ユーナの剣
「は?いきなり何言ってんの?
魔剣なんて、作れる訳ないでしょ?
田舎者だからってバカにしてんの?」
「あー、そうだよな。普通はそうだよな。
塩は辛いってのと一緒だな。だがな、塩はキャラメルやアイスにもあう。甘さを引き立てるんだ。」
ユーナ思った。
なんだこいつ。ウザイ。わけわからん。だが、それをわざわざ相手に伝えるほど子供でもなかった。
「あー。でもどのみち無理。私ほぼ魔力無いし。
鏃みたいな小さなモノか相性のいい炎なら少しだけ扱えるけど、魔剣クラスを扱える魔力量はないの。
トーマに付いていた精霊すら見えないレベルよ?」
この世界は魔道具にしろ、魔術にしろ、体術にしろ、魔力を変換して行使する。魔力の無さは社会的ヒエラルキーの低さにも直結する。最もトーマのような規格外を除けば、ユーナの魔力量は村人の平均程度ってところだ。
魔剣なんか、宝の持ち腐れだ。ユーナは万年Eランクハンター。つまり、好かれている精霊にすら見えない時点で、精霊に会えたり、契約ができたりなどにはまったくの無縁なのだ。
「あー、、、その、ユーナの付けてる首飾り。
それ、知っているのかもしれないけどすごくいい精霊が付いてるみたいなんだよ。
ただ、なんか寂しそうで。どうやら、相方のために役に立ちたいって言ってるらしいんだ。
それに、炎の精霊だから、ユーナとも相性悪くなさそうだし。
そもそも精霊がユーナに力を貸してほしいってさ。
それと、え?極点?収束?変換効率と掛け率ってのがなんかいい感じらしくて。
あー、剣の方も精霊に魅かれてやる気なのでなんとかなると思うぜ。」
クリトですら理解していない風な説明を聞いても、もちろんユーナもわけわからんことになっている。
「よーするに?」
「この飯のお礼に魔剣をってことだよ。」
どのみち、トーマがいないのなら冒険者は続けられない。そういう意味では剣は持っていても意味がないものではある。
「あと、なんかこの首飾りの事も言っていたけど、これも材料にするの?
これは壊したくないんだけど。トーマの首飾りだし。
それにこの精霊と私は契約出来ないよ。ギラは既にトーマの契約精霊。」
「あー、うん。大丈夫。
その精霊さんはその首飾りの中が気に入ってるんでそこから引きはがすつもりはない。
首飾りを付けたままで発動する、二つで一組の魔道具にするつもりだよ。
契約については、よくわからんが今回は相方の契約の範囲でなんとかしてくれるってさ。
焼き飯につく中華スープみたいなもんだな。」
この首飾りにはトーマの相棒のギラがいる。トーマと共に経験を重ねたギラはそれなりに強力な精霊に育っている。だがユーナの認識としては、契約をしたトーマとなら最高効率で術式を行使できるが、一般人では、例え潤沢に魔力を注いでも実力の30分の1も出せないのでは、という感じである。
ユーナはしばし迷ったが、どのみち剣を手放すつもりなので、やらせてみることにした。
魔道具を作れることになったクリトは目を輝かせながら、準備を進めていく。
「この剣って名前は?」
「え?その剣の名前?えっと、たしか細剣の中のレイピアって種類だったかな。」
「あー、、、剣をかなり大事にしてるみたいだけど、愛称を付けるって感じじゃないのか。」
「はぁ?武器に愛称ってのは聞いたことない。
都会じゃそんなの流行ってるの?
その剣はエルダークラスの鍛冶師の銘剣や曰く付きの魔剣じゃなくて、トマスの街で売っていた剣だよ?
それも弟子の習作を師匠が手直しした規格外品。
まぁ、私にはちょうどいい重さと形だし、頑張って手入れはしてきたから愛着はあるけど。」
「相棒だろ?
大事にしてるのは剣にも伝わっているし、きっと応えてくれるぜ?
