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聖女、あるいは魔女の懺悔

私は愚かでした。考えなしで、馬鹿で、阿呆で、救いようがないほど愚かだった――いいえ、過去形ではすまされません。

私はどうしようもない愚か者です。

そのことを、やっと、今になってやっと、今更ながら理解しました。


そんな私は、このひとの言う通り、やっぱり本当に愚かであるに違いありません。

散々私のことを『愚かだな』と嘲笑ったこのひとは、私とは違ってとても頭が良くて、だから最初からこのひとの言うことは正しいんだって認めていればよかったのに、愚かな私は意地を張るばかりでそれができませんでした。


愚かなシルヴィエッタ。そう呼ばれるたびに私は、そんなことはないと反論しました。そうして否定することこそが愚か者である証拠であったのに、私は気付かず、考えず、ただただ頬を膨らませてふてくされているばかりでした。

ああ、なんて愚かなのでしょう。いくら悔やんでも悔やみきれません。いくら謝っても謝りきれません。


そもそも私は、誰に謝ればいいのでしょう?


許してもらえるはずのない謝罪に意味はあるのでしょうか。解りません。愚かな私には何一つ解らないのです。


こうやって思考を放棄するなんて、私が愚かであることを更に強調するだけなのに――ねえ、そうでしょう。そうなんでしょう? お願いだから答えてください。

いつもみたいに私のことを「愚かなシルヴィエッタ!」って馬鹿にすればいいのに。ねえルーエルさん。聞いてますか?


そもそも、かつて私は、生まれ持った力ゆえに聖女と呼ばれました。今となってはお笑い種ですが、私はそう呼ばれることに喜びを感じていました。


初めてこの力に気付いたのは、五歳になったばかりのとき。誕生日プレゼントに貰った、かわいい小鳥が鳥籠の中で苦しげにもがいていたときです。小鳥をそっと両手で包み込んで口付けたら、あのこは元どおりに愛らしく美しい声音でさえずるようになりました。その代わりに、私は三日間ベッドで寝込むことになりました。

お医者様や両親は、突然高熱に倒れた私に首を捻っていましたが、私は幼い頭でも理解していました。これは対価なのだと。小鳥を癒した対価を支払っているだけなのだと。


だから仕方のないことだと理解し、納得して、以来私は、傷付いた人や病に倒れた人を見つけるたびに、その人達を癒すようになりました。

そのたびに私は対価を支払うことになったけれど、構いませんでした。


だって、そうすれば喜んでもらえましたから。

涙を流して私に感謝する人を前にするたびに安堵しました。

人にあらざる力を持っていたとしても、私はここにいていいのだと思えたのです。


やがて八歳になるときになって、両親から引き離され、神殿に引き取られることになったとしても、それでも謝礼金を渡された両親が喜んでくれるならばと了承しました。


神殿で、私は、限られた人々のみにこの力を使うように求められ、求められるままに力をふるい、そうして私は十六になりました。気付けば聖女と呼ばれるようになっていた私は、この国の王子様の婚約者となりました。

魔王が率いる軍勢が地方で猛威を奮い始めても、私はぬくぬくと守られながら、いつも通りの日々を送っていたのです。


何も変わらない毎日でした。

神様に世界の平和を祈り、紹介される怪我人や病人を癒し、傷の痛みや病の苦しみに耐え、時折お見舞いに来てくださる王子様に感謝して。

なにも、なぁんにも変わらない毎日です。


騎士様に忠誠を誓われても、神官様に気遣われても、吟遊詩人さんに笑いかけられても、暗殺者に命を狙われても、魔族にさらわれかけても。何もかもどうでもよかったんです。

だって何が起こっても、私がすることは、しなければならないことは、何一つ変わらなかったのですから。


そんな私を、私の教育係に任命されたこのひとは、常々愚かだと嘲りました。つくづくひどいひとです。

とびっきり頭のいいこの人は、あらゆる学問に通じ、そうして大天災とまで呼ばれるようになったのだそうです。そんなこのひとに反論するなんて、それこそ馬鹿の極みだったのでしょうけれど、それでも私はいつも私なりに一生懸命やっていたつもりで――だから、自分が愚かであることに気付けませんでした。


