柘榴石宮の秘密
見慣れたいつもの光景。明るく、荘厳な執務室。
最近は王太子としても相応しく成長した息子が珍しく息を切らして入ってきたのを、王が訝し気に見ている。
ラウドはふと、気付く。
辺りは城内ですら静まり始める時間。それなのに、この部屋は明るすぎる 窓の外には闇夜が見えている。だというのに、窓からは明かりが入ってきているように窓枠が部屋に影を作る。
ふと、思い出す。
雨の日でも朝も夕方もこの部屋は明るかった。照明を灯す必要がないほどに、この部屋は常に明るかったのだ。
「父上。この部屋はなぜ、明るいのだ?」
「照明が付いているからに決まっているであろう?」
当然のことを聞かれた王はさらに困惑を深める。
「なぜ、、、夜なのに、窓からの光で影ができているのだ?」
「、、、」
王は不思議そうな顔でラウドを見ている。
「ラウド、、、?何を言っている?窓から光がはいり影を作るのは普通のことではないか?」
「今は夜なのだ!窓の外には太陽はないのだ!」
部屋の明かりが乱れる。
東西両側の窓枠の影が蠢き形を作る。
「ソトニ太陽があルのは、ふつうのコとだ」
王はうつろな目になり、明らかに状態がおかしい。
「衛兵!父上が!」
「無駄ダ コノ部屋ハ スデニ ワレノ 中 ダ」
ノイズがかった割れた声に目を向ける。
そこにはいつの間にか創昆が王の頭上を漂い、黒々とした靄とともに存在感を放っていた。
「スデニ 外 トハ カクゼツ シテイル」
ラウドの机が、いつの間にか東側にもある。
まるで、南北を境に鏡写しのように。
ラウドは気丈に王のような何かを睨む。
すると、王から黒い靄が立ち上り、創昆に纏わりつく。立ち上がっていた靄が全て倉庫に持っていかれた王はガクリと椅子に崩れ落ちる。黒い靄は創昆をコアとするかの様にぐにょぐにょと蠢き、やがて、ヒト型になり、少しずつ王の影のような姿になった。
「コレヨリ ラウド ヲ オウタイシ ヘ ナラセル」
ラウドの首から下げた翡翠の首飾りに黒い靄が迫ってくる。とっさにラウドは結界を発動し、靄を弾く。
「アネノ チカラ ヲ ウケイレロ」
「嫌なのだ!これは、この魔力は姉上のモノなのだ!」
「ソレヲ ウケイレナケレバ 王トシテ ジュウブンナ チカラヲ エラレヌ
サア ウケイレルノダ!」
ミシっとラウドの結界にヒビが入る。
「嫌なのだ!ラウドには、姉上が必要なのだ!」
「チカラヲ エズニ 王ト ナルノカ?
強サヲ 知恵ヲ スグレタ容姿ヲ スベテヲ モツ モノコソ 王ダトウイウノニ!」
「姉上を犠牲にした王になど!ラウドは成らないのだ!」
だが、黒き靄はラウドの結界に纏わりつき無情にもヒビが大きくなる。
「オマエノ ケッカイ!
オマエガ アネノ魔力ヲ 囲ワレナケレバ コンナ手間ナド ナイハズダッタ
マッタク 忌々シイ!
ワレノ チラカヲ 拒ム ソノチカラ!
妬マシイ! 壊シテヤル!」
創昆が大きく蠢き、靄の闇が深くなった瞬間、執務室のドアが爆炎と共にはじけ飛ぶ。同時に幾筋もの雷撃や炎弾、氷槍が飛び込み、光の鞭が靄を打ち付ける。
「ラウド坊ちゃま!無事ですか?!」
「ちょっと!違うでしょう!魔術って、もっとこう、、、エレガントな感じじゃない!
なんで炎をまとった拳で結界を殴って破らせるのよ!
トーマってもっとこう、、、スマートだったじゃん!
すっごく難しい構築陣とか、どばーって感じでキラキラしてたじゃん!
