努力することにしました
差し出された石板に手をかざすと石板は淡く光り始めた。そして石板に読めない文字が刻まれていく。
「ありがとうございました。それでは、しばらくした後リンドウ様の専属が参ります。それまでこの部屋でお待ちください」
一通り石板に文字が刻まれ、石板の光が消えるとメイドさんは石板を持って部屋を出て行った。文字が読めなかったが恐らくあの石板に刻まれていたのはメイドさんが話していたステータスのことだろう。せっかく異世界に来たならそれなりに強いといいなぁ......まあ、とりあえず専属の使用人さんが来るのを待っておこう。それまではステラちゃんと話でもしておくか。ステラちゃんと話そうと思いステラちゃんがいたほうを振り向くとその姿は見あたらなかった。
「あれ、ステラちゃんどこ?」
「......彼女はもう行ったね。危ないところだった」
ステラちゃんはどうやら再び光の玉の形態になりリュックの中に入っていたようだ。そういえばこっそりと図書館から抜け出したんだっけ?だから隠れていたのだろう。
「そういえば、なんで図書館からこそこそと抜け出すようなことをしたの?」
「それは、わたしさっき司書さんと図書館の守護をしているって言ってたでしょ?でもねもう一つ仕事があって、この国の魔法技術の顧問もやっているの」
「すごいんだね」
「ありがとう、それで結構忙しいことが多くて基本図書館で研究しているから引きこもっているんだけど、今日は休みだったのね。それでゆっくりしていたんだけど、お兄さんが来て話をしていくうちに退屈な日々を変えてくれんじゃないかなーと思って出てきちゃった」
ステラちゃんはこんな小さいのにすごいものだ。司書に図書館の守護、魔法技術の顧問をしているけど、見た目通りのところもあるのだろう。
しかし、話を聞いていると本当に図書館から出してよかったのだろうか?と心配になる。
「ステラちゃん、ステラちゃんが出てきた理由は分かったけど、図書館から出てきても大丈夫なの?さっきは思わず図書館から出しちゃったけど、いろいろな重役を担っているんでしょ?」
「うん、たぶん食事の時間になったらわたしがどこにいるか騒ぎになるんじゃない?基本図書館にしかいないから問題になると思うよ」
「出てきたらダメじゃん!」
やはりステラちゃんは図書館から出てきたら問題になるようだ。多分図書館にいることを強制されているわけではないだろうが、普段図書館にしかいないからそれがスタンダードになりいきなり姿を消したら当然問題になるだろう。しかも国の魔法顧問ともなれば軍事関係にも一定の関りも持っているだろう。それに俺たちが召喚されたのは戦争のため、魔法が軍事に必ずしも関係しているとはまだわからないが異世界ともなれば魔法が使われているのではないだろうかと推測される。ならば、今回のことは異世界に来て早々に大問題を引き起こしたことになるんじゃないだろうか......どうしよう、いきなりやらかした。
「...さん、お...さん!お兄さん!」
「あっ!ごめん、考え事していた」
やらかしていたことを悩んでいるとステラちゃんに呼ばれていた。どうも俺は考え事をしていると自分の世界に入り込んでしまうようだ。小さい時からそんな感じではあったが気を付けないといけない。
「どうしたのステラちゃん?」
「お兄さん、ボーっとしていたけど大丈夫?「(こくっ)」...なら大丈夫だね。お兄さんって勇者としてこの世界に来たんだよね?」
「そのはずだけど、それがどうしたの?」
「さっき、ステータスを計測したでしょ、そのとき魔法でお兄さんのステータスをこっそり覗いていたんだけどなんであんなに弱いの?」
「えっ、それはどういう意味?」
いきなりのカミングアウトに驚いて動揺してしまう。それにステータスはどんなもんかなぁと楽しみにしていたのを返してほしい......。
