二人の旅人
「痛ってぇ。。。いきなり放るな。で、あそこじゃないみたいだけど、ここどこだよ。」
いつの間にか、二人の旅人が近くにいた。
一人目は人形のように無表情で、長めの黒髪を後ろで一つにまとめている。黒髪に白いシャツ、軽い反りの黒い剣を抜き身で右手に下げ、泰然と佇んでいる女の子。
もう一人は赤髪を後ろに縛ったいかにも村人というか、鍛冶師見習いか錬金術師見習いという風貌で大荷物を背負った男で、なぜか尻餅をついて呆けている。
腰をさすりながら立ち上がるその鈍臭い姿をみて、直観が告げる。
この男は使えねぇ。
だから、迷いなく、女剣士に助けを求めた。
「お願い助けて!トーマが、トーマが!」
炎帝を見つめていた女剣士が剣を握り直し、ちらりとユーナを一瞥する。女剣士は唐突になにも無いはずの所に剣を振り下ろすと、その軌跡が黒く光った。
するとまるで、空間が切り裂かれたかのようにぽっかりと黒い穴が空中に空いた。
そして、唐突にその女の子がユーナと男の腕をつかみポイっと穴に放り込んだ。
ユーナがあっと言おうとした時には、なぜかトリスの入り口に投げ出された格好だった。振り返ると女の子は納剣した状態で立ち、男は顔面と両腕で地面を支え、足が宙に浮いていた。
女剣士はこれで済んだとばかりに街へ歩き出す。そして何の役にも立たなかったくせにどこかボロッとした空気を出す男の子はユーナと目が合うと、立ち上がりながら話しかけてきた。
「あー、そのなんだ。大丈夫か?
あいつも悪気はあったわけじゃない。黒骨騎馬が相手だと、お前を守りながら倒すのはきついって判断だ。
まぁ、安心しろ。やつを俺たちが狩る。」
男がユーナに話かけてきた。
だが、ユーナはそれどころではなかった。
「トーマを助けなきゃ。」
ユーナは、受け取った首飾りを握りしめ、ギルドに向かって走り出した。
▽ ▽ ▽
やれやれ、と男は荷物を背負いなおすと、女剣士に小走りで追いつく。
「で?どういうことだ?」
追いついた男が女剣士に問いかける。
〈うむ。お前が屋敷で黄昏れている間に、チセと割と強めの感情の揺らぎを探していた。
強い恐怖と救済を望む感情があったので、おそらく魔物に襲われていると判断したのだ。
なので、空間を裂いて移動したまでよ。
なにせ、感情と魔力を狩らねばならぬのだろう?〉
女剣士は無表情のまま、声を出さずに精霊言語で答えていく。
「なら、あのまま狩ってもよかったろうが。
俺ならあの程度、マシュマロをつぶすより楽に潰すぞ?」
〈そうか?お前は正直まともに動けまい?
彼を知り己を知れと言ったのはお前だろうに。
それに、頼まれたのだ。〉
「あぁ?どういう意味だ?」
〈お前はあの程度でふらつき尻をついたのだぞ?
それにチセがお前を鑑定してみたら、面白いことになっていたしな。〉
〈クリトはね、大蛇と戦う前はやっぱり“剣士”っていうの魂の称号を持っていたのよ?
けどね、今のクリトにはやっぱり剣の才能、というよりも戦う才能はないみたいなのよ。
今のクリトの称号は“食物への執念”みたいよ?
なんか、いままでと違って、接続した魂の場合細かいところまでわかるみたいなのよね。〉
「意味がわからねぇ。。。
とりあえず、腹減ったからあそこの飯屋行くぞ。
時間的に夕餉のために店が始まるみたいだしな。
この匂いは、川魚の塩焼きか。
泥抜きはきっちりしてくれているみたいだな。」
〈ふふふ。クリトの嗅覚はやっぱり私の検索以上に優秀みないね。〉
傍から見ているとひとりでぶつぶつ言っているようにしか見えないクリトはゆっくり街へと入っていた。
▽ ▽ ▽
ユーナはギルドに駆け込むと、大声で叫んだ。
「黒骨騎馬が!トーマが戦っているの!助けて!!お願い!」
一瞬の沈黙の後、ギルドは蜂の巣をつついたかのようになった。
半刻も経たないうちに、ギルドマスター直々に音頭を取った討伐隊が超特急で件の橋へ向かった。そこは火山の噴火でもあったかのようにすべてが破壊され、だが黒骨騎馬の残骸もトーマの遺体も見つからなかった。
3昼夜が過ぎ、黒骨騎馬は近くには居ないとギルドが判断し討伐隊が解散されると、ユーナはまたあの山小屋に戻った。そこは、ユーナとトーマが何年も暮らした家でもある。
やりかけの冬備えや作りかけの魔札。
食器に服。
あの日のまま、その空気が残っている。
ユーナは頭では、魂魄昇華まで使ったトーマは無事ではないと解っている。あれは、トーマの本当の奥の手。生命力を魔力に変換する魔術。過去にも使ったのを見たことはあったが、その時は不完全であったのもあり、4日ほど寝込むだけで意識もはっきりしていた。