だから、ユキコさんが……勇者と呼ばれるあの女の人が現れたときも、なんとも思いませんでした。


魔王を倒すために、異世界から召喚された彼女は、とても綺麗なひとでした。外見ばかりではなく、その心も。私なんかよりも、もっとずぅっと。

魔族との戦いで彼女が傷を負うたびに、私は彼女のその傷を癒しました。彼女の傷が癒える代わりに、私が傷を負いました。気付けば傷だらけの身体になっていた私を、このひとはいつも「愚かなシルヴィエッタ」と馬鹿にしてくれました。やっぱりひどいひとです。あんまりです。


そして、あの日が来ました。魔王との戦いで大怪我を負ったユキコさんを癒すように求められました。王子様は私に頭を下げ、騎士様は私に膝を折り、神官様は私に祈りを捧げ、吟遊詩人さんは私を説得し、暗殺者だった男の子は私に取りすがり、ユキコさんを斬った張本人である魔王すら私に懇願しました。


私の力は、私が同じだけの対価を支払ってこそ叶えられるものです。

そのことを誰もが知っていながら、私にユキコさんを癒すよう求めてきたのです。


私は望まれるまま、ユキコさんを癒しました。元気になったユキコさんを筆頭にして、人類は、魔族と終戦条約を結びました。誰もが幸せそうに笑っていました。私はその様子を、虫の息でベッドから眺めていました。


世界は平和になりましたが、聖女として私に求められるものは変わりません。この人の傷を癒せ、あの人の病を癒せ。戦争が終わっても、いいえ、戦争が終わったからこそ、人々は癒しを求めました。


でも、私はその求めを拒絶しました。


もう嫌だったのです。痛いのも苦しいのも、本当は、もうずっと前から嫌で嫌で仕方なかった。それでもこの治癒の力を使い続けたのは、そうすることで救われる人がいてくれるはずと信じたから……なんてお綺麗な理由ではありません。

ただ、必要とされたかった。それだけです。

だから、もしこの力がなくても私のことを必要としてくれるのならば、私はそのひとのためにどれだけだってこの力を使うつもりでいました。痛くても苦しくても寿命が削られても、それでも構わないと思っていました。


――そうして、私は、賭けに負けました。


結局、必要とされていたのは私ではなく、私の力だけでした。治癒の力を行使しない聖女に価値はなく、気付いたら私は、聖女ではなく、いたずらに命を弄ぶ魔女と呼ばれるようになっていたのです。


王子様との婚約は当然破棄され、私の周りにいた人達は離れていき、私は神殿を――いいえ、国を、世界を追われました。


私はひとりぼっちになりました。少なくとも、その時の私は、傲慢にもそう思ったのです。私のそばには、ちゃんと、このひとがいてくれたのに。


私のことを愚かだと嘲りながら、このひとは、打ち捨てられ唾棄されるべき私のことを拾い上げてくれました。

それから始まったのは、このひとの研究室での暮らしでした。生活能力が皆無なこのひとですから、周囲に咎められながらも神殿で続けていた炊事や洗濯や掃除の能力が役に立ちました。

毎日毎日、聖女とも魔女とも呼ばれたころよりも、よっぽど忙しかったのですから不思議なものです。


楽しい日々でした。

幸せな日々でした。

だから、神様が罰を与えたのでしょう。


本来の義務を果たさずに自分の欲望のままに毎日を過ごす私の元に、かつて神殿に私の力を求め、断られた人々が、このひとの研究室に大挙してやってきました。

そして殺されかけたその瞬間、そう、その瞬間に、私はこのひとに庇われて生き延びました。


そうして、やっと気付きました。このひとは私に、一度だって治癒の力を求めなかったのだということに。

そうしてやっと気付きました。このひとの前では、私は聖女でも魔女でもなく、ただの小娘、愚かなシルヴィエッタでいられたのだということに。


このひとこそが、私のことを、どうしようもなく愚かなシルヴィエッタとして見ていてくれたのです。

それなのに、私は、気付けなかった。今更気付くなんて、だから私は愚かだと言われるのです。反論の仕様もありません。やっと理解しました。

ねえ、ルーエルさん。やっと、私、解ったんです。だから、だから、ねえ、ねえ、お願いだから目を覚ましてください。


――――ああ神様、お願いします! 私からこのひとを奪わないでください!


王妃のティアラも、騎士様の剣も、まっさらな信仰も、美しい歌も、幼い恋も、種族を超えた愛も、なんにもいりません。

私が欲しいのはこのひとだけ、大天災と恐れ忌まれる、優しい、優しすぎるこのひとだけです。


私の命を使い切ったって構いません!

だから、だからどうか神様!

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