王子と旅人
すっきりした笑顔のラウドには、幼いこともあり姉に甘やかされて育ってきたため場の空気に気が付けるような対人スキルはまだなかった。
「母上も姉上もケイトもメイドたちもサナもみんなおっぱいが大きいから、ユーナを男と間違えたのだ。ごめんなのだ!」
「あのね?」
「ひっ!」
振り向いたユーナは笑顔らしきものを張り付かせた顔で瞳孔が真っ黒に開き切り、どす黒いオーラがラウドにも幻視された。
そして、ゆっくりと伸ばされた手に対して、ラウドの頭は最大級の警報をならしているが、体はピクリとも動かなかった。ガシっと両肩をつかまれたラウドは、お互いの鼻が拳一つしかないほどに顔を近づけたユーナと向かい合う。
「ラウドくん、よく聞いてね。首の下からお腹の上までのもの形なんて、なんの意味もないの。わかるよね?そりゃ私の胸はちょっと控えめかなって思わなくもない可能性も無くはないわよ。えぇ、大丈夫。私は大丈夫。まだ、17歳。大丈夫。これから育つもの。背は去年からほぼ伸びてないけど、街の女共もたまたま大きめなのが目につくだけ。そう、私は平均的なサイズなのよ。きっとアイツらは偽物を詰めて見栄を張ってるのよ。それに、万が一、仮に多少そこが大きくてもあんな脂肪のカタマリには何の意味もないわ。だから、私はイライラなんかしない。ええ、私は、今冷静。ガキンチョの戯言にいちいち反応したりしない。ねぇ、アナタもそう思うわよ、ね?」
「ももももちろろんなななのだだだだ!」
がくがくと揺さぶられながら必死にラウドは弁解をする。
「ケ、ケイトも邪魔だとかウザいとか言っていたのだ!」
「ちなみにそのケイトさんとやらは、大きいのかな?かな?」
「う、うむ。あれくらいなのだ。」
そういって、水の入った革袋を指す。それはさっき汲んできたばかりでパンパンに張っていた。それを見るや否や、辛うじてて乙女から完成体チンピラへと表情をランクアップさせたユーナはメンチを切る。
「だいじょうぶなのだ!ユーナはだいじょうぶなのだ!それによく思い出せば、ぺったんこは他にもいたのだ!先月婚約したエリーも少ししかなかったのだ!」
「あんたの!婚約者ってことは!!どう考えても!!!年齢一桁でしょう、が、ぁ、、、。」
ユーナは獣のごとく吠えたと思えば、くたっと力を無くしてへたり込むと、いつの間にかとなりに来ていた赤い髪の男が抱き留めた。
「ったく、飛ばしすぎだ。」
ニコニコとしたサナお姉さんが男からユーナを受け渡される。
「はいはい。大丈夫ですよ。ユーナさんは身長も低くないですし、やっぱりスレンダーで素敵だとおもうんですけどね。それでは、ユーナさんを診ててくるので、そろそろ料理の仕上げをお願いできますか?」
そう言ってユーナを抱き上げると川の方にむけて歩き出した。
「え、ユーナは大丈夫なのだ?」
「あぁ、ちょっとしばらく寝てもらっただけだ。弱い毒だし、目覚めすっきりだよ。」
そう言いながら針のようなものを男は見せてきた。
「なるほど。痺れ毒という訳だな!」
ラウドは少し安心して地面に敷かれた毛布にユーナを寝かしているサナに目を向ける。そして、視線を男に戻そうとしたときには、その男はすでに先ほどの落書きポイントにいた。そしてなにやら魔力をその絵に込め始めた。さっきの針といい、やっぱり何かをいたずらが好きなのか。ラウドは次の瞬間まではそう思っていた。
「なんと、お前は錬金術師なのか!」
地面に描かれていたのはなんと魔法陣であっという間に植物が育ち、実が大きくなり熟れていく。茸、胡瓜、茄子、生姜、大蒜、唐辛子、そして、忌々しい赤い丸いの。男はそれらを収穫し、サラダをつくったり、すりつぶしたり、さらに錬金窯に込めたりして、調味料を整えていった。
「まぁな。この程度なら、問題ないよ。俺はクリト。よろしくな、ラウド殿下。
おれもユーナと一緒で平民だから礼儀なんかは出来ないが、そこは勘弁してほしい。」
「うむ。ラウドはラウドなのだ。おまえはクリトと呼べばいいのだな?」
「ああ。クリトで構わない。ラウド殿下は王都に帰りたいのか?」
ラウドはかなり楽しい気分になっていたため忘れかけていたが、急に思い出した。
そうだ、自分は今、知らない場所にいる!
