ザムザの野望
ザムザ フォン グリーラムは苛立っていた。
「あの平民めが、存外にしぶとい。黒死蟷螂をぶつけるも、まるで意に介さずとは。寝込んだと聞いた時は溜飲を下げたが、理由が魔物を食しての腹下し。やはり畜生の如きものよ。」
ザムザはチエの魔道具を欲していた。
アレらは金になる。そして、我が望みも果たされる。30歳を超え、野望に燃える公爵としてあらゆる贅を手にしてきた彼は欲に燃えていた。
「それに、あの小僧、、、よもや後継として名乗りを上げるつもりか?」
チエに目をかけられているクリトもザムザには目障りであった。
そもそも、この国は巨悪な魔王から民を守りぬいた事を成り立ちの逸話としている。そのため貴族は強大な魔力こそ、その尊き血の証としていた。
もちろん、平民の中にも稀に強い魔力の者も居なくはない。その者達は騎士や魔術師として召し上げられたりするも、生粋の貴族と比べれば小さな魔力でしかなかった。だが、クリトの魔力は王家には及ばずともそこらの貴族にも引けは取らなかった。
「ヤツらは平民の癖に、尊き血を崇めもせぬ。教会への帰依も低い。。
全く、忌々しい!アレらはあんな若造には過ぎたモノよ。
それに、、、あの魔女ならば、我が一族の呪いをなんとかできるやもしれぬ。」
ザムザは苛立ちを持って鏡を見つめる。
あらゆる苦難を乗り越えてきた若き公爵は、視線を移し父と祖父も並ぶ、歴代の公爵家の肖像画を睨む。
「この呪いに、終焉を、、。」
悲しげに目を伏せる。
ザムザは一族の、呪いとも言える体質に怯え、また挑んできた。最新の医術や魔道具の他にオカルトとも思われる古代の魔道具、呪法にいたるまで。
彼に残された時間は多くない。
そん中、掴んだ噂。
全てを知る“万能の魔女”。
いつの間にか現れ、瞬く間に様々な奇跡とも思える業績を残し、多くの平民と、一部の貴族に聖女の如く崇められている。
数年前にザムザは魔女を呼びつけ自分の下で役に立つ栄誉を与えようとした。しかし、その時はまだ貴族の中では無名に近いその魔女はあろうことか断ってきた。「私のような魔力の無い老いた平民には恐れ多いことです」と、表面上はしおらしく。
実際に魔女とは呼ばれてはいるが、魔力は限りなく低く、そのため権威的な地位としては平民以下とも言える。だが、今では山のように積み上がった様々な魔物討伐の実績。衣装、食事、舞踊や演劇などを手掛け成功している商会での地位。そして、魔女が数十年分は一気に進化させたと言われる高度な魔道具師としての技能。
その全てが唯一無二であった。
今となってはザムザが優位に立てているのは権威のみ。だが権威とは貴族としての柵を梃子にしなければハリボテを晒す。そして、チエは家族という最小単位の柵すら持たない。商会には貴族どころか、王家も関わって運営されている。そして、特に美容系の商品は当たり前の様にそれぞれの貴婦人、令嬢ごとに専用に調合されている。その、調合師のトップもその魔女だった。
今となれば迂闊に手を出せば大やけどは逃れられない。
ザムザが静かに怒りを散らしていると、コツコツとドアがノックされた。
「失礼いたします。奥様に来客がありまして、“是非同席を”との事でございます。」
思考を中断し、愛する妻の元へと向かう。
公爵の嫡男として、あらゆるモノを与えられて来た彼が初めて心から欲したのがパトリシア嬢との婚約であった。美しく、気高く、そして聡明なその娘は伯爵家の次女であった。学園でも一目置かれた彼女を狙う有象無象を蹴散らし、初めて己を掛けて全力を注いだ。
そして今ではパトリシアとの間に、既に長子としてセレスティが、嫡男としてアルフォンスが産まれた。
その幸せの核が待つ部屋へと歩を進める。
部屋の中には歳を重ね最近更に麗しくなったパトリシアがニコニコと座り、その対面には先ほどまでの彼の苛立ちの原因の魔女が座っていた。
ザムザは貴族の嗜みとして、表面上には穏やかな笑みを浮かべながら挨拶を交わす。
「あなた。実は貴方に似合うと思って、チエさんにお願いしていたモノができたのよ。」
