プロローグ
「やめて、ダメなのだ!姉上ぇ!」
「ラウド。気持ちはわかる。だが、耐えねばならん。これは王家の宿命なのだ。」
そこは、ただ広いだけの空間だった。居るのはラウド呼ばれたまだ幼い少年とその父であり王でもある男、そしてラウドの姉の3人だけである。
そこに有るのは、巨大な鏡。
それ以外には壁も、床すらない。
姉は鏡から伸びるウネウネとした靄に包まれ、ゆっくりと鏡に引き寄せられていく。
少女は、青ざめながらも毅然とした表情で、ラウドに告げる。
「ラウド。これは精霊との契約なのです。
王家に連なる者として、私は誇りを持っているのです。」
「うそなのだ!姉上、行かないで!」
ラウドは姉に縋り付き、引き戻したかったが、足は空を切り少しも思う方へ動く事が出来ず、もがく事しか出来ない。
「姉上、あねうえ、いかないでぇ!」
「ラウド。幸せにね。父上、私は幸せでした。」
「ティア、すまない。私は必ずこの国を幸せにする事を誓う。」
「あぁあぁあああ!」
「ラウド。私は大丈夫。ちゃんと幸せでしたよ。
ラウド、ラウド。姿勢をただしなさい。
貴方はこのグランタイズ王国の王子、ミュートラヴディオ アス グランタイズなのですから。」
「あねうえ、いやだーっ!あねうえ、行かないで!あぁあぁあ!」
「ラウド、大丈夫。心配ないわ。
伯母上の後へ続くだけ。私はずっとここに、そしてラウドの中にずっといるわ。
いい子でね。ラウド。
トマト、ちゃんと食べなきゃだめよ。
ケイトにわがままばかりはダメよ。
ライムにもよくしてあげて。
お勉強も、剣も魔法も頑張って。
あなたの結界魔法はすごいんだから。
そして、笑って。ラウド。
私は貴方の笑顔が大好きだから。父上、ラウド、私は、レディアルドは、いえ貴方方の家族のティアとして幸せでした。
この国をよろしくお願い、し、、ま、、、」
ゆっくりとティアは微笑みを絶やさずに語りかける。
「あねぅぇああああーっ!!」
ティアが鏡にゆっくりと飲み込まれ、気丈な笑みを浮かべたまま、その動きを止めて行った。そして、完全に鏡に取り込まれると、まるで彫像のように固まってしまった。
少女が鏡に飲まれると同時に鏡から漏れ出たいくつかの銀色の輝きは、ラウドに吸い込まれていった。
鏡の中では、三人が並んでいた。だが、真ん中に映る少女は、実像の二人の間には居なかった。
王は宝玉へ力を込め、現実の部屋へと帰る。そして、そこには先程までいたティアがおらず、ラウドと王のみが佇んでいた。
「、、、父上、なぜ、なのだ?」
「定めだ。初代国王と魔女との契約。王はこの鏡で、この国の安寧を保つ力を得る。」
「わからないのだ。」
「王の子は必ず、娘と息子が一人ずつ生まれる。
その娘が捧げられるまでに幸せであればるほど、得られる恩恵は大きくなる。」
「、、、わからないのだ。」
「王の一族は、この国の礎。民を導く責任がある。ティアもその「なぜ姉上が、なぜなのだ!わかりたくないのだ!」
「ラウド。耐えねば、受け入れねばならん。それが、この国のあり方なのだ。」
王は王子としての息子を諭すも、幼いラウドは受け入れられない。
「なぜ、あねうえ、に、あ、いたいの、だ。」
涙を啜りながらラウドは泣き続ける。王はそっと屈みこみ、息子を抱きしめ、語りかける。
「すまぬ。ラウドよ、ティアとそしてこの先にお前の娘を捧げる事になる。
許せとは言わない。だが、民のために耐えねばならぬ。」
耐えきれず頬を伝う涙を無視し、ラウドは思い切り王を蹴飛ばす。そしてそのまま、それ以上涙が溢れない様にギュっと目を閉じて走り去った。
「父上のバカぁー!父上なんか、ハゲちゃえばいいのだぁ!」
思いの外イイ所に蹴りが入ったせいで、王はラウドを離し軽くよろめいた。その隙にラウドは部屋の外へと駆けて行った。
急ぎ王はラウドを追いかけて扉を超えるも、そこには誰もおらず、ただ静かな廊下が続いていた。
目を閉じたまま廊下を駆けていたラウドはいきなり、ガッと腰の辺りを掴まれると、フッと持ち上げられた。そして、あれ?と思い目を開くとそこは何故か城内ではなく、開けた草原でラウドを謎の白黒女が無表情で背中の服を掴み子猫の様にぶら下げていた。
「違う、そうじゃないよ。あー、サナ、どうすんのよ、
この子。帰す、にしてもどうしよう。
元の場所から逃した結果がこれなんだよね?」
黄色の髪のちょっと女々しい格好の華奢な少年?がゲンナリとした顔でラウドの事を見ていた。ラウドはとりあえず、少しだけ、今の現状が分かってきた。
自分は、今、知らない連中に捕まっている!
