川とマラソン
家から出て走り始めてしばらく経った。
「ハッハッ スー」
いつの間にかすっかり吐く息は白くなっていた。
と言ってもやはり走り始めたときのような寒さはもうない。
それどころか微かに柔らかくなっている。
いつものように川上に向かって走っていく。
今日もやはりボランティアの方々が川を掃除している。
毎日のようにやってくださっている。本当にありがたい。
「痛ッ！」
ポケットに突っ込んでいた物が鈍く刺さった
――そうだな…忘れてた。今日こそは渡さないと。
「おっと」
足元の石を避ける。
あまり補整されていない半山道に入った。ここらへんは油断すると躓く。
気をつけなければ。
まずどうすれば受け入れてもらえるだろうか。
例えば…相手の印象に合わせて好印象でいる…とか…
いや、むしろ自然体で行くべきか？
………まさか、金…とか？
ダメダメ。そういうのはちょっとあかんだろ
やばいな頭に酸素が回ってないから馬鹿な考えばっかにたどり着く。
急に友達に教えてもらった関西弁が出てくるあたりが最たるもんだ。
やめよう。
…でももしもしそうなったら家とか…借りるべきなのか？
もしそうなったらちょっと離れたところにしよう
うん、そうだな！
少しスピードを上げる
――走るのはいいな。楽しい。
おかしな考えばっかり出てくるのは駄目なところだけど、他では考えを整理できるっていう良いところがある
「よう少年！今日も悩んでるな！」
「美月さん。おはようございます」
「ああ、おはよう」
うん、いつもどうりだ。
昨日と変わらない
お互いに何も言わないけど、また今日も一緒に山の上まで走る。
そしてここまで戻って別れるのだろう。
毎朝のいつものルーティーン。
――あれ？
今日はいつもの髪留めをしていないんだな…
「美月さん」
頭を指さして髪を止める仕草を真似してみる。美月さんは頭をそっと触る。
少し顔を赤らめる美月さん
「少し遅れそうになってしまってね。急いだんだ」
その様子につられて少し恥ずかしくなってしまう。
会話が止まってしまう。
――これが感情の共振か…
最近、読んだ本の内容を思い出す。
ここからは少しきつい斜面だ。腹にぐっと力を入れる。
ふと思う
俺は本当に彼女が好きなんだろうか。本当に好きでそうしようとしてるんだろうか。
周りに釣られたわけではないのか？
どんどん自分の意思に疑心暗鬼になってしまう。
遠くを見る目を細める。
おかしいな自分の意志のはずなのに。わかっているはずなのに。
「美月さん。俺、振られますかね？」
「さあな、……でも…やってみたらいいんじゃないか？」
彼女は俺がこの話を振るといつも急にぶっきらぼうになる。
少し悲しい。
話がなかったことにされるのが悲しいのではなくて、
そうではなくて、
「ほらいつもの場所だ。休憩」
「はい」
話をそらされた。
彼女は、いつもここでお菓子を食べる。
よく走ったあとで食べられるよ。俺は絶対ムリだ。
…しかもあと頂上までは2キロくらいあるのに。
頂上まで行ったらそのときに………
ポケットに手を突っ込んだ。
「っうし！ 行こう!」
ちょうど食べ終わったようだ。
出発とのご命令だ。
素直に従おう。
菓子屋からしばらく進めば人もいなくなる。
まぁいつものことだからどうでも…いや丁度いいな。
今日こそハッキリさせよう。
周りの目は気にしない。
俺が好きなように。素直に伝えよう。
「着いたな」
まだ赤い太陽の光がそっとさしこむ。
しっかりとポケットの中身を掴んで取り出す。
「美月さん 僕と…
❉❊❉
帰り道。
川はすっかりキレイになっていた。
今日も二人の間には宝石の光が2つ光っている
