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大天災の告白

もちろんだとも、シルヴィエッタ。

なんだ、何をそんな驚いた顔をしている? ははは、酷い顔だ。貴様が自分で問いかけておいてその間抜け面はないだろう。

解るか、シルヴィエッタ。貴様の質問は愚問だ、極めて愚問だ。貴様は何故明日が来ることを問うのか? 何故空が青く海が碧いのかを問うのか? がんぜない幼子が父や母に問うように?

それこそまさかだ。まさかだろう、そうは思わないか、愚かなシルヴィエッタ。


つまり今、貴様がした質問は、それほどに当たり前で今更すぎる愚かな質問であるという訳だ。貴様のお粗末な頭でもこれくらいは理解できるだろう?

だからなんだ、その顔は? この大天災、ルーエル=ラ=ルールのありがたく高尚なる弁舌に、自らの言葉を忘れるほどに感銘を受けたか?

ああもういい、喋るな、黙って聞くがいい。さあよく聞け、この大天災の高説を!


そも、この大天災に拾われたことに貴様が感謝するなど、とんだ筋違いもいいところだ。自意識過剰なことこの上ない! 鬱陶しさここに極まれるといったところだ! なに? それでも感謝している?

なるほどなるほど。この大天災に意見するとは、貴様、聖女ともてはやされて図に乗っていないか? あるいは、魔女とさげすまれて気が狂ったか?

やはり貴様は愚かだな、シルヴィエッタ。感謝などという勘違いは愚の骨頂だ。思い上がりも甚だしい。ぼろ雑巾のように道端に落ちていた貴様を拾ってやったのは慈悲ではない。七割の気まぐれと二割の憐憫と一割の好奇心だ。


銀の髪の聖女と呼ばれた貴様が、血色の瞳の魔女と呼ばれるようになるとは一体誰が予想したか!

この大天災だからこそ理解し納得できる結論であると、そうは思わないか?

聖女だろうと魔女だろうと知ったことか。俺は俺の心のままに貴様を拾った、ただそれだけのことだ。

だからこそ、貴様の能力を奇跡と呼ぶ馬鹿どもに、あるいは禁忌と呼ぶ阿呆どもに、この大天災が教えてやろうではないか。


そも、その能力――そうだな、超不自然的治癒力とでも呼ぼうか。

確かに便利なものであるとはこの大天災も認めるにやぶさかではない。何せどんな傷も、どんな病も、口づけひとつで癒してしまうのだから、医師も魔術師も神官も錬金術師も商売あがったりだろう。

だが、だがしかしだシルヴィエッタ。この第七学府最高峰の頭脳を持つ医学博士にして、世界のことわりに触れた深淵に佇む魔術師、奇跡を蹂躙する神学者、禁忌を擁護する錬金術師たる、世紀の大天災が改めてしかと貴様に教えてやろう。


貴様の力はただの自己満足だ。自慰行為だ。自尊心の成れの果ての極めて低俗な自惚れだ。

自分の寿命を削り他者の傷や病を自ら引き受けて癒すなど、エゴイズム以外の何だと言う?


医師が、魔術師が、神官が、錬金術師が、ありとあらゆる分野におけるエキスパート達が、血の滲むような努力の末に得られるものを、貴様の口づけひとつで解決されてはたまったものじゃない。

奇跡? 禁忌? どちらでもあるものか。そこにあるのは痛々しい自己犠牲の精神だ。尊くもなければ卑しくもない、これまで人類が積み上げてきた叡智に対する純然たる冒涜だ。

そんなものをアテにするほど俺は耄碌していない。この大天災が信ずるのは、経験則と我が頭脳より生み出される新たなる発見のみ!


うん? 神? アレはただいるだけの存在に過ぎんぞ。神学者でもあるこの俺が言うのだから間違いはない。

神は存在する。だがその手は誰にも差し伸べられることはない。いくら神に祈ろうとも結局無駄であることを、貴様の方がよくよく理解しているのではないか?

この大天災よりも貴様が長けているところなどそれくらいだろう。


繰り返してやるからよく聞くがいい。思い上がるなよ、シルヴィエッタ。

奇跡も禁忌も聖女も魔女も知ったことか。俺にとっては貴様はただの愚かな小娘だ。


今まで誰が貴様に感謝した?

貴様が癒した者達は、貴様に対価を支払ったか?

搾取されるばかりで何の見返りも得られなかった貴様を、一体誰が守ってくれた?

誰が貴様に手を差し伸べてくれた?


