ユーナの戦い
「ギラの感覚を信じるなら、今夜みたいだな。新月だから、魔物の衝動を抑えきれないみたいだ。
黒骨騎馬がトーマを番にするなら、思い出を潰しに来るはずだ。
よーするに、心を折って最後の抵抗を嘲笑って眷属にする訳だな。
口の中に張り付いた海苔並みにウゼェよな。
まぁ、多分川沿いを下って来る様だから、そこに罠を仕込む。
お前とトーマとの思い出を囮にする訳だが、すまんな。
確実に嵌るためだ。」
クリトが最終確認として、作戦を共有している。
だか、ユーナは上の空で聞いていた。
▽ ▽ ユーナ ▽ ▽
あー。。クリトは相変わらずウザい。
錬金術師としての腕は確かなようだけど、やっぱりダメだわ。8日ほど一緒に暮らしてみたけど、トーマとは雲泥の差。
やっぱりトーマはかっこいい。
うん。
好き。
私は面食いな自覚はあるしトーマの顔も好きだけど、いっしょに居ると安心できるとことか、ちょっと苦手なハーブをこっそり避ける子供なとことか。
剣を振り始めて手の豆がつぶれた時の優しく手当してくれたこととか、水浴びを見られたことも、紫目雉をおいしいって言ってくれたことも、全部大切な思い出。
トーマは私を救ってくれた。
あの襲撃の日だけじゃない。そのあとも子供な私を見捨てずにずっと大切にしてくれて。
幸せな記憶と、温かい気持ちをくれた。
私もトーマを幸せにしたい。
今度は私がトーマを救う番だ。
▽ ▽ ▽
覚悟を決めたユーナは、既に迷いなど皆無で挑んでいた。
夜の帳が落ち、更に数刻が過ぎた頃、あたりは唐突に静寂に包まれた。
山小屋の近く、あの日朝釣りをしていた河原にトーマを乗せた黒骨騎馬が現れた。
トーマの体は既にあちこちの肉が腐り落ちているようで、服の形が人間ではありえない形に歪み、頬には虫が這っている。目は濁り、あらぬ方向を向いている。
それでもやはり、トーマのあの優し気な面影は残っていた。
すでに黒骨騎士となりかけているそれは、唐突に右手に持っていた杖を掲げた。そして、干物を作るための台に向け、左手から風の魔術を放った。音を響かせながら爆ぜる台をに対して、杖は輝きをわずかに陰らせた。
その時、ちょうど黒骨騎馬の真下のあたりに鈍い赤で輝く魔法陣が忽然と現れ、同時に岩が爆ぜるように盛り上がり黒骨騎馬達を上空へ吹き飛ばした。
「成功だな。よかった。
黒骨騎馬とは言え、馬なのは一緒か。
赤い色は見えにくいってか。
んで、次は、っておい、まて!」
クリトが止める間も無く、既にサナは空中にいる骸骨騎馬へ飛び掛かっており、馬の胸のあたりを切り上げていた。
硬質な音が響き、両手で握る黒い刃と黒い骨とで火花が散っていることからも、あの黒くなった骨が異常な強度を持っているのがわかる。だがお互いに足場のない空中では、何より質量がモノをいう。
鋭いとは言え勢いだけでは黒骨騎馬を切り崩せずにいると、サナの体から白い粒子が漏れだし、黒骨騎馬に吸い込まれていった。サナはそれを気にも留めず、剣を黒骨騎馬の鎧の隙間から肋骨に滑り込ませると、剣を梃子にして体を回転させトーマの体を蹴りつけた。
遠心力の乗った鋭い蹴撃はトーマの身体の肩のあたりを直撃し、トーマの体を大きく仰け反らせた。吹き飛ぶかと思われたが、騎士の腰骨が騎馬と黒い靄で繋がっていた。
サナは右手を剣から離し空中へ差し出すと、自身の体から湧き出た白い粒子が集まり、白い片刃剣が形作られた。その白剣をサナが靄へ振りぬくと同時に騎馬とサナは共に地面へと激突し、もうもうと土煙を舞上げた。
土煙から、小柄な影が飛び出し、それを追いかけて大きな影も飛び出して来た。
土煙が薄れると、そこには明らかに身体が壊れて更に歪な背格好になったトーマが立っていた。
相変わらず黒い靄は纏わりついているが、虚な目は今度はしっかりと歩み寄るユーナを見据えている。
「トーマを返してもらう。」
亜死導師となったトーマだったそれは、顎をカタカタ揺らし、まるで嘲笑うかの様な顔を作りながら、両手を大きく広げた。右手に掲げた緑玉の杖の輝きが強まり金色の粒子が舞い、氷の矢が生成されていく。
唐突に左手を振り下ろした。一つ目、二つ目がユーナに向けて飛んでいく。
一つ目を大きく避けるも二つ目は脇腹を掠める。それでも果敢に踏み込み、短くも遠い距離を詰めて行った。
続けて飛来する氷の矢を時に掠りながらもかわしていると、不意に右肩から鮮血が舞う。続いて地に足を付けた瞬間の右足の鋼の脛当てに強い衝撃を受け、よろめきかけるも強引に踏み込み更に歩を進める。
それでも僅かに勢いの削がれたユーナに不可視の鎌鼬が容赦なく襲い掛かる。
トーマがきれいだね、と褒めてくれたユーナの髪も引きちぎれ、風に舞う。だが、その程度で怯むほど、ユーナの覚悟は甘くなかった。
