らとは関われないんだ。」
ピタリとティアの動きが止まる。
「最初は戸惑ったよ。この国との関わり始めがラウド殿下だったから、まー、認識してもらえない。そりゃそうだろうな。王子殿下からみたら、俺なんか動く背景みたいなもんだろうさ。まぁ、城である程度過ごせばモブ仲間も出来たし、食客という立場だからオブザーバーとして参加した会議で発言しても目をつけられなかったしな。でも河川の赤鼬を報告した時は焦ったな。めっちゃ流されたから。まぁ、サナがフォローしてくれたからよかったけど。討伐の時は罠の構築とか、伝令系統の急設とかしたから、分隊長から褒めてもらえたなあ。あれで瀕死になった六脚熊をラウド殿下がトドメを刺すっていう殿下の見せ場を作れてね。うん、あの時の打ち上げの酒は盛り上がったな。」
少しずつ、“あれ、こいつそう言えばあの会議とか、あの討伐とかに居た様な?”と言う遠い目になっていくティア。気まずい様なしょっぱい表情になり、指先もヘナヘナと。
「だ、だが!貴様は力を隠していたではないか!それなら認識が薄いのも仕方ないっ!それに実力は本物であろう!貴様は、断じてどうでもいいような、軽い存在ではあるまい!」
再び、ビシッと指を刺す。今度は少し必死さが出てしまい、少し優雅さは欠いている。
「確かに。俺もさすがに自分をどうでもいい様な存在だとは思いたくはないな。」
クリトはそう言って頰を掻く。そして、城を映す鏡の一つを指さして言葉をつなげた。
「例えばそこのハゲデブチビはな、まぁ鈍臭い。料理人として城に入って長いがまだ見習い。おかげでジャガイモの皮むきとか、スープの灰汁取りとか難しいというよりも面倒なことが絶妙に上手い。けどな、いつもにこやかで人当たりがいいから、可愛い嫁さんと賢い子供達に囲まれた、幸せそうな家庭を築いてる。今回のこの騒動があいつの平々凡々な人生の唯一の事件だろうさ。」
そんな他愛のない話にティアはイラつき、冒頭の奇襲の仕返しとばかりに、今度こそクリトを仕留めるための大規模な魔術を構築していく。
「そのカミさんは城下町で針子をしててな、特に穴あきの繕いが上手いんだよ。同僚のおばちゃん連中にも好かれてて、二人して孤児院出な上に二人とも高給取りじゃないから、金がないだろうってしょっちゅう惣菜を差し入れてもらってるらしいな。子供達も母親の服飾ギルドのお手伝いをして、それが逆に集客に繋がってるとか聞いたな。」
淡々と語るクリトを見下しながら、ティアは勝ち誇った様に、ギラついた目を向ける。
「貴様だけは、確実に葬り去ってやるわ!『劫楼
「ちなみに、色々と目の肥えた王宮侍女達の中で去年までの3年間“理想の家族”で殿堂入りしてる。つまり、皆の憧れだな。」
「、、、それがどうしたと言うのだ!
永遠に狭間を彷徨え!!『劫楼回
「遅ぇ!」
クリトは構築陣を直接斬り飛ばす。ティアはそれに苦々しく顔を顰め、クリトを睨み返す。
「!
化け物め!構築式に干渉するのでさえ難しいというに!」
「、、、なあ、お前の目的って何だよ?
キラキラしたモノばかりにしか興味ないのか?
薄っぺらな価値観にしか思えないぜ?」
「、、、我が、我こそが選ばれし者よ!我に相応しいモノを選んで何がわるい!」
黙れとばかりに手を振り抜き、ガナリ立てるティアに、もう優雅さは残っていない。
「聞き方が悪かったな。
お前は何なんだ?
身体も借り物、手下もコピーばかりで、“本物のお前”はどこにあるのさ?」
「、、、貴様は、、、!それならば、見せてやる。
これが、聖女の鏡インウィディアの真の姿よ!」
がくりと崩れ落ちて倒れたティアから、黒い靄が立ち上がると周囲の鏡が砕け散りガチャガチャと音を立てて一箇所に集まっていく。そのガラス片が集まるとメリメリと音をたてながら、更に圧縮されて行く。黒い靄も取り込まれ、そこに在ったのは、真っ黒な、、いや、周りの景色を映し込んだスライムだった。その証拠にクリトの姿が歪に蠢き映し込まれている。全てを形へ成り得る全て映すモノは、しかし何者へも成り得ずに歪んだ像しか結べなかった。
「もういい。全部、何もかも!全てメチャクチャになっちゃえ!」
ティアを手放したからか、取り繕う事を放棄したのか。インウィディア は言葉使いも稚拙になる。
迫り来るスライムの巨大。クリトが振るう剣は確かにスライムを切り裂くが、瞬く間に修復されていく。ならばと魔術を放つも弾かれ、または収束されてクリトへと帰って行く。
クリトは一度距離を取り、少しイラつきながら刀を構える。スライムは先程までの俊敏さは無くなったものの、六脚熊に匹敵するような巨体でウネウネと近づいてくる。
クリトは、もう話す事は無いとばかりに無遠慮に切り掛かり、斬り裂いた。
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次回嘘予告
ぷるぷる ぼくはわるいすらいむじゃないよぉ
第二章 第10話 「テイマーへの道」
君はスライムを最弱と侮ってしまうか。