なんで私は純粋に暴力な感じで魔術師っぽくないじゃん!違うじゃん!こう、、、可愛くないじゃないっ!」
「王の無事を確保せよ!」
「だってユーナさんまだやっぱり上手く構築式組め切れないじゃない?トーマさんも、やっぱりOKだしてくれていませんでしたし。トーマさんと相談して、k
え?、あ、やっぱり?そうよね。大丈夫よ。やっぱり最近の流行りは、女の子でもパンチにキックに棒で殴るのもアリみたいよ?」
「ほほう、、、なるほど、この構築式が、こう隠されて。。。このジェムエル、長年王宮に魔術師として勤めてまいりましたが、まさかまさか、王の執務室にこのような「ジェムエル老師。解析は後です。まずは、あの創昆なるものを始末しなければ。」
ケイトが真っ先にラウドに駆け着け背にかばい、王のようなモノと席で臥せっている王を見比べる。ざわめきと共に衛兵や赤騎士団長のガリエル、同副団長のバネル、王宮魔術師団長ジェムエルに守護隊筆頭魔術師のゲーナム、ユーナやサナも駆け込んでくる。
そして、王妃も現れた。
「カチク ドモガ サワグナ
コノ城ハ スデニ ワレノ ナカ
ザコドモハ ザコラシク オトナシク ワレニ シタガエ!」
王のような影は、両腕を高く掲げながら勝ち誇ったような笑みを出す。魔力が迸り城に満ちていくが、一拍の後それはサナの掲げる魔石に一気に吸い込まれていく。
「さすが、概念体の組んだ構築式でしたね。解析、分析、そして改竄にやっぱり少し時間がかかってしまいました。
ですが、やっぱりこれだけ多くのヒトが居て、様々なことが常に起きているのですもの。ここ350年の間に起きた様々な綻びを突けば、やっぱり何とかなるものでしたね。
おかげで大量の魔力を簡単に集められましたわ。」
サナがニコニコと上機嫌で魔力の溜まった魔石を見せつける。
「ザコノ クセニ ナメタ マネヲ
キサマラノ カワリナド ドウニデモ ナル!」
苦々しい顔をしつつも、王のような影は再び両手をかかげ、新たな構築式を展開する。
「『黄泉ノ狭間 ト 常闇ノ城 我ガ名ニオイテ 焦ガレ崇メヨ」
「あら、そんな構築式もあるのね。初めて見るわ。
、、、ン~。なるほどね。鏡界存在による疑似再生とそれの召喚みたいね。
えーっとあそこのショートカットの先とむこうのモジュールの意味がやっぱりわからないわ。」
「ほう、お主もなかなかやるのう。おそらく、あのモジュールの根本から見るに循環における置換措置ノイズの処理についてじゃろう。」
「まぁまぁ、おじい様さすがですわね。なら、あっちの、、、」
衛兵や騎士団達が創昆に詰め寄ろうとしているが、靄に阻まれ、紫電に焼かれている。そんな中でもサナといかにも偏屈そうな爺ことジェムエルは敵ながら見事!と言わんばかりに魔術談義に花が咲いている。
「インウィディア ノ名にオイテ 命ズル 存分ニ暴レロ!』」
魔力を得て完成した構築陣は輝きながらパンと弾けてキラキラと散って行った。瞬間、魔術オタク、、、基王宮魔術師団長ジェムエルの顔が蒼白となる。
「いかん、まさか、このように帰結させるとは!早すぎる!こやつ城中にばら撒きおった!
ゲーナム!まずは緊急結界の起動と詰め所の連携を確保じゃ!
ガリエル、こいつ城中に魔物を召喚しおった!」
王の身を確保し、王妃ともども背後にかばう赤騎士団長ガリエルは、宝剣に魔力を這わせ身体強化の魔術を一気に纏った。
「バネル、ゲーナム師と共に陛下達を。」
ガリエルが静かに言い終わる前に、すでにバネルと騎士達が王族をいわゆる魚鱗の陣で守り、ゲーナムがその陣ごと結界で覆っていた。そして、ガリエルは目の端でそれを確認すると裂帛の気合を解き放ち創昆へと突貫した。だが、それを止めたのは、靄をまとう年若き乙女。その姿は先代の聖女であった。そして聖女として鏡に捧げられるまで討伐体の先頭に立っていた“風の戦乙女”としての鎧と剣を身に纏っている
「ラフィーネ様!」
王妃が真っ青な顔で魔物を見る。彼女が王妃教育を受けるなか、ラフィーネが聖女となるまでの数年間を共に過ごした当時の姿のままであった。
だが、風の戦乙女は王妃の呼び声には一切の反応を示さず、無表情のまま目も閉じている。
「鏡ノ聖女ドモヨ ワガ ハイカ ト ナリテ カチクドモ ヲ シツケヨ」
流雷の射手、千斬の双剣士、烈陣の人形遣い、そして紅蓮の舞姫。
渾名を持つ程に武を馳せた聖女達が城のあちこちから次々に現れて来た。
「カチク ラシク オトナシク ナラナイナラ 歴代ノ王ノ ヨウニ 傀儡 ニ 堕トシテヤル!
コノ城ノ スベテヲ ワレノ 傀儡 ト ナッテシマエ!
ミンナ、スベテ ワレニ 従ウノダ!」
猛るように声を荒げる創昆が命じると、一斉に歴代の聖女達がその力を振るいだした。そして、あちこち鏡から湧き出た黒い靄が、まるで触手のように蠢きだした。
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次回嘘予告
重ねた時の重さは、存在の強さとなる
第二章 第8話 「歴代聖女のお局様」
君は、覆さないチカラもあることを知っているか。