「私を舐めるな!」
誰よりもトーマを見てきたからわかる。
鎌鼬は見えなくとも、それをトーマが身につける為の特訓はずっと見てきたのだ。
トーマの鎌鼬は幅が丁度片腕の長さと同じ。そして軌跡を連続では重ねられず、基本的に左へ曲がる。さらに5発を超えて連続で打とうとすると、暴発する場合が多い。
4発目が左手をかすめ、5発目を右に回り込み避けると同時に、亜死導師の左手が砕け散った。同時に亜死導師の展開していた幾つかの魔法陣も霧散した。魔術のバックファイアは詠唱替りに印を結んでいた左手に集中し、合わせて構築中の術式が破棄されたのだ。
天才と呼ばれた男の身体に、運動神経がちょっといい一般人でしかないユーナが後数歩まで詰めよった。
「これで、終わりだ!」
一気に跳躍し、必殺の意思で剣を突き出し、たしかに亜死導師の眉間を捉えた。
しかし、そのまま剣先がすり抜けて行く。ユーナは風に舞うアイスダストに反射した虚像を突いてしまっていた。
僅か半歩隣にいた亜死導師は下卑た笑みを浮かべ砕けた左手から伸びた靄でユーナの右腕を掴んだ。
瞬間、ユーナの右腕から光が漏れ出し、吸われて行く。それを見て、ユーナはとっさに右手で、亜死導師の左手を掴み返した。
「捕まえたぞ。、、、ギラ、マギ、お願いっ!」
1から100までの全力全量の魔力を込め、左手で握られたその細剣が目指したのは、緑玉の杖を掴む右手の手首。半身に構えて体の奥で掲げられていたそこは、動けない亜死導師にとってはもはや避けられない位置だった。
爆発的に白く輝き出した剣先が手首に届く直前、悪あがきの黒い靄がそれを阻んだ。白く輝く剣先は、文字通り針の先ほどの極小の部位のみを極限まで加熱した炎が齎す輝き。
黒い靄をギィーっと金属が軋むような高音を立てゆっくりだが確実に蒸発させ、細剣を押し込んでいく。変換効率が悪いとは言え炎帝をも呼び出せるギラの全力なのだ。それも極点に集中されたその炎獄を阻める力は亜死導師は持ち合わせていなかった。
「届けぇ!」
だが、亜死導師にはユーナを止める手は、まだあった。
ユーナから吸い上げた生命力で再生された左手は印を結び、ユーナへ向かう氷の槍を生成した。それがユーナの背中を突き刺す寸前、炎が溢れ氷の槍を弾き溶かした。
その炎は緑玉から噴き上がっていた。
ユーナを守ると、緑玉から湧き出していた金の輝きは急激に弱まり、いく筋かのヒビを生じさせた。それでもまだ、亜死導師は杖を離さない。
「トーマを離せぇ!」
ユーナは右腕が腐り落ちるのも構わず、更に剣を押し込む。もはや剣術もなにもない、ふらつく足を意地で踏ん張り、ただ、強引に押し込んでいく。
まだ届かないのか、後少しなのに。
早くしないとトーマが消えちゃう。
「悪りぃ、手間取った。」
亜死導師を炎が包み込んだ。それと共にウザイ男がいつの間にか側に来ていた。
クリトは魔札をばらまくことで、ユーナの魔力と体力を満たし、亜死導師を囲む炎の火力を上げていく。
「ああああああ!!」
獣の様に吠えたユーナはついに切っ先を手首に届かせ杖を握った手を焼き切った。
杖がゆっくりと亜死導師から離れ落ちていく。と同時にユーナの剣も溶け落ち、限界をすでに超えていた体もがっくりと崩れ膝をつき、肩で息をする。
それでも、ユーナは緑玉の杖から目を離さない。
クリトは亜死導師の手から離れた杖が地面に落ちる前にそれを拾い上げ、地面を踏み込み陣を走らせ術を発動させた。
すると、亜死導師に纏わりついていた炎が白く輝く炎に変わり、亜死導師に纏わりつく靄を溶かすかのように一気に燃やして浄化していった。そして靄を燃やし尽くした白い炎は地面に描かれている構築陣をなぞる様に広がっていく。
「トーマ、トーマ!返事をして!」
緑玉の杖に這いよりながら、必死で声をかけていく。
「まだ緑玉の中に魂は残ってる。
ギリギリだがな。
んで、結界を張ったから、絶対動くな。
この結界の中に漏れてるトーマも後で回収してやるから。
結界がやぶけたら、生卵の黄身みたいに流れていくからな。
とりま、サナの援護してくるわ。」
緑玉からはもう光は漏れていない。あちこちひび割れて、ボロボロになっている。それでも、ほのかに温かいそれからは、確かにトーマを感じられた。
「トーマ、、、。」
緑玉を抱きしめたユーナは、涙を溢れさせながら、意識を手放した。トーマと離れてから今まで終ぞ流れていなかった涙を受けて、緑玉は静かにユーナによりそっていた。
読んでいただき、ありがとうございます。
次回嘘予告
ユーナは目覚めることなく、ひとつ物語を綴る。
第一章 第7話 「ユーナの寝相」
君は寝ているから大丈夫という油断に嗤う。