貴様と婚約したはずの王子も、貴様に剣を捧げたはずの騎士も、貴様を神の如く崇めた神官も、貴様を賛美したはずの吟遊詩人も、貴様に懐いたはずの暗殺者も、貴様をさらおうとしたはずの魔王も、皆が皆、貴様から離れていったではないか。

異界から勇者として召喚されたあの女に、今となってはどいつもこいつも御執心だ。

神すら貴様を――――は?俺?



……………………どこまで貴様は愚かなんだ、シルヴィエッタ。



いや、まあ、その、なんだ。

確かにこの大天災ひとりがいれば、あの色ボケどもがいくら束になろうとも塵芥のようなものだが、それにしても俺さえいればいいなど、貴様……ああ、そうだな、極めて愚かな貴様だが、見る目だけはあるらしいということか。そこだけは褒めてやっても構わないと認めるにやぶさかではないぞ。

せいぜい誇るがいい。貴様のその赤きまなこはまだ曇ってはいないらしいな。


つまりだ、シルヴィエッタ。さあ貴様の問いに、この大天災が改めて答えよう。貴様にとっては命題とも言えるその問いに、この大天災が答えてやろうではないか。


見出され、慕われ、もてさやされ、敬われ、尊ばれ、利用され、見捨てられ、さげすまされ、踏み躙られ、そして誰にも必要とされなくなったゴミ屑以下のお前を、他ならぬこの大天災が愛しているのかだと?


はははははは、愚問だ!極めて愚問だ!


ん? まぁ待て、さっきも言っただろうが。

なに、もう聞きたくない?

はははは、そう言うな。


初恋は叶わないと世間の有象無象どもは囁くが、この大天災にそんな『当たり前』が通用すると思うなよ。

十二年前からずっと、ずっと、俺の世界にはお前しかいない。鳥頭の貴様はどうせ覚えていないだろうが、十二年前、確かに俺は貴様に救われた。薄汚く小賢しいばかりの小僧など捨て置けばよかったものを、貴様はわざわざ救ってしまったのだ。せいぜい後悔するがいい。

ふん、教えろと言われてもな。嫌だ。お断りだ。心の底から断固拒否する!

忘れたのは貴様だろう。わざわざ俺が教えてやる義理はない。この記憶は俺だけのものだ。たとえ貴様が相手だろうとも、決して分け与えてやるものか。


だから、だから泣くんじゃない。泣くな、泣かないでくれ、俺の愚かなシルヴィエッタ。


俺は死なない、死ぬはずがない。貴様を残して死んでやるほど俺は慈悲深くはないのだから。

俺が何のために色眼鏡をかけていると思っている? 元より弱視の目玉だ、今更光に焼かれようとも何の変わりもない。貴様のその間抜け面を見たいのならば、ほら、こうして触れれば済む話だ。

右腕も右脚も、なぁに、この大天災の手にかかればたやすく代わりを用意することができる。

まあ唯一の問題は出血だが……なに? 喋るなだと?

貴様、いつの間にこの大天災に指図できるように……ああああうるさい! 解った解った、そう怒鳴るな喧しい。喋っていないと意識がブッ飛びそうなんだから仕方ないだろう。


おい、やめろ。口づけしようとするな。貴様いつからそんなに積極的になった? 俺のせい? 無礼千万だな貴様。

仮に俺のせいだとしてもお断りだ。貴様の奇跡にも禁忌にも頼らずに、俺は俺の力で生き抜いてみせる。

そうして、この腕で貴様をもう一度抱きしめてみせようじゃないか。口づけはその後でなら何度だって受け止めてやるぞ。残念、今はおあずけだ!

そもそも俺は、されるよりもする方が好ましい。だから回復したあかつきには、存分に貴様のその唇を貪ってやる。


ああ、もちろんだとも、シルヴィエッタ。解っているから何度も言わなくていい。


解った、解ったと言っているだろう! だから、俺もだ。何度言わせる気だ貴様。


そうだとも!

大天災、ルーエル=ラ=ルールがお前を愛しているかなんて、今更だ。

何度問われても俺は同じ答えを繰り返してやる。

すなわち、「もちろんだとも、シルヴィエッタ」と!


俺は貴様を愛しているぞ! 空よりも高く海よりも深く! 誰よりも! 何よりも!

この大天災は、貴様を、愚かな小娘でしかないシルヴィエッタ=ヴァージニアを愛しているのだと、声高々に歌おうではないか!

俺は貴様を愛している。

もちろんだとも、シルヴィエッタ!

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