今回は、どうであろうか。
崩れ落ちるかのようなトーマの姿が目の裏に浮かぶ。もう無事ではないと、わかっている。けど、諦めきれないのだ。待っていれば、あの飄々とした感じで帰って来そうで。
それと、結局あの場にトーマの死体は無かった。
そしてそれはもう一つの可能性を指していた。トーマが亜死族になったかもしれない。その可能性を指摘してきたのは、あの旅の二人組だった。
あの二人組の旅人が言うには、トーマが亜死族になったとすると、最初の頃は思いの溜まった所へ立ち寄る可能性が高いらしい。
だがユーナにとってはどっちでもよかった。トーマが帰って来たときに仮に亜死族だったら私も亜死族になろう。
どっちでもいい。
どうでもいい。
トーマさえ居れば。
トーマと繋がりさえしていれば。
ユーナはあの二人組がトーマを狙っていると感じていた。正確には、トーマの緑玉の杖を手に入れたいのではないだろうか。
トーマを倒させる訳にはいかない。
これ以上、トーマを傷つけることは許さない。
だから、今、ユーナは「黒骨騎馬を狩る」という二人を山小屋に招いている。二人を見張りながらトーマを待つという作戦において、居候の申込みは拒むものではなかった。
女はサナ、男はクリトと名乗った。
ユーナは改めて二人を見て分析をする。
▽ ▽ ユーナ ▽ ▽
女の方は瞬間移動をしたあの魔術に、常に表情を変えず油断とか無縁のような感じ。明らかに只者ではないよね。まぁ、目は大きく鼻筋は通っていて、旅をしていたはずなのに髪質も悪くない。艶々じゃないの。顔も悪くないし、剣を振るうにはやや細いとはいえ、長く締まった手足。背は大人の女性としてはやや低めな私よりも更に少し低い感じかな。
ただ服のセンスはイマイチ。明らかに実用で選びましたー、遊びはないですーって感じの黒のパンツに白いシャツ。首元までしっかりボタン止めているし。脇も見えるようなその袖はなにかな?自信があるから二の腕だしているのかな?かな?佩いている剣の鞘も柄も地味な艶を抑えた黒。パンツに合わせたのかしら。腰紐は赤なのは唯一のおしゃれね。まぁそこは及第点をあげてもいいかな。
後、剣を振るうなら、やっぱもう少し身体は絞るべきでしょ。胸周りとか特に。邪魔でしょ?それ。毟ってもいいのかな?まぁ、トーマ好みの和やかさはないから、どうでもいいけど。私には関係ないし。
けど、街の男どもが言い寄りそうね。防具屋のタラムとか。なんなのアイツ。髭とか似合わないっつーの。私からターゲットをこの子に移してくれないかな。
んで、こっちの男の方は黒い小さな石版だか鋼板だかを見ながらぶつぶつと独り言を始終言ってる。キモい。顔?どうでもいい。動きもなんかキョドっているし。不器用だし。ウザイ。
ただ、妙に知識があるのよね。特に料理とかド下手のくせに、コツだけは詳しいし。まぁ野菜とかの切り方とか、獲物の解体とかはアレだけど、味付けはかなりいい感じよね。錬金術師を自称するだけあって持ち物も独特で、資金は潤沢みたい。魔道具もいくつか持っているみたいなのよね。
まぁ私を襲う様な度胸はないし、コイツらが盗みそうなモノもこの家には無いって断言できるから居候させてるけど。どっかの商家の三男坊な道楽坊ちゃんとその護衛ってとこかな。
▽ ▽ ▽
ユーナは割と呑気な考えを巡らせる程度にはリラックス出来ていた。だかそれはこの二人の雰囲気のおかげだと気づけるほど、まだユーナは大人ではなかった。
「あ~食った。お前料理かなり上手いな。
それに調味料も色々もらっちまって、助かったよ。
旅をしているとフレッシュハーブはなかなか使えないしな。
油とか嵩張るのを潤沢に使わせてもらったのも久しぶりだし。」
クリトは所作よく食べ終わるとお礼を伝えた。
サナはまだ食べている。ほんとよく食べる。
街へ転移した後も屋台をかたっぱしから制覇していたみたいだし、お酒も好きなのか、無表情のまま、淡々と延々と食べて吞んでいる。それであのスタイルって、反則じゃないかとユーナは半眼で睨む。
「お粗末様。って材料はほぼあんたらが山から狩ってきてくれてんだから、そのくらいいいわよ。
それとマヨだっけ?その黄色いスライムみたいなの。
それも作ってくれたしね。案外イケる味よね」
「だろ?ばあちゃん仕込みなんだよ。
んで、話は変わって相談なんだが、その剣を魔剣にしないか?」
見つけていただき、ありがとうございます。
次回嘘予告
クリトの魔剣がついに牙をむく!
第一章 第4話 「クリトの卒業」
君はR15の限界を垣間見る。