名前つけてあげてくれよ。
あ?、、、おう。
あー、うん、付けてくれたら、気合いれるってよ。
なかなか、いい相棒じゃないかよ。
鍋の白菜だな。」
キモいながらも熱意は伝わって来た。
改めて目を合わせてみると、顔の造作は悪くない。そして、キモイくせに熱く炎が灯った目をしていた。
それにクリトが“相棒”とよんだその剣はアッという間にハンターランクを上げていくトーマに付いて行きたくて必死で修行して一緒に戦ってきた剣なのだ。才能無いなりに木人を倒せるのも、確かにその剣のおかげだ。
「名前付けたら、愛着も強くなって売りたくなくなりそうね。」
ユーナは根負けしたと笑いながら、剣を撫でた。
「天才トーマの相方が精霊のギラだし。
師匠とギラの名前から銘なし剣のマギにしよう。へっぽこ同士、頑張ろうね。」
ユーナは気づいていなかった。
どうでもよかったこれからに、少しだけやりたいことが出てきていることに。少なくとも、トーマが帰ってくるまでは、この剣ともう暫く生きていくつもりになっていた。
翌朝、剣をクリトに渡しているため、ユーナは弓で鳥を狩りに出た。
川での釣りは、あの日を思い出してどうしても気が向かない。最も居候が食材を街から大量に買い込んできているし、そもそもサナが山で色々獣や魔獣を狩ってくるので、食料的には成果ゼロでも問題ないのだが。
それでもじっとしていられなくて獲物を求め見渡せば、山の中には、トーマとの痕跡があちこに残っている。魔札を作るための薬草や鉱石の採掘跡。好きだった果物や苦手を隠してたハーブの葉っぱ。
感傷に浸りながら目を反対側に反らすと、すぐ後ろにサナが立っていた。
「うわ!いつからいたのよ。びっくりするじゃない。あんた気配なさすぎよ。」
「斬れる?」
サナは相変わらず、無表情で、不愛想。気配どころか感情の揺らぎすら見えない。動きが少ないこともありほんと人形みたいに思えてくる。
そもそも、ここ数日一緒に暮らしていたが、ユーナは初めて声を聴いたので、“こんな声だったんだ”とふんわりと思っていた。
「何を?切るっていっても今剣もってないし。」
「トーマ」
瞬間、一気に頭に血が上る。
「トーマは私が守る。トーマを殺すつもりなら、絶対にさせない。」
「守る」
「はっ。確かに魔術はもちろん剣の腕もあんたの方が上よ。
けど、トーマを殺すのならばあんたの大事なクリトを絶対に殺す。
呪いだろうが毒だろうが、絶対に。」
「違う。トーマ」
「トーマを守ってくれるの?
あの時、見捨てて私だけ連れてきておいて。
馬鹿にしないで。
トーマは、トーマのためなら、私はなんでもする。」
「トーマと約束。次はあなたの。」
「、、、話にならない。」
ユーナはサナを置いて一人で森を進んでいった。
サナは相変わらず無表情で佇んでいた。
太陽も真上に来た頃、ユーナは泉に来ていた。
この泉にきて、ふと、昔を思い出した。
3年くらい前だったか、水浴びをしていたら、トーマに見られて。けど、トーマは全然慌てずに「タオルここに置きますよ」って微笑まれて、乙女の尊厳を2重の意味でボロボロにされた思い出の場所だ。
今でも鮮明に覚えているが、今のユーナは腹も立たないし、懐かしくも、なんとも感じなかった。
「あれからだな、師匠って呼び始めたの。
娘あつかいされるのが嫌で、ぜったいに惚れさせてやるって決めたの。」
ユーナはポツリとつぶやき、手を水に浸した。
暫くすると、泉に水を飲みに来たのか、野生動物にしては不用心なほどガサガサと音を立てながら何かが近づいてきた。
矢をつがえ、魔札を準備しているとそれは気配駄々洩れで姿を現した。
「あらあら、やっぱりこっちのほうで合ってたのね。
やっと見つけたわ。
ちょっとお邪魔していいかしら。」
朗らかに微笑むサナの姿をした何かを、ユーナはあんぐりと見つめた。
見つけていただき、読んでいただき、ありがとうございます。
次回噓予告
サナの心はユーナに届くのか
第一章 第5話 「百合の園の薔薇」
君は友情の先を信じることができるか。