そう言って、液体の入った瓶を持ち上げる。
「香水かい?」
ザムザはそれなりに意匠の凝ったそのガラス瓶を持ち上げる。
「恐れながら。
確かに香もございますが、それは髭を整える香油にございます。」
そんな魔女の言葉にザムザは顔に出さず嘆息する。ザムザが昔伸ばそうとした髭は、鼻の下にチョロっとしか生えなかった。他の部分も全体的に薄く、整えても見苦しくしかならなかった。
「ザムはこの間、若造だと舐められると零していたでしょう?ザムの顔はとても優しい作りですし、性格もせっかく穏やかなのだから、厳しい表情を無理に作るより、髭はどうかと思ってチエに相談をしたの。」
ザム、と愛称で呼んでくれる最愛の女性にさえ、彼は苛立ちを感じてしまった。
「トリシャ、せっかくだけど、、私は髭があまり生えない体質なのだよ。。」
なんとか堪えて、ザムザは少しだけ寂しげにかえした。親しくもない客前にも関わらず、珍しく愛称で呼ばれたパトリシアは僅かな間だけ呆けて、そして笑みを深めた。
まるでいたずらを成功させたかのように。
「チエ。この香油の説明を。」
「かしこまりました、パトリシア様。
それでは、説明をさせていただきます。
こちらは髭を、というよりも毛を生やし、そしてその健全性を維持させるモノにございます。」
ザムザは息を飲みかけて、済んでのところで堪え続きを促す。
チエはいくつかの髭デザインが描かれたイラストを取り出し、ザムザにその中の一つを提示する。それは、斬新でありながらも重厚な雰囲気を持つ整え方であった。
だが、ザムザの気になるのはそこではなかった。
「チエよ。これはお前が調合したのか?」
「はい。奥様の拘りはやはり洗練されておりますし、また、恐れ多くも誉れ響くグリーラム公爵様への贈物とのことですので、僭越ながらも筆頭を勤めております私にて調合させて頂きました。」
「つまり、これはお前しか作れない、と?」
「はい。この香りは、特殊なレシピとなりまして。
レシピそのものはグリーラム公爵夫人のモノとなります。そのため、クリスティーナ様がどの調合師に依頼をしても問題はございませんが、百夜草と叫死草の処理が特殊でして、、まだ私の弟子達では熟しきれないかと。」
逸る想いを強引に柔らかな笑顔で隠し、会話を続ける。
「なら、例えば香りに拘らなければ、作るのは易いか?」
「それならば、商会の調合師でなくとも問題なく。」
「では、そのレシピも買い取ろう。なに、トリシャが手間をかけたからな。私からチエ殿への褒美と捉えて結構だ。
それと、万能の魔女は対価として金子では無いものを望むと聞く。遠慮せず望みを述べてみよ。」
「ありがとう存じ上げます。」
チエは暫し逡巡の後、静かに答えた。
「それでは、、公爵様のコレクションの中から、褒美を頂く事は可能でございましょうか。」
「コレクション、、?」
「はい。お恥ずかしい事でございますが、趣味として古代の代物を収集しております。
公爵様も様々な古道具をご収集なされているとのこと。
もし飽きておりますものなどがございましたら、下賜頂ければと思います。」
確かにザムザは様々なモノを集めていた。だが、それらは解呪の役には立たなかった。確かにそれなりの金をかけて集めたが無用の長物のそれらで済むなら、ザムザにとっては安いものであった。
こうして、ザムザは髭用の香油、もとい、毛生え薬を手に入れた。
代々若い頃からハゲる一族の体質を呪っていたザムザは晴れ晴れとした顔をしている。
こうして野望を達したザムザは、この香油を聖騎士団の副隊長にどれだけふっかけて買わせるかを算段していた。気をよくしたザムザは、今後チエに便宜を図るようになる。ザムザは今日も(自分的には)圧倒的勝利を収めていくのであった。
見つけていただき、ありがとうございます。
健康な歯と長い友は予防で対処が基本です。
次回嘘予告
ついに野望を果たしたザムザは娘の驚愕の趣味をしってしまう。
序章 第3話 「ザムザの娘は変顔が好き。」
白目をむいた愛娘を君は直視できるのか?