しかし、ステラちゃんはそんなこと露知らずか、はたまたただ単に教えようと悪気なくか、わからないが畳みかけるように説明をする。
「お兄さんのステータスは見た感じこの世界の普通の人族の成人男性より少し弱いくらいの能力しかなかったかな。スキルに関しても異世界言語理解(会話のみ)と普通自動二輪免許?ってやつの二つだけだね。普通自動二輪免許ってのはわからないけど、異世界言語理解(会話のみ)ってのは今わたしとお兄さんが話せていることが効果だね。でも、会話のみだからお兄さんこれ読めないでしょ?」
ステラちゃんは俺の前にこの世界の文字だと思われるものを見せてきた。城内でも見かけることがあり、その際に自力で翻訳できないかと頑張ってみたが全く分からなかった。そのため今も当然読めない。今の話を聞いてる限りではスキルが関係しているのだろう。
「読めないよ」
「うんそうだよね。普通だと過去の召喚からして勇者は普通言語は完全に理解できるスキルは持っているし、そのほかにもとんでもない強力なスキルを持っててステータスも初めから強力なはずなんだけどね。お兄さんはあれかな、いわゆる巻き込まれたってやつ。召喚が起きた時に異常な魔力反応を感じたし」
「それじゃあ、俺は本来この世界に来ることはなかったってこと?」
「うん、そういうことだね」
ステラちゃんからさらに衝撃的なことを聞いてしまった。どうやら俺は勇者召喚に巻き込まれた一般男子大学生のようだ。しかもこの世界の一般男性より弱い。スキルも中途半端なものにバイクの免許だけ。そのうえこの国は戦争中で平和な日本とはまるで違う状況。考えずとも明らかに生活の状況も身の安全も日本より落ちた。
......しかし待てよ、これはある意味幸運なのかもしれない。元の日本に居たら身の安全や生活は保障されていただろう。大卒で何かしらの会社に就職してそれなりの生活はできていただろう。しかしながら、俺は元の世界で悔いが残らないほど努力したことはない。だから全くわけのわからないこの世界では次こそ努力をするいい機会なんじゃないだろうか。
さらに今の状態ではここから追い出されそうな気がする。考えてみると当たり前なのだが戦争中で金銭も食料も大量に必要な中、俺はただの穀潰しの一般人より弱いニート。考えなくとも追い出されそうな気がする。右も左も知らない世界で外に放り出されるのは死を意味するだろう。これで努力をしないといけない環境も整った。次こそちゃんと頑張ろう。
俺は決心した。
「ステラちゃん」
「―――だから、わたしは...ってどうしたの?」
「なんとかさ、この世界で生きていくために頑張ろうと思ってるんだけどステラちゃんってこの世界のこと詳しい?」
「うん、いつも図書館でこの世界のことを調べたりしてるしお兄さんが思っているより年取ってるから詳しいと思うよ」
「もしよかったら...時間があるときでいいから、俺がこの世界で独り立ちするまでこの世界のイロハを教えてください。あと、ここから追い出されそうになったら残してもらえるように説得してもらえませんか?」
「えっ!?......う~ん...」
俺はステラちゃんに頭を下げた。傲慢なお願い事だと理解しつつ生きていくためにはこの方法が一番だと考えた。何となくだがステラちゃんはこの願いを聞いてくれそうな気がする。
しかし、ステラちゃんは唐突なお願いに驚いて、少し置いて悩んでいる。これで、断られたらこの国の処分を待つことになるだろう。当然ながらあのステータスは国王に報告されると思う。つまり運が悪ければこの世界に字の読み書きもできないまま放り出される。そんなことは回避したい。
「いいよ、お兄さん。わたしがお兄さんにいろいろ教えてあげるし、何かあったら助けてあげる。だから今日からわたしのことは勉強の時は先生って呼んでね。その時以外ではステラちゃんのままがいいかな」
「ありがとう!ステラちゃん」
こうしてステラちゃんは俺の先生になった。しかしその分頑張らないといけないな。