ユーナの決断
「ひっ」
ユーナが目覚めると、魔札の間から目らしきものを覗かせた何かがあった。しかも顔の前目の前から指5本分くらいの距離で。意図せずも軽く悲鳴がでてしまったのは仕方のないことだった。
「あら、気が付いたのね。よかった。やっぱり元気が一番よね。ご飯食べる?私、味はよくわからないけど、しっかり計量したからきっと大丈夫よ。甘い、辛いとかは知識としては知っているのだけど。けど、レシピってすごいのよ。しっかり軽量して、手順を守ればだれでもしっかり同じ味にできるのよ?お菓子だってやっぱり同じようにできちゃんだから。
お菓子といえば、街にあった、黄色の飴。あれはなんで葉っぱが入っていたのかしら。子供たちもおいしそうに食べていたし。ねぇ、あれ何の葉っぱ?やっぱり甘いのかしら。葉っぱといえばこの森ってすごいわね。いろんな薬草やハーブがあって。ユーナちゃんが作ってくれていた料理にもいっぱい使われていて、、、ってあらあら、ごめんなさいね。やっぱり脱線しちゃって。ユーナちゃんとのおしゃべりが楽しくて、また話し込んじゃったわ。それじゃ、お腹空いているわよね。ご飯の準備をしてくるわね。」
ユーナは目の前のそれが何かはわからなかったが、声とその漂うポンコツ臭でチセだとぼんやりと思う。そのチセ?が出口に向かったため、全身が目にうつりやはりチセだとわか、、多分チセだと判断した。どうやったのか、体中、おそらく服の下も頭にまでターバンのようにすべてを魔札に包んだチセ?はルンルンと小屋から出ていった。
あらためて辺りを確認すると、ここは、河原の四阿。釣り道具、魚籠や竿や仕掛けもある。香草を集めるザルや篭もある。
あー、、そろそろサルメの根を集めないとな、、、そんなことを考えながら回りを確認する。
寝起きにしても、なぜだかいつもよりぼーっとする。
すでに窓からの差し込む太陽から見るに、まだ早朝。薄く敷かれた藁の上で隣にクリトが寝ている。一応離れた位置の床に雑魚寝と言えウザいやつとの同衾はごめんだ。
だるいな、と思いながら体を起こそうとしてバランスを崩す。
丁寧に包帯がまかれた右手は前腕の途中から先がなかった。それをみた瞬間、やっと頭に血が巡りさっきまでの死闘を思い出した。
「トーマ、トーマはどこ?」
左手で体を起こし、続けざまにクリトの襟首をつかみ上げる。
「起きろ!トーマはどこにいる?!」
ガクガクと揺さぶられ、さすがに目を覚ましたクリトは当然抗議をした。
「あ、いきなり、ど、ちょっとま、、ってって、はなしを、さ、、はな、離せって!なんだよいきなり。ちょっとまてよ、、ふぁぁ。。。
できることは手伝ってやるから。」
「できるじゃなくて、するのよ!トーマはどうした!精霊として錬成してくれるんでしょ!!」
寝起きにも関わらずいきなり怒鳴られ揺さぶられて、若干どころではなくかなり不服そうなクリトを一切気にせず寝床に突き倒し、緑玉の杖を探した。それは気が付けばすぐそこ、ユーナの枕元に寝かせられていた。
「あぁ、トーマ、、、」
それの緑玉はひび割れ、すでに輝きも温もりも失っていた。ユーナには、それはただの壊れかけの杖にしか思えなかった。
「クリト、、、ほんとに、トーマは助かるの?ほんとに、ほんとに助かるの?
トーマは、最後の瞬間まで私を守ってくれたの。
私まだ何も返せていないの。
この大好きって気持ちすら、受け取ってもらっていないの。」
ユーナは先ほどの凶暴さが嘘のように、不安な声ですがるように震える手を杖へ伸ばす。そして、両腕で、まるで赤子を抱くかのようにやさしく、やさしく抱きしめる。
「あぁ、それは実は、もう、」
ガンと思いっきり拳をクリトの顔面にたたき落とした。
「言い訳なんか、聞きたくない!トーマは私のために死んじゃったんだ。私なんかのために!」
短くなった右腕で、切なげに杖を抱きつつ儚げな表情という乙女な雰囲気とは裏腹にゴスっ、ガスっと淑女の拳からはあり得ない音を響かせながら、ユーナは涙を溢れさせた。
「え、あの、う、が、ちょ、あ、んぐ、ま、ぎぅ、って」
なんだかリズミカルな声をあげながら、クリトも抗議らしきことをしているが、その程度でユーナを止められるわけはなく。
「トーマ、、、わたしもすぐ後を追うね」
たっぷり深呼吸3回分のリズムを刻んだユーナはすこし赤く濡れた左手添えて杖を抱くとふらふらと東屋のドアをくぐった。
だいぶボロっとなったクリトを残して。
「、、、はぁ。。話を聞いてすらもらえないとはね。今度の人となりも面倒だな。」
だれにも聞かれないクリトのその呟きは、とても静かに響いていた。
「あらあら、やっぱり上手ねぇ。さすがに炎の眷属様ね。中火、強火とかは知識としては知っているんだけど、やっぱりどうすればそうなるのか、やっぱりわからないのよね。やっぱり餅は餅屋。プロに頼るのが一番よね。プロといえば、、あら、やっぱりおなか空いて待ちきれない?すぐよそってあげるわ。
ユーナちゃんこちらに来てくれる?これはいい匂いなのかしら。ちゃんとできているの?」
河原に積んだ石で即席に作られた釜戸では、暖かそうなスープが良い匂いを漂わせている。そして、その釜戸の火のすぐ脇に、小さな、温かいモノが浮いている。
それは、ユーナに気がつくとフワフワと近づいて来る。
暖かさに満たされたそれはトーマの髪と同じ緑をしていた。そして縁取るのは鮮やかな赤。それが炎のように揺らめいている。
ユーナは何故か動けず、涙目でそれを見つめる。
「お帰り、トーマ。」
泣きながら、それでも笑おうとしたユーナはぐちゃぐちゃな顔でそっとその光を抱きとめた。
その後、、いつの間にかそばまで来ていたクリトと朝食をとった。芋の入ったスープが、ユーナにとってはとっても優しかった。
クリトは改めて精霊となったトーマをユーナに説明をした。
ユーナは、今度は落ち着いて話を聞いた。
もうトーマに抱き着けないということがすごく悲しくて。それでもまだ、トーマと繋がっていられることがうれしくて。トーマと繋がれたら、サナの精霊言語もなんとなく感じられる様になった。
そして、サナもチセも色々と話しをしてくれた。
気が付けば、いろいろと話し込んで。
夜が来て、朝が来て。
気が付けば三日ほど過ぎていた。
そしてユーナは決断をした。
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次回噓予告
ユーナとチセとサナの心が重なっていく。
第一章 最終話 「女三人で姦しい。」
君は怒涛の女子トークに飲み込まれた唯一の男子に相槌以外は出番がないことを知る。