「はなせなのだ!ぶれいなのだ!ばんしにあたいするのだ!ケイト!ラウドを助けるのだー!」
一通りラウドが叫ぶと、その後はまるでそこにいる団体が場違いかのように爽やかな風と鳥のさえずり、木々のざわめきがサワサワと流れた。
「、、、どうする?マジで。
明らかに何処かのお貴族様の御子息様を誘拐してんじゃん。」
ポツリと黄髪男がつぶやく。
ラウドは叫んだにも関わらず、ケイトが来ない事に驚いている。すると急に寂しくなってきた。ティアが王女だからかなんだか知らないが変な鏡に食べられて、そして、知らない場所でケイトまで傍にいない。
「う、っぐす、う、う、うわーん!」
もう、泣くしか無いほどに混乱したラウドは、とりあえず泣き始めた。もう色々な事がありすぎて、何がなんだか分からなくて、けど寂しいって事だけはわかったからとりあえず、大声で泣いた。
どすん、といきなり地面に落とされて、痛くて驚いて、更に泣けて来た。
「あー、大丈夫って言っても、安心できねぇよなぁ、、、。」
なんかほかにも男が最初からいたっぽいが、存在感が薄いからとりあえず、無視。ラウドは今は泣くと決めた。
「びえーーん、びえぇーーん、げいどぉー、だずげでーぇー!」
「あらあら、大丈夫?えーっと、ラウドくん、でいいかのかな?」
さっきまで、無表情で、その上ラウドをポイと地面に投げ落とした白黒女がしゃがみ込み、目線を合わせて話しかけてきた。
「急にこんなとこに連れて来られてやっぱりびっくりよね。そうよね、わかるわ。やっぱりいきなりってびっくりよね。でも大丈夫。ちゃんと、助けるから。私は、やっぱりおしゃべりくらいしか出来ないけど、やっぱりこの子たちも頼りになるのよ?本当よ。お姉さんを信じて見て。ほら、貴方、すごく悲しいとこにいたでしょう?そこに居たくなくて、胸がやっぱりキュウっとしちゃって。やっぱり、色々と不安よね。けど、大丈夫。とりあえず、ご飯にする?大丈夫。やっぱり不安な時はお腹いっぱいにするの。そうすると、少なくとも、お腹のぽっかりした感じは無くなるわ。それは、やっぱり、少しだけど、幸せな事なの。それでね、今日はなかなか良さげな紫目雉が、、」
“幸せ”という単語にラウドは反応をする。
そしてラウドを落としたにもかかわらず、まるでヒトが代わったかの様に柔らかな表情で喋りまくる白黒女は、こちらを置いてけぼりにして、料理の準備に向かおうと、どっこいしょと言いながら立ち上がった。
これは、しょっぱなから誘拐されたギャン泣き王子様がプロローグとなるストーリー。
読んでいただきありがとうございます。
次回嘘予告。
身代金を要求された王様は、ついに賭けに打って出る。
第二章 第2話 「影武者の表舞台」
君は、影武者と本物を見分けることができるか。