王子の覚悟
「ライム!ダメなのだ!この者たちは姉上を取り戻すために必要な仲間なのだ!
だから、、だからこの者たちは絶対にラウドに必要なのだ!
たとえ、ケイトとライムが止めても、父上が反対しても!
ラウドは絶対に諦めないために!この者たちが必要なのだ!」
おそらく毒で昏倒したらしいユーナ達を見て、ラウドは覚悟を決めケイトとライムに思いをぶちまけた。諦めないとは言っても具体的な方法はわからないし、彼女らが本当に役に立つのかもわからない。少なくとも、父であるグランタイズ王を説得出来なければ、あの鏡にたどり着くことすらできない。
あの魔導具はグランタイズ王国王家の秘宝。つまり、最低でも、王太子として父に認められなければならないのだ。
幼いラウドもそれくらいはわかっている。だが、偶然かもしれないが何かを知っていそうな旅人と出会えたのだ。
最初で最後のチャンスであろう。出会い方は最悪だったため、ライムは毒という手段まで使って来ている。ここで離れればラウドは二度と彼女達とは会わせてはもらえない。だから、ラウドはケイト達に対して初めて強く我を通し、吼えた。
教育係と近衛護衛も兼ねているケイトとライムは難しい顔をしていたが、ラウドの強い意志を込めた瞳に何も言わずに諾々と命を受け入れてくれた。
その後しばらくすると騎士達も遅れて到着し、王子誘拐の疑いで昏倒したユーナ達を捕えようとした。しかし、ラウドは最早それを断固許さなかった。
強引にユーナ達を料理人として雇うことを宣言し、強引に連れ帰ってきて、強引にユーナ達を専属にしてしまった。
ただ、何故かサナがどうしても帯剣の解除を拒んだため、サナは護衛騎士としてライムの下に付くことになった。ラウドの近衛としてはケイトの領分なのだが、近衛に所属しているだけでは城内のエリアによっては剣の持ち込みすら許されないところでの業務が発生してしまう。それならば逆に常に帯剣を求められる守護隊の一部としての給養員に所属となったのだった。
結果、ラウドの食事はユーナによって、王宮守護隊の食事はサナによって、異常な速度で改善していった。まぁ、美食に拘りまくって隣国の食事を数十年は一気に進めたといわれる万能の魔女のレシピを持つのだから当然といてば、当然であった。
そして、ラウドも変わって行った。ラウドは正直、ティアが鏡に捕らわれるまでは勉強に興味を持っていなかった。姉のティアが非常に聡明だったこと、ラウドがまだ幼いこともあり、ラウドはあるがままに過ごしていた。さらにラウドは結界魔術などを感覚的に高度に使えていたため、勉強はお座成りにしてしまっていたのだ。だから、ラウドは今になって事実上初めて王族という存在にたいして真剣に向き合っており、王として相応しくあるための努力を重ねている。
魔術について。魔導具について。グランタイズ王国の歴史について。
そして経済のこと、軍事のこと、政治のこと。
ラウドは勉強に必死に取り組んだ結果、少し苦手になってきてしまっていた。
調べれば調べるほど、難しくなっていって、知れば知るほど何も知らないと思い知った。
王族であることの意味を理解出来ると、自分の無力が目についた。
進めば進むほど、迷ってしまいそうになった。それでも、決して投げ出さず、唯々今の自分にできることの一歩先を確実に挑み超えていった。
そんなラウドの表情は、以前まではホワホワとしていたモノが多かったが、最近ではキリっとした顔も増えてきた。
もっとも、今この瞬間に限って言えば
「この、、、ハンバーグは凄いのだ。この柔らかさといい、凄いのだ!もう、、、凄いのだ!」
食事に全神経が回っているので軽く語彙が死んでおり、蕩けた顔になっている。そんなギャップに萌える近衛騎士や給仕がニコニコと見守っている。
そんな風に城は一見すると楽しく順調な日々が過ぎていった。
そうして1ヶ月もする頃には、ユーナは他の料理人にもレシピを教え王宮の食事レベルを嘗てないほど高め、サナも色々な部隊の食事改善に貢献できる程度には信頼を勝ち取れて来ていた。
それと、、、まぁ、どうでもいい情報になってしまうが、サナは特に色々な、、、仲間?というか同士も増やしていたようだ。その同士には筆頭に給仕のアミーやミッシェル侍女長をはじめとした女官達がおり、なにやら本のやり取りで異常に盛り上がっていた。ラウドはそこの場面を見たとしても決して近づいてはいけないとケイトとライムから強く言われていた。
なんか、腐った本だとかなんだとか。
まぁ、意味がワカラナイ上に本当にドウデモイイことではありそうなので、ラウドは素直に放置していた。
そうして季節も移りかわり、本格的な冬の到来と共にラウドの教育もここ数週間で一気に難しいところまで来ていた。
実地として治水に関する法案にも関わらせてもらった。隣国との貿易やその交易のための街道整備や港湾整備についても資料を見て理解出来るようになってきた。穀倉地帯を襲っていた魔獣の討伐にも参加した。
だが、それでもラウドは焦っていた。
ラウドは確かな成長を実感していたが、まだ届いていない。そして残されていると思われる時間はもう限界に近い。
“良き王とは、なんなのだ?”