まぁ、サナおねえさまやユーナが一緒なので大丈夫だと思うのだが。
「そうだったのだ!父上たちはどこなのだ?さっきまで一緒にいたのだ!」
「それについては、今から話すよ。」
背後からの黄髪チンピラの声にラウドはビクンと跳ねる。
「ごめんねー。なんか、気が付いたら川で水を汲んでて。さっきまでラウドとなんか話してた気がするけど、よく思い出せないし。なんか不快な話題だった気がするけど。まぁ?私としては、脂肪の塊なんてどうでもいいし。気にしてないし。ラウドがそんなことを話題にするデリカシーが低すぎるわけもないし。そもそもトーマさえ居てくれればそれでいいかなって。というか、トーマともう結ばれているし。えへへ。」
どうやら復活(肉体的にも機嫌的な意味でも)したユーナが隣に座る。サナとクリトも料理をラウドにも取り分け、席に着く。なぜか無表情になっているのサナが少し気にかかるが、暖かそうな湯気と宮廷でも見たこともないような料理に思わずラウドのテンションも上がる。
「美味しそうなのだ!お前たちは、旅の料理人なのだな!」
「あー、違うよ。サナが色々知っていて、クリトが規格外に万能だからできるからこんな料理をしているだけで、旅の目的は、、そのなんていうかな。人助け、なんだよ。だよね?」
「、、、まぁ、そうだな。」
「まぁ、一言でいえば、悪い魔物を駆ることを目的に旅してるのよ。」
「魔物、、、」
「で、強い感情も必要で、絶望からの救われたって感情ってのが一番欲しいんだよ。って、難しいかな。あー、すっごく悲しいかったり、イヤだ!っていうのを助けてあげたいんだ。」
先ほどまでとは違い、元の優し気な表情でユーナはラウドに語り掛ける。逆にサナは無表情に戻りガツガツと肉を食べ、酒を飲んでいる。なんか、人か変わったかのようだが、不思議とこのサナも怖いとは思わなかった。
「だから、この辺りでいちばん悲しい、イヤだ!って思っている人を助けようと思っていたんだけど、、その、サナがね、ラウドを見つけて、とりあえずその場から逃がそうって短絡的に考えてラウドをここまで呼び寄せたのよ。で、何がそんなに悲しかったの?」
「、、、姉上が、カガミに食べられたのだ。」
「はぇ?カガミって、あの姿を見るためのやつのこと?」
「姉上は王女なのだ。だから、カガミに食べられるしかないって、父上、が。それがサダメだって。諦めろって。だけどラウドは嫌なのだ。姉上の傍にいたいのだ!」
ラウドは、涙目になって、食べるのもやめて俯いてしまった。
「鏡の魔物?聞いたこともないけど、、トーマも知らないみたいだし。」
ユーナが考え込み右手を撫でている。直後にクリトが急にピクっと目を細める。
「チセは、えっと今はチセさんじゃないのか。まぁ食事中だしね。クリト、チセさんから何か聞いてない?」
「まだ聞いてないな。だが、それよりも だ!」
急にクリトとサナが立ち上がり、サナが剣に手をかけると、森側のほうで、黄色いスパークと煙が立ち上り、ラウドには聞き覚えのある声が聞こえてきた。
読んでいただき、ありがとうございます。
次回嘘予告
クライマックスは唐突に訪れる。
第二章 第4話 「魔王降臨」
君は努力、友情、正義の勝利の目撃者になる。