“堅王アルクトのように富を集めればよいのだ?”
“覇王ギルグスのように武を極めればよいのだ?”
“どうすれば、王として正しく在れるのだ?”
最近はそればかりが頭をめぐる。
治水は結局政務文官が委細整理を進めてくれ、地方の担当官が更に細かいフォローまでをしてくれいた。
貿易は商業ギルドが末端までバランスを整えてくれていたことを知った。
討伐には騎士団が届かない案件などには冒険者ギルドが体を張ってくれていた。
結局、ラウドは自分ではちっぽけな成果すら成していないと痛感していた。
そんなラウドが行き詰まりを感じていたある日。城では今日も量も質も満足な食事が振舞われ、夜の訪れとともに静かになりつつあったが、ラウドの書斎にはユーナ達とケイト、ライムがラウドに集まっていた。
ケイトは解呪についての情報を集めてくれている。ライムは伝承から真実を読みとろうとしてくれている。ユーナ達は決戦に向けて魔札や魔道具の整備や手配をしてくれている。
「ラウド殿下はほんとに頑張るね。私がそれくらいの頃は薬草を摘む程度でも褒められていたのに。」
「殿下、焦ってはいけません。まずは敵を知らなければ。」
ユーナもケイトも追い詰められたようなラウドの表情を心配そうに見ている。
「でも、このままでは父上を説得出来ないのだ。」
あの魔導具は特殊な空間に在る。鏡と対となる魔導具“創崑”は王が秘宝として管理している。創崑はそこへの道を繋ぐ手段として、また鏡との契約者の証としてグランタイズ王家に代々継がれてきたのだ。
まだ王太子として立っていないラウドの触れられるモノではない。だがティアを取り戻すためには、あの宝玉を借り受けなければならない。
父は王族としての力を得るためには魔女との契約が必要だと言っていた。それなら、そんなものが必要でないことを示せればよい。
つまり、、、結果をだせばよい。
だが、ラウドはまだ届いていない。そして、ラウドは対となっているティアがかなり摩耗してしまっているのを感じている。
焦りばかりが募る。
この作戦にしてもそうだ。武力も魔力も、解呪についても万能の魔女の後継者であるサナ達に頼るしかない。そのための準備もケイトとライム調べ上げが根回ししてくれている。だから、ラウドは王太子として立つため政務に邁進している。
それしか、、、できないから。
その政務も、政務官や各ギルドがいなければまともに立ち行かない。
王として、民のすべてを支えるどころか、頼ってばかり。幼いことは言い訳にもならない。ティアを取り戻すためには今立たなければならないのだから。
コンコンとノックが響き取次を問う声が聞こえる。
話の内容が極秘なため、ケイト達に給仕も任せて他は室外に下がらせている。
ライムがドアを開けようとする前に、開かれたドアから入ってきたのはその行為が許される者の一人。
つまり、王妃であった。
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次回噓予告
それは背に鬼を背負っていた。
第二章 第6話 「王妃のマッスルポーズ」
君は筋肉は裏切らないことを知る。